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星空の散歩道

国立天文台 副台長 渡部潤一 Junichi Watanabe国立天文台 副台長 渡部潤一 Junichi Watanabe

 Vol.141

暗黒物質の正体に新展開か

宇宙のほとんどをなしている暗黒物質と暗黒エネルギー。どちらも正体が皆目わからず、天文学者も物理学者も、その正体を暴こうと苦心しているのだが、なかなか手強い。

暗黒物質の存在が明らかになってきたのは20世紀半ばからだ。銀河団に属する銀河の空間を移動するスピードが、その銀河団の質量から考えられる重力を振り切ってしまうほど早いことがわかってきた。にもかかわらず、銀河の集団として存在し続けるのは、目に見えない物質、すなわち暗黒物質が相当量存在するからだ、というアイデアが生まれた。この段階では、なかなか信用されなかったが、その後、渦巻き銀河の円盤部分の回転速度の観測によって、その存在は確実になっていく。渦巻き銀河の円盤部分は回転しているのだが、そのスピードは太陽系の惑星のように外側に行けば行くほど遅くなるはずだった。ところが、円盤の端に至っても、ほとんど低下しないことが明らかになってきた。つまり、見えない物質が見える部分よりもさらに大きく取り巻いていないと説明がつかないのである。

暗黒物質は、重力を及ぼすものであることから、見えない物質などとも呼ばれていて、最初はブラックホールがたくさんあるとか、浮遊惑星ではないか、などと言われていたのだが、そうした通常の物質では無いことが次第に明らかになっていった。そして、他の物質とはほとんど相互作用をしない素粒子の一種と思われるようになってきている。だが、ともかく正体はまだわからない。直接検出しようとする試みもなされてきたが、まだ誰も成功していない。そんな状況下、もしかするとその正体に迫るヒントとなる研究結果が最近公表された。暗黒物質粒子が、特定のスピードの時だけ、お互いに相互作用し合う、と考えると、観測を旨く説明できるらしい。まったくの新理論の登場である。

実は、重力を及ぼすことはわかっているので、計算してみると大きな構造でも小さな構造でも、暗黒物質の粒子は集合して、中央部に集中するはずである。ところが、最近の研究によれば、矮小銀河レベルの小さな銀河では、その集中度が低く、なだらかに分布するのに対して、銀河団レベルのおおきな構造だと集中度が高いというのである(下図参照)。 もしかすると暗黒物質の粒子は、ある種の条件の下では”ビリヤードのボールのように”相互作用し合って、散乱する性質を持っているのではないか、と考える研究者が現れた。その相互作用というのが共鳴である。共鳴とは固有の周期で振動する系に対し、その周期で外力を与えると、その振動が増幅していく現象である。身近な例だとブランコである。ブランコはロープの長さで固有の周期が決まるが、それにあわせてこぐと揺れ幅が大きくなっていくのは誰しも経験があるだろう。暗黒物質の粒子が、特定のスピードで走っているときだけ、この共鳴が起こり、相互作用して散乱してしまうと仮定するのである。ちょうど、矮小銀河のような小さな銀河の環境だと、暗黒物質の粒子のスピードが共鳴状態になって広がり気味の分布となって集中度が低くなる。逆に、高速で動いている銀河団では共鳴が起こらず、散乱されない粒子が中心に集中する結果となる。

矮小楕円銀河の暗黒物質の分布(左)と、銀河団での暗黒物質の分布(右)。小さな銀河では分布はそれほど集中していないが、銀河団のような大きな構造では中心部に高密度で分布していることがわかる。(提供:KavliIPMU - Kavli IPMU modified this figure based on the image credited by NASA, STScI)

もし、固有の周期が特定できれば、皆目、見当がつかなかった暗黒物質の粒子の正体のヒントを与えることになる。どうも、われわれはその正体にほんの少しではあるが近づいたのかもしれない。