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ライター 林 公代 Kimiyo Hayashiライター 林 公代 Kimiyo Hayashi

誰もが本物の星空に出会える「家」を作る—「星つむぎの村」の挑戦

「星つむぐ家」の建設地で撮影された星空。(提供:星つむぎの村)

星空は誰の頭上にも等しく広がっている。ところが星空を自分の目で見たことがない、あるいは外に出ること自体、困難な人たちがいる。心臓病などの慢性疾患や重い病気と闘う子供は全国に約14万人以上、人工呼吸器など医療的ケアを必要とし自宅で生活する子供が約2万人いるという。そうした子供達は病院や家にいるのが一番安全で、出かけるのは本当に大変。宿泊可能な宿を探すのは困難を極める。そんな家族を迎え入れる宿泊コテージ「星つむぐ家」を作り、安心して本物の星空を眺める機会を作りたい。そんな活動を行っているのが、一般社団法人「星つむぎの村」(共同代表:高橋真理子、跡部浩一)だ。

病気や障害などで出かけるのが困難な人たちに星空を届ける「病院がプラネタリウム」プロジェクトを続ける、高橋真理子さん(元山梨県立科学館学芸員)たちの活動は、DSPACEでたびたび紹介してきた。彼らは約10年にわたり8万人以上の人たちにプラネタリムを届けている。そして約30分のプラネタリム体験が人生を変えた、複数の家族の姿を目の当たりにする。それが「星つむぐ家」を作りたいと強く思うきっかけだと高橋さんは言う。

「星つむぎの村」の出張プラネタリウムで。参加した方達と。(提供:星つむぎの村)

例えば、東京都の藤田優子さんご家族。3人のお子さんの1人、一樹君は予定日より3か月早く生まれ、重い障害が残った。生まれてから一樹君のお出かけ先は病院だけ。「どこにも行かず何もしない」ことが一樹君にとって、もっとも安全で安心できる生活とされていたのだ。ところが一樹君が3歳になったばかりの2019年4月、病院で「星つむぎの村」のプラネタリウムを体験したことが藤田家にとって一大転機となる。

「宇宙の長い歴史の命のリレーの中で一樹が生まれて、今ここで一緒に寝転がって星を見ている。この子が生まれてきたこと自体が素晴らしい。全てが『それでいいと』と思えて涙が止まらなかった。私たちの存在を肯定してもらえて、自分自身も自分たちの存在を肯定できた。『生きていけるかもしれない』と初めて思えたんです」と優子さんはふりかえる。そしてその後の行動をがらりと変えていく。

どうしても本物の星空が見たい。どうしても「星つむぎの村」の人たちにもう一度会いたい。それまで旅行はもちろん、日帰りで行ける遊び場、例えばボールプールも「1人で入れないお子さんは入れません」と言われ断念していた。一樹君のケアには大人2人が必要で、他の兄弟はどこにも遊びにいけない。現在は元気に小学校に通う一樹君だが、当時は体調もなかなか安定せず入退院を繰り返していた。不安な毎日の中で、「この子は病院にしか行かずに死ぬかもしれない」と思ったら、「どうしても本物の星を見せたい」と心が動いた。

「星つむぎの村」の拠点アルリ舎を初めて訪れ、八ヶ岳山麓の青空の下で風に吹かれる藤田一樹君。「こんな表情をするんだと驚いた」とお母さんの優子さん。(提供:藤田優子)

どうやったら、「星つむぎの村」の拠点がある山梨県の八ヶ岳山麓に行けるのか。必死で考えて準備をして、勇気を出して初の家族旅行へ。連休の初日に病院でプラネタリウムを見て、旅行に出発したのは連休の後半。凄まじい行動力だ。旅先で高橋さんらと再会を果たし「ものすごく楽しくて嬉しくて大喜びで。こういうことをして生きていくべきだと思った」。優子さんはそうふり返る。帰ってから一樹君は発熱したものの、家族旅行に行けたことが成功体験となり、その後、藤田家は沖縄や北海道にも出かける行動的な家族になった。

優子さんは言う。「出かけるのはものすごく大変で、家にいるのが一番楽。でも出かけてみて思うのは、やっぱり出かけたい。人に会いたい。色々な経験をしたい。息子もそうだと思う。『おいでよ!』『どうしたら来れる?』と誘ってくれる人たちの存在が、出かける原動力になるし、出かけられた事実は、ふたたび社会とつながる自信になった」

藤田さんご家族と、「星つむぎの村」跡部浩一さん(後列右)、高橋真理子さん(後列右から二人目)、清水美来さん(前列右端)。「星つむぎの村」の出張プラネタリムで藤田家の長女・唯ちゃんが宙先(そらさき)案内人、優子さんがピアノ生演奏るなど家族で大活躍している。

他にも「星つむぎの村」のプラネタリウムに出会ったことがきっかけとなり、決死の覚悟で山梨県の八ヶ岳山麓まで出かけてきた家族がたくさんいる。「病気や障害があっても、しんどい思いを抱えていても、大切な人を空に帰した人も、誰もが本物の満天の星の下で、自然に囲まれて過ごすうちに、どれほど生きるエネルギーになっていくのだろうという姿をみせてもらってきた」。チャレンジを応援し続けてきた高橋さんらは、彼らの姿に、気兼ねなく宿泊できる「星つむぐ家」実現への思いを強くした。

山梨県の八ヶ岳山麓にある「星つむぎの村」拠点アルリ舎にやってきた村人や家族たち。彼らの挑戦が「星つむぐ家」実現を促す大きな力に。(提供:星つむぎの村)

なぜなら「星つむぎの村」の事務所を兼ねるアルリ舎はバリアだらけで、車椅子やバギーが入るのは難しい。家からすぐに星を見るつくりにもなっていない。ちょうどアルリ舎の隣の土地を手放すという話があり、「星つむぐ家」を作ろうと決めた。

どんな家に?誰を迎え入れるの?

