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ライター 林 公代 Kimiyo Hayashiライター 林 公代 Kimiyo Hayashi

若田飛行士、5度目の宇宙暮らし—宇宙と地上の生活を快適にする「生活用品」に注目

2022年10月4日(火)1時45分(日本時間)、若田光一宇宙飛行士は5度目の宇宙飛行に飛び立つ。搭乗するのはクルードラゴン。同乗する3人の新人の中には、初めてクルードラゴンに搭乗するロシア人のアンナ・キキナ飛行士も含まれている。国際協力の証としても注目のミッションとなる。

Crew-5のメンバー。コマンダーのニコール・マン飛行士(右から2人目)、パイロットのジョシュ・カサダ飛行士(同3人目)、ロシア人のアンナ・キキナ飛行士(左端)は初飛行。経験豊富な若田飛行士の存在はメンバーにとって心強いはずだ。(提供:SpaceX)

「思いやる。チームは強くなる」が若田飛行士ミッションのキャッチフレーズだ。「和」や「思いやり」は若田さんの宇宙飛行士人生のキーワードでもある。前回、2014年にISS(国際宇宙ステーション)コマンダーを務めた際も、若田船長の「和」のリーダーシップのもと、宇宙飛行士たちは家族のように会話を重ね、様々な困難を乗り越えた。今回の飛行でもロシア人飛行士が初めてクルードラゴンに搭乗することになり、宇宙の国際協力は問題なく継続している。若田飛行士は各国の飛行士と積極的に交流を図り、宇宙の強固な「和のチームワーク」を世界に見せてくれるだろう。

2022年4月、NASAジョンソン宇宙センターの施設で船外活動訓練を行う若田飛行士。(提供:JAXA/NASA/Robert Markowitz)

クルードラゴンは発射約23時間後にはISSに到着。約半年間の宇宙滞在が始まる。科学実験に加えて月や将来探査に向けた実験、民間利用など新たなチャレンジが目白押しだ。たとえば「きぼう」日本実験棟内で月の重力を模擬し、月面与圧ローバー開発研究のため液体の挙動を観測する実験、月・惑星探査で宇宙飛行士が安全な水を飲むために、再生水に含まれる微生物をモニタリングする技術の実験など。悲願の船外活動も実施できますように。

宇宙でも地上でも快適な生活を—9つの宇宙生活用品

若田飛行士の宇宙滞在に合わせてISSに届けられる9つの宇宙生活用品。企業が新規開発した商品が多く、地上でも使えるのが特徴(提供:JAXA)

数多くの実験や活動の中で、私が注目するのは今回、ISSに持ち込まれる9つの「生活用品」。けっこう地上でも使えそうな「スグレモノ」が多い。

たとえば「3D Shampoo Sheet」は凸凹の突起に洗髪用の洗浄液をしみこませた不織布シート。頭皮マッサージをしながら洗髪できる上に、使用後はいい匂いがして髪の毛がさらさらになるそう。「夏場、オフィスに着くと汗だくになる。身体はシートでふいても頭はふかないが、結構汗はかくし匂いは大丈夫かと気になることが、普段の生活の中である。地上の生活でも、仕事を始める前に使うなんていうこともできるかもしれないですね」(JAXA J-SPARCプロデューサー 中島由美さん)。他には宇宙でもシャワーを浴びたようなさっぱり感が感じられる「ギャツビースペースシャワーペーパー」、歯磨き・口腔ケアについては安全に飲み込めるタイプ(「オーラルピース」)、泡状タイプの歯磨き(「すすぎが簡単なハミガキ」)、タブレット歯磨き(「mouthpace」)の3種類がある。一人一日あたり約3.5リットルと水の使用が制限されるISSで、水を極力使わずに清潔・快適に過ごせるアイデア製品がずらり。

花王が開発した3D Space Shampoo Sheet。立体形状シートの凸部で頭皮マッサージもできるらしい。(提供:JAXA)

これらの商品のアイデアは宇宙生活の課題や困りごとをまとめた「Space Life Story Book」が出発点になっている。宇宙と地上に共通する課題を解決するアイデアをJAXAが企業から募集。2020年の第一回募集で応募があった94件から選ばれた9製品が今回ISSに運ばれ、若田飛行士が滞在中に実際に宇宙で使われることになる。

複数の日本人飛行士にヒアリングしてまとめた「Space Life Story Book」は宇宙生活に興味があるなら必見だ。例えば「シャンプーを水で流せないから、さっぱり感があった方が流した感じが出ます。宇宙でのシャンプーはさっぱり感が弱かったです」「歯磨き粉を飲み込むのは抵抗感が大きく、ペーパーワイプに吐き出していました」など、率直な「生活者の声」が並んでいる。

メイクについて「何もしなくてもいいかなという感じになります」とか、ストレス関連の項目で「メリハリがなくなります。職場と住居の境目がなくなります」など、コロナ禍のリモートワークの課題に通じる声が満載。(提供:JAXA JAXA公式サイト「Space Life Story Book」より引用)

こうした不便さがありながら、宇宙飛行士たちが使命感や忍耐力、工夫などでQOL(生活の質)の低下を防ぎ、半年間も宇宙滞在していることに尊敬の念を覚える。その一方で、今後、月や火星を目指す宇宙滞在は長期におよぶこと、一般の旅行客が宇宙旅行に出かける時代にQOLの向上が必須であることを考えれば、解決すべき課題が山積していることを実感する。逆に課題があることはビジネスチャンスでもある!

