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ライター 林 公代 Kimiyo Hayashiライター 林 公代 Kimiyo Hayashi

政府の補助金獲得!将来宇宙輸送システム(株)が飛ばすユニークな宇宙機とは。CEOに聞く

将来宇宙輸送システム株式会社代表取締役社長兼CEO、畑田康二郎氏。1979年生まれ。2004年京都大学大学院エネルギー科学研究科(修士課程修了)後、経済産業省に入省。2018年7月に退職、2022年5月に将来宇宙輸送システム(株)を設立。

「宇宙ビジネス」たけなわだが、宇宙に物や人を運ぶロケットなしに、ビジネスは始まらない。宇宙輸送の現実に目を向ければスペースXや中国が大躍進をとげ、日本は苦戦中だ。

そんな現状や将来を見据え、最近、政府の予算が投入され始めた。たとえば「SBIR」(中小企業イノベーション創出事業)。文部科学省・宇宙分野の「民間ロケットの開発・実証」では9月末に4社が選ばれた。一社1年間で最大20億円。国際競争力をもつ衛星打ち上げ用ロケットを開発するスタートアップを支援することが目的で、2027年度までにフルサイズの宇宙機を製作、飛行実験を行うことが課せられる。最終的に4社から2社程度に絞られ、1社最大140億円の補助金が与えられる。

SBIRで選ばれた4社のうち3社は宇宙業界で知られたスタートアップだが、あまり、いやほとんど知られていない会社が一社。それが「将来宇宙輸送システム株式会社」だ。設立は2022年5月。CEOは元経済産業省で産業政策などを担った畑田康二郎氏。いったいどんな目的で、どんな宇宙機を作ろうとしているのか。畑田氏を日本橋に訪ねた。

日本橋のシェアオフィスの一角にあったオフィス。正社員は30代からシニアまで現在28名。リモートワークの社員もいる。11月にはもっと広いスペースに移動予定。

まずは小さな再使用型実験機で飛行実験を繰り返す

SBIRの採択おめでとうございます。SBIRの公募に対して「100kg級の人工衛星打ち上げ用ロケットを開発、さらに再使用型としてアップグレード可能なシステムとする」と提案し、採択されました。今後の審査で2社に選ばれると2027年度に実証機を飛ばす必要がありますが、昨年設立され、物作りはこれから。どんな計画で進めていかれるのでしょうか?
畑田康二郎さん(以下、畑田):

まずは高さ3mぐらいの小型実証機DTV-zeroを作ります。再使用型で飛行実験を繰り返しながら技術を蓄積していく。ポイントはシミュレータを組み合わせること。様々な飛行条件を試してみて小さく失敗させ、「失敗とは何か」を初期に学ばせてから開発を進めれば、あとで起きる大きな失敗を潰せる。ソフトウェアでは主流となっている「アジャイル開発」の考え方をロケット開発に取り入れて、開発スピードを加速させます。

赤枠で囲ったところがSBIRで達成しようとしているプロジェクト。(提供:将来宇宙輸送システム株式会社)
今はどういう段階ですか?
畑田:

デジタルツールの開発と並行して、実証機の設計を進めつつ調達品のリストを作り、商社やメーカー経由で調達しようとしているところです。また、東京都大田区に組み立て作業やちょっとした構造試験ができるような倉庫兼作業場の契約を進めています。早ければ年内に組み立てを始めたい。

実際にDTV-zeroが飛ぶのはいつ頃ですか?
畑田:

来年の夏ごろですね。12か月以内に飛ばせる状態にもっていく。安全に飛ばすための候補地が複数あって、場所の確保を現在進めています。

IAなど10社以上と連携、中止された国のロケット技術を活用

物がない状態でSBIRに採択されたポイントはなんでしょう?
畑田:

メインエンジンなどロケットシステムについては、基本はIHIエアロスペース(IA)さんと連携して開発を進めていきます。このほか10社ほどの連携パートナーと協定を締結しています。例えば、打ち上げ後に着陸して整備し、もう一度飛ばすという点ではJALエンジニアリングさんと協定を結び、飛行機の整備のノウハウをロケットに適用しましょうと。ビジネス化には保険も重要になりますので、三井住友海上さんとも協定を結んでいます。

IAはこれまで固体燃料ロケットを開発されてきましたが、DTVの燃料は?
畑田:

液体です。液体燃料についてはIHIさんがジェットエンジンを主に作られていますが、液体ロケットエンジンの研究もされ、地上燃焼試験に成功しています。宇宙にはまだ行ったことがないので、僕らと一緒に宇宙実証をやりましょうと。実は元々、GXという国のロケットプロジェクトがありました。米国ロッキード・マーチン社と共同しロッキード・マーチンが第一段を、IHIが上段を担当し液体式2段ロケットとして開発が進んでいたのですが、事業仕分けで中止になった。

