SLIM成功、月の縦孔発見をどう未来に繋げる? 日本の勝ち筋とは

今年も月ラッシュで幕を開ける。1月15日にはispaceと米民間企業Firefly Aerospaceの月着陸船が共にスペースX社のファルコン9ロケットで月に向けて飛び立った。2月にはダイモンの超小型月面車YAOKIを載せて米企業Intuitive Machinesの月着陸船が続く。ispaceは2023年4月の月着陸失敗から、リベンジをかけた2度目の挑戦となる。
そもそも日本は2009年、月周回衛星「SELENE(かぐや)」のデータから月面3か所で地下巨大空間(溶岩チューブ)に繋がる縦穴を発見。世界を驚かせた。また月着陸機SLIMは2024年1月、目的地から約60mという世界最高の精度で着陸に成功(着陸性能的には約10m)。溶岩チューブは月面基地に最適な場所と言われるが、中国は溶岩チューブ探査を重要視しているという。日本は科学的・工学的に月面で快挙を成し遂げているが、その成果は未来に繋げられているのだろうか。
こんな課題認識もあり、日本航空宇宙学会 宇宙ビジネス共創委員会は、「月ならこの人」という第一線の科学者・エンジニア、宇宙ビジネス関係者らを招集。「月での日本の勝ち筋」をテーマに2回にわたり、白熱した議論を展開した(2024年11月5日に姫路で行われた宇宙科学技術連合講演会と同月20日、日本橋で行われたNIHONBASHI SPACE WEEK 2024で)。
議論では、月で水をどうやって得るかについて科学者からの驚くべき指摘や、日本の勝ち筋をめぐる非常に興味深いやりとりがあった。注目の発言を紹介する。
月の水はレゴリスから作った方が合理的?

まずは月周回衛星「SELENE(かぐや)」の地形カメラのデータから、月の地下の巨大空間・溶岩チューブに繋がる縦穴を発見したJAXA宇宙科学研究所の春山純一助教の発言から。
「かぐやのデータから直径数十mの縦穴を3つ発見した。これは(月の火山活動で)溶岩が流れたあとにできた空洞にあいた孔で、横穴が続いていそうだとわかっている。孔の壁には溶岩が何回か噴出し、積み重なった層構造が見える。いつ、どんな溶岩が流れ、どんな成分なのか。月の火山活動を知ることで月の内部活動がわかる。科学者として非常におもしろく、誰よりも先に現場に行ってみたい」と月の科学的な魅力を語る。
溶岩チューブについては科学的に興味深いのはもちろんだが、人類が月へ出ていくために非常に重要な場所だと春山氏は力説する。「月の表面は非常に厳しい環境。例えば隕石が月面に衝突後、飛散物が高速で飛んでくる。月面基地として軽いインフレータブルな(膨張式の)構造物を作っても飛散物で穴が開いてしまう。それを避けるために構造物の上に砂をかぶせた場合、違う問題が起きる。月面に降り注ぐ放射線が砂と反応して二次放射線が発生する。(被ばく率を下げるには)厚さ3~4mの以上の砂をかぶせないと、むしろ被ばく率があがってしまう」。それらの点を考慮すると、月面上に構造物を造り、そこで暮らすのは問題が多い。いっぽう、地下空洞なら隕石や放射線から守られ温度も安定しているため、基地建設や人の長期滞在が十分に可能になるはずだ、と説いた。
春山氏は以前、月に人間が行くことに対して賛成ではなかったという。「ロボットが探査すればよく、(膨大な資金を要する)有人探査の予算を理学研究に回してほしいと思っていた」。その考えが変わったのは3.11、東日本大震災だった。「私の故郷は福島。自然は甘くないと実感した。煽るわけではないが、いつ地球に大きな災害がくるかわからない、自然は人類に必ずしも優しくないということは常に意識すべき。だからこそ、人が月やその先に行ける知識と技術を積み上げ、経験を増やさなければならない。そのために理学的な知識を提供しよう」と決めた。
その観点から春山氏が発言したのが「月の水」について。「言おうかどうしようか迷ったが言います。月に水はあります。でも利用する観点からはどうなのか。リモートセンシングで月の水の情報が出ていますが、わかったことは月の永久影の一番水が多いところでも、砂の(質量の)0.5%ほどにも満たないということ。マイナス200度近い永久影の中へ行き、そこから水を採り、利用するための重機や機器などを開発する費用が見合うのか、考えた方がいい」

では、月で水を得るにはどうしたらいいのか。その解の一つは「月で作ればいい」と春山氏。「月の砂レゴリスには酸化ケイ素や酸化鉄など様々な金属酸化物が含まれており、電気分解して酸素を作ればいい」と。同志社大学の田中聖也助教らの研究によると、約2kgのレゴリスにキロワット程度の電力をかけ「溶融塩電解」という手法を用いれば、一人が一日に必要とされる800gの酸素を得られるという。その酸素に地球から運んだ水素を反応させれば、水ができる。同時に、鉄などの金属も得られる。鉄は月面で建設材料などへの利用が期待されている。金属酸化物に含まれる酸素と金属を分離することで、それぞれ資源として月面で活用することができるというわけだ。
月の水は今、月面ビジネスでホットなトピックス。ビジネスを進める企業は、科学者とタッグを組んで、さまざまなデータをもとに検討を進める必要がありそうだ。
SLIMピンポイント着陸の技術—ビジネスによる継続性に期待
宇宙ビジネス共創委員会委員長である慶應大学の神武直彦教授からは「月はビジネスになかなかなりにくいと思っている人が多い。SLIMの(ピンポイント月着陸の)ような技術が日本で生まれても、それをサービスに仕立てビジネスにしようとすると、別の国がうまく活用することが他の事例でも多々あった」と指摘があった。
この点について、JAXAの坂井真一郎SLIMプロジェクトマネージャは「我々は研究機関であり、誰もやったことがないことにチャレンジするのが行動原理。SLIMで一回できたことをもう一回やることはないだろう。一方、技術が成熟していくためには繰り返し使われていくことが大事。事業の観点から色々な方に入ってきて頂けると、継続性という意味で期待できる」。実際、SLIMで得た高精度月着陸技術や知見を提供する方向で、民間企業と話し合いが進んでいるそうだ。