宇宙の課題は地上の課題と類似点も多い。(提供:JAXA JAXA公式サイト「Space Life Story Book」より引用)

そして重要なのは、これらは決して宇宙だけの課題ではないという事。例えば地上での災害時に水が極度に制限され最低限の物資で避難生活を余儀なくされる状況が宇宙生活に似ているのは知られているが、今や地上の日常生活は宇宙化していると言っても過言ではないだろう。例えばこの夏、我が家は家族の一人が新型コロナウィルスに感染。私はあえてこの機会に宇宙生活を想定し、一人1モジュール(=部屋)の隔離生活に挑戦してみた。当時の東京は猛暑、汗がだらだら出るけれど、洗面所やお風呂を共有する時間はなるべく減らしたい。部屋の中でも清潔に快適に過ごせるような洗浄シートや流さないシャンプーなどをネットで探しまくった。閉鎖隔離環境はなんとストレスが高かったことか。

飲み込んでも安全なオーラルピース。赤ちゃんからお年寄りまで使えそう。(提供:JAXA)

また、高齢者や介護施設でも宇宙の生活用品は大いに活用できそうだ。例えば口腔ケア製品。また私事で恐縮だが、遠方で一人暮らしをしている母は認知症が進行し、歯磨きが困難になってきた。その結果、舌に潰瘍ができ食事もとれなくなり病院へ。口腔内を清潔に保たないと様々な病気に繋がることを痛感したばかり。今回搭載される口腔ケア製品の中で、「オーラルピース」は母に最適と感じた。歯磨き粉を飲み込むのがよくないのは口腔内の菌をも飲み込んでしまうから。その点オーラルピースは悪い菌を制し、飲んでも安全な乳酸菌ペプチド特許製剤を配合しているという。製造販売に障碍者の仕事を創出している点も評価できる。これは既に市販されているようなので、ぜひ試してみたい。

将来は「宇宙ホテルのアメニティ」に

商業ステーションの構想を掲げるAxiom Spaceの客室イメージ。ここに日本製のアメニティがいつの日かおかれるかも。(提供:Axiom Space)

JAXAは「宇宙生活の課題から宇宙と地上双方の暮らしをより良くする」をテーマに様々な企業との共創活動【THINK SPACE LIFE】を展開している。宇宙にあまり関わってこなかった企業にもプロジェクトに参加してもらうために、宇宙生活の課題やニーズを示し、アイデア創出ワークショップなどを企業と連携して開いた結果、多くの応募が集まった。今後の展開は?

「2021年は宇宙旅行者の数が職業宇宙飛行士を上回りました。今後、より多数の多様な人が宇宙に行くことになるでしょうし、月や火星を目指すと宇宙滞在の期間がのびるでしょう。宇宙でもっと快適に過ごしたいという需要も高まり、衣食住分野でビジネスがのびていくのではないか。日本がそのマーケットに対してリードしていけるような状況を作りたい。生活用品の公募などを通して参入企業を増やしたい」とTHINK SPACE LIFE担当者のJAXA中島由美さんは語る。

確かに、宇宙旅行の市場が拡大すれば、快適な宇宙生活へのニーズは高まるだろう。具体的にどうやって展開するのですか?

「宇宙旅行を実施する企業ともどう連携していくか模索したい。まずは日本の宇宙生活用品をカタログ化して『明日にでも持っていけます』『Made in Japanはめちゃくちゃ快適です』と見せられるようにしたい。将来、宇宙ホテルにアメニティとしておいてもらえていたら嬉しい。そのために日本人飛行士だけでなく、海外の飛行士にも使ってほしいです」(中島さん)。日本人飛行士と海外の飛行士とは好みのフレーバーや様式が違う可能性がある。ぜひ、今後は海外の飛行士にも日本製の生活用品を使用してもらえるといいな。

ISS内で洗髪する宇宙飛行士。(提供:NASA)

宇宙を考えることは地球を考えること

若田飛行士は企業が開発した生活用品を使って、どんな感想をもつのだろう。ぜひとも、発信して頂きたい。

2014年4月、ISSにコマンダーとして滞在中、髪を切ってもらう若田飛行士。髪の毛のケアは健康で快適な宇宙暮らしのために重要だ。(提供:NASA)

中島さんは、これら生活用品が宇宙を身近に感じてもらうきっかけになると期待する。「宇宙は特定の人が行く場所で『夢』感があるし、自分の生活には関係ないと思われがちです。でも今回の生活用品アイデア公募の取組みは、ISSに運ばれる生活用品を若田飛行士が使って、たとえば半年後に地上のドラッグストアで売られるなんてことがありうるプロジェクトです。水や資源が限られたり、閉鎖隔離される環境だったり、単調な生活だったりと、宇宙の暮らしを知ると、それが決して特別なことでなく、現代社会で私たちが感じている困難や不快さにも通じます。宇宙の暮らしを知りながら、地上の生活で何が大切なのか、何に幸せを感じるのか。私たちの普段の暮らしも見つめなおすことに繋がっていったらいいなと思います」

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