GXロケットと言えば、世界に先駆けてLNG(液化天然ガス)エンジンを搭載すると話題になりましたね。その叶わなかった夢を実現する?
畑田:

そうなると良いですね。当時、IHIグループでGXの開発にかかわっていたエンジニアの一人が役職定年に伴い、当社に出向してくれました。LNGエンジンは現在もIHIで基礎研究が続けられていますが、プロジェクトがないと研究が進まない。この予算を活用して、何とかものにしてもらいたい。DTV1-1 とDTV1-2はLNGエンジンを想定しています。LNGエンジンは水素燃料と比べて扱いやすく、低コスト化、水素タンクより小型化できるなどの特徴があります。

それは楽しみです。離発着はどこで?
畑田:

最初の飛行実証は北海道スペースポート(HOSPO)を想定し、再使用のための着陸は洋上を考えています。連携しているアストロオーシャンというスタートアップが、小型の観測ロケットを海から打ち上げる実験を大学と行っています。創業者の森琢磨さんは掘削会社で働いていて、洋上で石油を掘っていた時に「ここからロケットを打ち上げられる」と思い、2018年の内閣府の宇宙ビジネスコンテストで大賞を受賞。その資金で起業された方です。

打ち上げ後、洋上に着陸、船で陸揚げして再打ち上げする計画。(提供:将来宇宙輸送システム株式会社)
面白い!どのくらい沖合に着陸させるのですか?
畑田:

北海道の大樹町から南に打ち上げる場合、数百Km南となると福島か仙台の沖合に着陸場を浮かべて着陸させる想定になります。その場合、仙台港か福島港に引き上げてトラックで大樹町に運びます。最終的には2週間ぐらいで再打ち上げができるようにしたいと考えています。

SBIRは今後2段階の審査があって4社から3社、2社と絞り込まれていきますね。
畑田:

はい。僕らの提案では最初の12か月で開発プラットフォームを作り、同時にサブオービタル実証機DTV1-1、衛星軌道投入実証機DTV1-2の予備設計を提出します。審査に通って次の段階に進めば、基本設計を経て本格的に製造し、サブシステムの開発試験を2025年度中までに完了させる。最終的な2社に残れば、2027年度中にDTV1-2の飛行実証までやります。

(提供:将来宇宙輸送システム株式会社)
難しいのは?
畑田:

物づくりを始めると物資の調達にも時間がかかります。時間との闘いですね。

究極的なゴール—毎日、宇宙と地上を往復する未来へ

SBIRの目的は衛星打ち上げ用ロケットですが、畑田さんたちのゴールは?
畑田:

人工衛星の打ち上げができるようになれば、将来的に上段の衛星を置き換えて人を乗せられるようになります。そもそも僕が起業したのは、高頻度で人を宇宙に運ぶ宇宙往還機を実現するためです。だからぜひ、有人宇宙飛行サービスをやりたい。宇宙旅行や、地球上の2地点を約1時間で結ぶ「2地点間飛行」を2030年代に実現したい。米国や欧州でもこうした宇宙往還機の開発が進められていますが、アジアでは当社がプレイヤーの一角を担い、日本列島から宇宙と地上を往復する役割を担えるようになりたい。

有人飛行は無人飛行とは違う難しさがあるのでは?
畑田:

再使用型の宇宙機で飛んだり降りたりすれば、信頼性が蓄積されていきます。どこかのタイミングでマネキンを載せてデータをとったり、テストパイロットを載せたり、段階的に挑戦していけると思っています。一方、スペースポートや飛行試験場は国が整備すると、(文部科学省の)将来宇宙輸送のロードマップに書かれています。さらに有人宇宙飛行は、国が許可して機体を飛ばしていいかどうか審査しないといけない。つまりJAXAも有人機の研究を進め民間から計画が出たときに「これなら飛ばせる」と認可できるように、民間との共同研究が必要になります。そのために国はJAXA法を改正し、JAXAの役割や資金の供給機能を強化しようとしています。予算が大きくついて産官学が一体となり、日本全体で有人宇宙船のプロジェクトが進むといいなと思っています。

(提供:将来宇宙輸送システム株式会社)
最終ゴールの単段式の往還型宇宙輸送システムのイメージ図には、翼がありますね。
畑田:

有人宇宙機は最初は2段式の宇宙機を考えていますが、理想は分離せずに飛んだものがそのまま地上に降りる単段式です。実現できれば、経済的に安くできるはずです。今の段階から、必要な要素技術について大学との共同研究を進めていこうと考えています。

単段式の課題はなんでしょう?
畑田:

ロケットで垂直に打ち上げて、水平着陸させるなど色々なパターンで検討していますが、どんなに大きくてもジャンボジェットサイズよりコンパクトにしなければ、高頻度に運航することはできないと考えています。例えば、宇宙機の重量の中で一番重いのは酸素燃料ですが、課題は小型軽量化。大気中を飛ぶときは周りの空気を取り込めば、酸素の量を減らせます。

