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ライター 林 公代 Kimiyo Hayashiライター 林 公代 Kimiyo Hayashi

宇宙から「ふんわり」帰還成功!
日本の宇宙開発の歴史を塗り替えた小型カプセルの旅

10月27日に記者公開された小型回収カプセル本体。底面に黒く見えるのが新規開発した軽量の熱防護材(アブレータ)。「本当に綺麗な状態で帰ってきて驚いている」と田邊宏太開発チーム長(右)。着水から約2週間経ってもアブレータの焦げた匂いが残り、再突入時の過酷な環境を物語っていた。

「この瞬間を長年待っていた。感無量です」。2018年11月13日9時半すぎ、国際宇宙ステーション(ISS)から日本製カプセルで地上に持ち帰った実験試料が筑波宇宙センターに到着。直後の会見で、小型回収カプセル開発チーム長のJAXA田邊宏太さんは満面の笑みを見せた。

ISSの「きぼう」日本実験棟で実施された実験試料を搭載した小型回収カプセルは、11月11日(日)7時4分、南鳥島沖南南東約660kmに着水。10時25分に船で回収された後、航空機、車とリレーされ、実験試料が筑波宇宙センターに11月13日9時42分に到着したのだ。待ち受けた数十人のJAXAエンジニアたちからは自然に拍手と歓声が沸き起こった。

データ解析の結果、実験試料の温度は、ISSで容器に収められてから回収船で取り出されるまで5日間と15時間、4度で保たれ(要求は4度±2度、結果は4度から0.4度の範囲内と良好な状態)、飛行中に受けた重力加速度は3.5G以下(計画では4G以下)。日本初の「ふんわり」帰還する揚力誘導飛行は計画以上の大成功となった!

運ばれた実験試料は宇宙で生成されたタンパク質結晶や容器に破損もなく、温度も4度に維持されていたことから、本格的な解析に入る。筋ジストロフィーなどの治療薬に繋がること等が期待される。田邊チーム長は、今後成功を重ねる必要はあるが、今回の小型回収カプセル実験に「100点以上をあげたい」と大満足の様子。

直径84cm、高さ約66cmの小さなカプセルがもたらした意味は大きい。植松洋彦HTV技術センター長は「日本の宇宙開発の歴史を塗り替えた」という。これまで「こうのとり」は宇宙に物資を届けた後、帰りは大気圏で燃え尽きる「片道飛行」であり、宇宙からの物資回収は米ロの宇宙船に頼っていた。それが、宇宙から帰る手段を手に入れた。しかし宇宙から帰るだけなら小惑星探査機はやぶさが既に実現している。今回の小型回収カプセルが異なるのは「ふんわり」と帰る、つまり揚力飛行に日本が初めて成功したこと。

大気圏突入時のカプセルの姿勢を説明する渡邉泰秀チーム長代理。この姿勢でカプセルの底面と上部になる部分が高い加熱を受けた。
大気圏突入時、カプセル下部(写真右側)はカプセル上部(同左側)より受けた加熱が低く、アブレータ外側のMLI(金色の部分)が残っていた。カプセル左側にあるのは高度約15kmで開いたパラシュート。

「揚力飛行がなぜ大事か。人間が宇宙から帰る場合に必要な『いろはのい』であり、この技術がなければその先に進めない」(植松センター長)。具体的には帰還時に受ける重力加速度は弾道飛行の場合、約8~9G(体重の8~9倍)となるが、揚力飛行によって人間に負担の少ない4G以下(今回は3.5G)にすることができる。つまり有人宇宙船に繋がるキー技術なのだ。

まとめると、今回の小型回収カプセル実験の意義は大きく二つ。①宇宙から実験成果物を地上に持ち帰る手段を手にしたこと。カプセルに用いられた国産・軽量の熱防護材表面は大気圏再突入時、1700~2000度もの高温になったが、カプセル内部は数十度に保たれた。さらに魔法瓶の技術を生かした入れ子構造の真空二重断熱容器等によって、実験試料を電源なしで5日15時間、4度に保つことに成功。②宇宙からふんわり帰る揚力誘導飛行(有人宇宙船開発に必須)の技術を手にしたことだ。