星つむぐ家の建設地。空が大きく広がり、近くに畑もある。(提供:星つむぎの村)

星つむぐ家が建つ八ヶ岳山麓は日本三選星名所にも選ばれ、天の川や流れ星が見られる。建設地は高台にあり、朝日、月の出や星のめぐりを見ることができる。星だけでなく鳥がさえずり、季節の花々が咲き、畑で作物たちを育てられる。富士山、八ヶ岳、南アルプスの山々…。大きな自然に抱かれて、心も体も洗われていくような場所だ。

この立地を生かし、外出困難な子供達が、安心して満天の星と出会うために何が必要か。「星つむぎの村」には多様なメンバーがいる(年会費を払えば会員=村人になることができる。私も村人の一人)。医療的ケア児や重症心身障害児の家族を含め、さまざまな経験をもつ多くの村人でチームを作り、議論を重ねた。

建物の特長は大きな窓と星見デッキ。畳やベッド、バギーに乗ったままで室内から星を見ることができるし、リビングからそのまま車椅子やストレッチャーで広い星見デッキに出て、満天の星の光を全身に浴びることができる。出入り口の広さ、バギーを回転するスペース、スロープの形状、トイレやお風呂をどうするかを検討し、ユニバーサルなデザインに。精神疾患をもつ人の意見も取り入れて、押し入れのスペースを一人になれる隠れ部屋として使うことも可能にした。

「星つむぐ家」の完成イメージ。5人までが安心して宿泊可能。(提供:星つむぎの村)

「星つむぐ家」は現在、建設が進んでいる。10月には竣工予定で、10月上旬には予約受付を開始する計画だ。ただし建設費用のうち、これまで積み立ててきた資金や助成金で足りず、「星つむぎの村」はクラウドファンディングを実施中だ。

最高のロケーションにあるバリアフリーな「星つむぐ家」。どんな人が泊まることができるのだろう?「必要としてくれる人たちに利用してもらいたいと思っています。出張プラネタリウムで出会った人たちはもちろん、大切な人を空に返したご家族、生きづらさを感じる人たちなど。顔が見えることを大切にしながら、だんだん広げていきたい。宿泊費として、運営に最低限の費用だけ頂く予定です。」(「星つむぎの村」共同代表の跡部浩一さん)。

「星つむぐ家」の完成予想図。外観と室内。(提供:星つむぎの村)

急に体調が悪くなったら?「訪問看護ステーションと連携していて、何かあったらかけつけてもらう体制を整えたい。まずは宿泊前の事前相談をなるべく密にします。以前、余命宣告されているお子さんを迎えたときは、山梨大学医学部附属病院の医師にも相談しました」(高橋さん)。心配だからお断りではなく、「どうしたら実現できるか」をともに考える。

星を見上げることは、あらゆる境界線を乗り越えていくこと

「星つむぐ家」は主に一部の人達のための施設であり、自分たちと関係ないと思うかもしれない。だけどふらっと外に出かけて、青空を仰ぎながら風に吹かれて歩くという、ふだん私たちが当たり前にしていることができない人たちがいる。そんな人たちが出かけられるように、少しでも後押しできる社会になればどうだろう。後押しされた人はきっと他の誰かを後押しする。そうした輪が広がれば、今よりもっと生きやすい社会になるのではないだろうか。

前述の初の家族旅行で社会と繋がる自信を得た藤田家は今、「星つむぎの村」の村人として精力的に活動を行っている。例えば出張プラネタリウムでは家族全員で解説やPC操作、生演奏を担当し、星空の素晴らしさを伝えている。優子さんは「星つむぐ家」のクラウドファンディングのウェブサイトにこう綴る。「私も、誰かのはじめの一歩を『おいでよ!』と迎える一人になりたい。そして一緒に星を見上げたい」。後押しの輪が広がっている。

ふだん私は宇宙開発の最前線を取材することが多い。それらの取材も興味深いが、「星つむぎの村」の活動に参加するたびに、宇宙や星空が一部の人たちの活躍の場ではなく、誰にでも等しく開かれ、生まれた意味を見つめ直し、生きる力になり得ることを実感する。「星つむぐ家」もまた一人一人の力を引き出し、新たな物語が紡がれていくことだろう。

「星を見上げるということは、あらゆる境界線を乗り越えていくということ」と高橋さんは言う。「世の中には色々辛い話がある。私たちにできることは、星つむぐ家を通して『共に生きる小さな社会』を実現すること。それが少しずつでも広がれば社会は変わっていくと思う。足下から広げていきたい」

クラウドファンディングは旧暦の七夕(8月22日)まで実施中。満天の星を仰ぎ、大自然にふれる機会をあらゆる人に。ぜひご協力を。

夜は星を、朝は窓から日の出も見られる。(提供:星つむぎの村)
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