民間初の船外活動、デジタルノマド、ミュージシャン—宇宙旅行は新時代へ
宇宙でデジタルノマドってちょっと憧れませんか? 実はそんな時代がもう始まっているのです。下の画像は4月1日から、民間人だけによる約4日間の宇宙飛行を実施した「Fram(フラム)2」のコマンダー、マルタの実業家チュン・ワン(Chun Wang)氏のXの投稿。「私たちって宇宙初のデジタルノマドの最初の世代では?」と書いてある。無重力で浮かびながら仕事。窓の外には地球、って羨ましすぎる!
Are we the first generation of digital nomad in space? pic.twitter.com/bYORmxm7HS
— Chun (@satofishi) April 5, 2025
2021年の本コラムで、宇宙旅行者の数がプロの宇宙飛行士の数を上回った「宇宙旅行元年」と書いた。それから数年が経ち、宇宙旅行者の数が増えるとともに、民間宇宙飛行は新たなフェーズを迎えている。新時代の象徴となる、3つの民間宇宙飛行を見ていこう。
2024年9月、民間初の船外活動—宇宙服に注目
もっとも画期的であり「民間宇宙飛行『新』時代」を象徴したのは2024年9月12日、「民間人による船外活動」の実現だった。民間人4人による宇宙飛行「Polaris Dawn(ポラリス・ドーン)」ミッション中にコマンダーの実業家のジャレッド・アイザックマンさんとスペースX社の社員サラ・ギリスさんが約30分にわたって船外に出たのだ。

船外活動と言えば、専用に開発された特別な宇宙服を着て行うもの、という印象が強い。ところが、上の写真を見てほしい。背中にランドセルのような生命維持装置を背負っておらず、すっきりしている。それもそのはず。この船外活動用宇宙服は、クルードラゴンの打ち上げ時と帰還時に着る船内服を改良したもの。狭い宇宙船に船外活動用の宇宙服を塔載する必要がない、という意味でも画期的だ。
見た目は船内服とさほど変わらない。だがその中身はさまざまな技術が詰まっている。まず機動性。手首やひじ、腰、足の強化されたジョイントで加圧しても可動性が提供される。また難燃性ストレッチ素材により、スーツ外側の可動性も向上している。ヘルメットには最先端のヘッドアップディスプレイが搭載され、宇宙飛行士が真空に晒される時間をモニターしながら、圧力・温度・湿度が表示される。熱管理については新しいサーマルウェア素材を採用し、スーツ内の温度を調節しながら動きやすさを提供。ダイヤルでスーツ内の冷却機能を制御し、船外活動中に追加の酸素を提供する。ブーツはファルコンロケットやドラゴン宇宙船のトランクで使用されているのと同じ断熱材で作られており、宇宙の激しい温度変化に対応しつつ柔軟性を提供している。

ポラリス・ドーンミッションで使われたクルードラゴンは、野口聡一飛行士らがCrew-1で搭乗した「レジリエンス号」を改良したものだ。船外活動用の出入り口であるエアロックがないため、宇宙船内全体を約二日間かけて徐々に減圧して真空にし、その後、二人の宇宙飛行士が船外に出た。背中に生命維持装置を背負う代わりに、アンビリカルケーブルから酸素を送っていたようだ。
少し宇宙服が膨らんでいるように見えたが、宇宙服内の気圧は約0.34気圧。ロシアの船外宇宙服(0.4気圧)よりやや低めで、NASAの宇宙服とほぼ同じ。操作性を重視しているようだ(宇宙服内の気圧が高いと準備時間が短いメリットはあるが、操作性はよくない)。


宇宙旅行のオプショナルツアーに船外活動が選べるのはいつになるだろうか。その第一歩が刻まれたと言えるだろう。ちなみにジャレッド・アイザックマン氏は2021年9月にも民間人だけによる宇宙飛行を実施し、今回が2回目。そして次期NASA長官に指名されている。宇宙飛行の経験がNASA長官の仕事にどう活かされるか注目だ。
宇宙でデジタルノマド