ピンポイント月着陸技術について、ビジネスサイドからの期待は高い。ispace中上禎章氏は「我々は月面のランダーを開発し輸送ビジネスをしている。『どこに何を正確に輸送してください』というお客さんの要望通りに運べることは当然、付加価値になる。その技術やノウハウはぜひ協業させて頂きたい」と語る。
一方、砂漠や北極圏の永久凍土、ジャングルなど極地でのプラント事業を遂行してきた実績(世界80か国2万件も!)がある日揮グローバルは、月を「最後のフロンティア」と位置付ける。月面で水資源プラントなどの構築を目指し、JAXAと月面での推進薬生成に関する連携協定を結ぶなど、着実に協業を進めている。同社の深浦希峰氏は「プラント建設を考えたときに、地球上では現地の調査は必須。月面は何回もデータを取り直しに行けないと考えると、建設地点に高精度で着陸し、データを採りに行くのは産業界でもアカデミアでも不可欠」と期待する。

また深浦氏はアカデミアへの要望として「プラント設計をするにあたって、月面の水の組成など実際の現地情報が取得できているわけではない。様々な公開情報だけでは実際の物づくりは進まない。南極か縦孔か、どの地点にどういった設備を立てうるのか、その設備を立てるために必要な要件はどういうものか、その要件を満たすために取得すべきデータは何でどういうミッションが必要なのか。産学が将来を見据えて一致団結してやっていくことが必要」と語った。
日本の勝ち筋はなにか?
ちょっと違う観点から日本の勝ち筋を語ったのが、JAXAの桜井誠人氏だ。環境制御生命維持技術の専門家として桜井氏が推すのは、空気再生や水再生など、日本が得意とする環境制御や生命維持の技術。
「ISS(国際宇宙ステーション)には酸素発生装置や二酸化炭素除去装置などがあるが、アメリカ製とロシア製しかない。3つずつあって2つ壊れてもいいシステムになっている。ISSで運用してきた結果、空気再生システム(二酸化炭素分離濃縮→サバチエ反応→水電解(酸素製造))において、6週間に1回どこか不具合がでるという結果になった。日本の製品は信頼性が高く、家電でも一回コンセントを入れたら10~20年壊れない。月周回有人拠点『ゲートウェイ』の国際居住棟(I-HAB)では、日本が二酸化炭素除去装置や微量有害ガス除去装置を担当する。これらを端緒として食料生産まで含めた完全循環型の生命維持技術を目指し、『ミニ地球』のような施設を作れば、地球の環境問題を解決するテストベッドにもなりうる」と。

ビジネス関係者は、チームJapanとして取り組み先行者優位をとることが、「勝ち筋」に繋がると訴えた。
ispaceの斉木敦史氏は「月という厳しい環境にチャレンジすることで技術革新が進む。それを地球でのビジネスに反映し、技術の差別化につなげる。色々な技術力をもった会社と協力し、地球上のすべての人が持続的で豊かな生活ができるように月を利用する」といい、一社でなく多くの企業と手を組むことが大事と説く。「早く月面に行くほど技術の差別化につながる。国際社会で日本の存在力をあげるために、ispaceはチームJapanの一員として、皆さんで取り組んでいきたい」と。
日揮グローバルの深浦氏は「日本の強みは多様性にある」という。古くから宇宙開発を担っている企業、さまざまな研究を進めるアカデミア、宇宙ビジョンを実現できるプレイヤーなど。だがアメリカに比べて財源が厳しい日本で必要となるのは「選択と集中」だと。優先順位をつけつつミッションを迅速に組み立て、「先行者優位」をとることが必要と語った。

SLIMの坂井プロマネは人材育成の重要性を加えた。「SLIMでは若いエンジニアたちがすごくいい仕事をしてくれた。もしかしたらSLIMの一番の成果じゃないか。日本の強みを生かし続けていくためには、実際に現場を踏むような機会をいかに小刻みに作って人を育てていくかという観点も必要」
宇宙ビジネス共創委員会委員長の神武教授は議論をこう総括する。「大事なのは、月のビジネスを継続させるためにプレイヤーを増やすこと。日本ほど月が身近な国民はいない。その文化やコンテンツをいかして、工学系だけでなく多くの人を巻き込んだストーリーや文化を作る。またムーブメントも必要。Xプライズ財団が民間宇宙旅行や民間月輸送を加速するために賞金レースを立ち上げた。日本でも月面に行き地上の野球スタジアムに戻ってくるチームに賞金を出すようなコンペを考えたらどうでしょう」。
月に行くことで地球や人類にもたらされるものはなにか。そのために今、何をすべきか。そんなことを考えながら、2025年の月ラッシュに注目していきたい。
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