また燃料に水素を使うとタンクが大きくなるので、メタンと水素を両方搭載する。地表近くではメタンを使い、上空で水素を使えば機体が小型化できます。水素とメタンの両方を切り替えて燃焼するのはロシアで一部研究していましたが、実用化はされていません。これらすべてを実現するには、基礎研究から20年ぐらいかかりそうです。

経済産業省を退職した理由

そもそもなぜ経済産業省に?
畑田:

もともと研究者になりたかったんです。人の役に立ちたくて、工学部なら人の役に立つ研究ができるだろうと、京大工学部で大学院まで進学しました。でも研究者になるより、研究する人が活躍する世の中を作る方が自分に向いていると思いました。就職活動で経済産業省に出会って、新しい技術をどう経済成長に繋げるかを考え、政策を作ったりするクリエイティブな仕事と知り、気づいたら役所に入っていました。

経済産業省ではどんな仕事を?
畑田:

主に成長戦略とか産業ビジョンとか。「これからの日本は何で食べていくのか」について企画することが多く、戦略を作って様々な企業と議論するのが最初は楽しかったですね。2015年に内閣府に出向し、宇宙活動法を策定したり宇宙産業ビジョンを作って宇宙産業規模を倍にすると政策を掲げたり。でも政策を作れば、宇宙ベンチャーがどんどん増えるかと言えばそうではない。世の中に対して「民間主導の宇宙ビジネスを実現すべきだ」と言いながら、自分は安定の象徴である国家公務員。だんだんストレスになってきたんです。

それで役所を飛び出したのですか?
畑田:

役所で政策を作るのも大事だが、自分はどちらかというとプレイヤー側。『民間でこういうことが起きたらいいのに』と思っていたことを実践する側になろう、新しい産業を作りたいと2018年に退職しました。

すぐに宇宙系で仕事を?
畑田:

いえ、退職後まずお世話になったのは「デジタルハーツ」という会社でした。ゲームが得意な人たちが発売前のゲームをチェックしていたのですが、あらゆるバグを見つける彼らの能力に着目し、子会社を作らせてもらって、サイバーセキュリティ人材に育てるモデルを4年間で作りました。セキュリティ人材不足と、不登校だったり障害があったりして居場所がない人に活躍してもらうという二つの社会課題の解決に貢献したと思っています。この仕事が一段落した2022年の正月に電話がかかってきたんです。

どなたからですか?
畑田:

投資家の赤浦徹さんです。赤浦さんとは2015年に内閣府で宇宙政策の仕事をしていた頃、「宇宙ベンチャーにもっと投資してください」とお願いに伺った時からのご縁で、会うたびに「なぜ畑田さんは宇宙ベンチャーをやらないんですか」と言われ続けてきた。正月に赤浦さんから「どんなにいい人工衛星やサービスを考えても結局、日本国内で安く宇宙に輸送できる手段がないと始まらない。宇宙輸送系を担うプレイヤーにならないか」と説得されました。

どう答えたんですか?
畑田:

「宇宙輸送系はお金もかかるし、技術も難しくて無理だと思います」と答えたんです。ただ、断りながら「できなさそうだからやらない、というのもちょっとダサいな」と思って、自分なりに調べてみました。すると文部科学省の将来宇宙輸送ロードマップの検討会では、かなり前向きな議論が進められていて、取りまとめ文書がそろそろ出る。やることが具体化され政府も予算を組むけれど、文書に書かれている内容、特に有人用の宇宙船をストレートにやる人がなかなかいないという状況も理解した。赤浦さんから自分も投資するし、資金調達にも一緒に回るから二人三脚でやりましょうとまで言われて、「ダメもとでやってみますか」と。その年の5月に起業しました。

では元々は、文部科学省の「革新的将来宇宙輸送システム実現に向けたロードマップ検討会」が目標に掲げた2本柱の一つ、「高頻度往還型」宇宙輸送システムを2040年代前半に実現するために起業なさったということですね。
畑田:

結果としてそういうことになります。高頻度往還機は有人宇宙機で、宇宙旅行や2地点間飛行などのビジネスに使われるので、民間が主導して開発すべきだが、JAXAは技術開発を支援すると書かれていました。我々は今もぶれずに2040年に向けて、毎日宇宙と地上を往還するような有人往還機を作ることを目標に掲げています。

国家公務員から新しい産業を作りたいと転職。ずっと宇宙をやっていかれますか?
畑田:

今は大変楽しいです。経産省時代から、新しい産業を作りたいという思いは一貫しています。有人宇宙輸送を実現して、宇宙産業を起点に様々なビジネスやサービスを生み出す裾野を広げていくところまで、『やり切るしかない』と思っています。

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