日本の宇宙開発の歴史を塗り替える快挙。そこで今回の実験に至るまでにどんな開発の苦労があり、将来にどうつなげるのか、DSPACEでは複数回にわけてじっくり紹介します。まずは「小型回収カプセルISSから筑波への旅」を写真と動画で振り返りましょう。泣けるんですよ、これが。

宇宙から筑波まで。「成果物=宝物」を運ぶ6日間のリレー

11月6日、「きぼう」実験棟で実験試料の搭載作業スタート。チャンセラー飛行士がまず実験試料をアルミ容器に納めているところ。(提供:JAXA/NASA)
アルミ容器を真空二重断熱容器に保冷剤と共に入れ、さらに気密容器に。電源なしで4度±2度で4日以上保つことが要求された。(提供:JAXA/NASA)
実験試料を収めた小型回収カプセルに「こうのとり」7号機からの分離機構を取り付ける。地上でも苦労するほどの細かく難しい組み立て作業。ゲルスト飛行士(上)はこの作業のための訓練をISSで初めて受けたが見事にサポート。11月7日、「こうのとり」7号機への取り付け作業完了。(提供:JAXA/NASA)
11月8日1時50分、小型回収カプセルを搭載した「こうのとり」7号機をISSから分離。カプセルは「こうのとり」7号機の上部中央に見えている。11日6時24分にカプセルを「こうのとり」7号機から分離。(提供:JAXA/NASA )
11月11日7時6分、着水した信号を確認し歓喜する小型回収カプセルメンバーたち。いつもは冷静な植松センター長(右)がガッツポーズ。パラシュートを開く試験で失敗を繰り返したことから心配していたという(提供:JAXA)
浮袋に搭載していたGPSデータから着水地点が南鳥島南南東660kmと判明、航空機が捜索へ。海は広大でなかなか見つけられなかったものの、約2時間後に発見した瞬間の動画。興奮が伝わってくる。(提供:JAXA)
10時25分、回収船によってつり上げられた小型回収カプセル。「浮袋だけでなくカプセル本体もついていて一安心。一番感激したポイント」(田邊チーム長)(提供:JAXA)
引き上げられた小型回収カプセル。中央の筒状のペイロード収納容器の内部に実験試料が入っている。上の写真で飛行士らが取り付けた分離機構を外しているところ。(提供:JAXA)
11月12日9時半ごろ、真空二重断熱容器から実験試料を取り出し、クーラーボックスに移し替える作業。ISSで断熱容器に試料と保冷剤を入れてから5日と15時間、約4度で温度が保たれていた。(提供:JAXA)
ISSから帰還したタンパク質結晶実験の試料。
(提供:JAXA)
11月13日4時50分、回収船が南鳥島に到着。試料コンテナを航空機に運びこみ、5時17分に茨城空港に向けて離陸。写真は茨城空港に到着後、試料コンテナをおろしているところ。(提供:JAXA)
11月13日9時42分、茨城空港から陸路で試料コンテナが筑波宇宙センターに到着。ISSで試料を搭載してから約6日間。待ちに待った瞬間!(提供JAXA)
電源なしで約1週間、4度で保つ真空二重断熱容器を手にするJAXA小型回収カプセルチームの田邊宏太さん(左)と宮崎和宏さん。この容器が記者公開されたのは11月13日だったが、保冷材はまだ硬く冷たく、結露しており「もう数日は大丈夫そうですね」と宮崎さん。

今回は100点満点の成功となったが、成功に至るまでは苦労の連続であり、馬車馬のように開発を進めてきたという。11月11日の記者会見中にカプセルの回収成功!の一報が飛び込んだ際、植松センター長は「開発中から『必ず見つけてやる』と思っていた。だが帰ってくるとわかっていても顔を見るまでは安心できない親の気持ち。感動した」と感極まり、声を詰まらせた。何がどう大変だったのか。そして今回の成功を次にどうつなげるのか。次回詳しく紹介します。

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