そして「レジリエンス」号を使った3回目の民間宇宙飛行が2025年4月1日に打ち上げられた「Fram(フラム)2」だ。マルタの起業家で冒険家でもあるワン氏が、2023年5月にスペースXにプレゼンしたことから始まったこのミッションの特徴は、4人の民間人が極軌道を飛行したこと。これまで極近くを有人飛行したのは1963年のボストーク6号。だがボストーク6号が65度の軌道傾斜角だったのに対し、今回は90度。つまり北極と南極の真上を通る初の有人飛行である。
メンバーはワン氏の他にオーストラリアの極致冒険家、ノルウェー人で極地での撮影を得意とする映画監督、ドイツ人のロボット工学者。共通しているのは「ノルウェー領スヴァールバル諸島で出会い、みな氷が好きなこと」(ワン氏のXの投稿より)。「このミッションは私がそこにいるときに計画された。(北緯74~80度の)スヴァールバル諸島はISSが通る軌道から見えない。だから極上空を飛行することにした」のだと。
彼らが訓練を始めたのが2024年8月。その時点では2024年中の飛行可能性もあった。前例のない極軌道の有人飛行を、たった4か月の訓練で民間人だけで実施させるなんて、スペースX恐るべし。
4日間の飛行中に22の科学実験が予定された。キノコを栽培したり、宇宙で初めて人間のエックス線写真を撮影したり、宇宙飛行中の睡眠の質とストレスの関係を調べたり、スティーブ(STEVE)と呼ばれるオーロラに似た現象の撮影を行ったりなど。かなり忙しかったはずだ。

「Fram2」のFram(フラム)とはノルウェー語で「前進」を意味する。また1800年代に建造され、北極海などの探検に使用されたノルウェーの船の名前でもある。ワンさんは世界中を旅しながら仕事をしているデジタルノマドであり、ついに宇宙にまで到達した。クルードラゴン1機分を買い取った富豪には違いないが、極地で出会った4人が意気投合して宇宙に行っちゃった感を含めて、新しい宇宙飛行スタイルを感じさせる。
ケイティ・ペリーら女性6人が宇宙飛行


そして4月14日、6人の女性がブルーオリジン社の宇宙船ニューシェパードに乗り、宇宙と地上との境界とされる高度100kmのカーマンラインを超えた。飛行時間は10分強。その中にはミュージシャンのケイティ・ペリーさんの姿があった。
彼女は宇宙で「What a wonderful World」を歌ったという。帰還後、宇宙船から出ると一輪の花(デイジー)を高々と掲げ、大地にキス。宇宙飛行の感想を問われ「Super connected to love. 愛に繋がっていることを実感した」と語った。それは、母親になることの次に素晴らしい体験だったと。愛娘デイジーちゃんが見守る中で飛び立ち、娘と同じ名の花と共に宇宙へ。「デイジーはどんな状況でも逞しく咲く。美しい地球を想い起こさせる花よ」と言う。
わずか10分間の飛行には批判の声もあるようだが参加者の一人、ジャーナリストのローレン・サンチェスさんは「宇宙は静寂で、それは想像していなかったこと。地球は生きていて私たちはみな一緒に生きて互いに繋がっている。宇宙飛行を一言でいえば『JOY(喜び)』です」と話し、感極まった。
民間宇宙飛行はこれからもその可能性を広げ、さまざまな人たちを宇宙に運び、私たちはもう驚かなくなっていくだろう。いつ私たちは宇宙に行けるのか。宇宙医学の関係者によると、高度100kmまでの宇宙飛行の場合でも打ち上げや帰還の際、体重の3~4倍のGがかかることがあるため、心臓や肺に不安がない方がいいという。心肺機能を高め、その日に備えておこう。
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