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ライター 林 公代 Kimiyo Hayashiライター 林 公代 Kimiyo Hayashi

黄金の宝箱「こうのとり」最終号機 完璧なゴールへ

5月25日、ISSから見た「こうのとり」9号機。次世代ハイビジョンカメラ(MPEP搭載カメラ)で撮影。ぴたっと静止しているように見えるが実は秒速7.8kmで飛行中。(提供:JAXA)

開発初期、NASAから「HTV(こうのとり)が来ないことがISS(国際宇宙ステーション)の安全」「米国の物品は載せない」とまで言われた屈辱を跳ね返し、今やISSの存続に欠かせないバッテリなど貴重な物資を運ぶ、世界最大のISS宇宙補給機「こうのとり」。

最終号機となる9号機が2020年5月21日2時31分、種子島宇宙センターからH-IIBロケット9号機で打ち上げられた。新型コロナウイルスが世界で猛威をふるう中、発射場のある種子島にウイルスを持ち込まないよう、ロケット関係者やHTV関係者ら人員を2~3割削減。外食を避け、食事は宿泊施設でとるなど最大限の配慮で準備を進めた。種子島内の見学場はやむを得ず閉鎖となったが、「こうのとり」9号機を搭載したH-IIBロケットが力強く宇宙を目指す軌跡は、遠く大阪や神戸の空からもファンによって捕らえられた。奇跡のようだ。

H-IIBロケット9号機による「こうのとり」9号機打上げ。(提供:三菱重工/JAXA)

5月25日午後9時13分、ISSに滞在中のNASAクリストファー・キャシディ宇宙飛行士がロボットアームで「こうのとり」9号機をキャプチャ。その後ISSの最先端にある「ハーモニー」モジュールに取り付けられ、翌26日午前4時24分、宇宙飛行士たちは「こうのとり」9号機の中へ。これで往路は100%の成功を納めたことになる。

9号機は6.2トンの荷物をISSに運んだ(2トントラック3台分)。ISSを今後も使い続けるために欠かせない新型バッテリは、6号機から4機連続で6台ずつ、合計24台運んだことになる。バッテリを一度に6台も運べるのは「こうのとり」だけ。新型バッテリには日本製リチウムイオン電池が採用されていて、日本の技術力の高さを示している。新型バッテリの寿命は10年間。「こうのとり」が運んだバッテリがISSの今後の幅広い利用を支えることになる。

そして日本実験棟「きぼう」を宇宙放送局にするための機材も運ばれた。「きぼう宇宙放送局」では今年の夏ごろから、「きぼう」に宇宙スタジオを作り、世界初の対面型双方向ライブ配信システムを実施する計画。中村倫也さん&菅田将暉さんがメインクルーを務めるのも楽しみ。さらに、宇宙アバター事業のための機材も運ばれた。「きぼう」の窓付近に宇宙アバター「space avatar」を設置。世界初の試みとして一般の人が町中からアバターのカメラをリアルタイムで動かし、自分が「きぼう」にいるかのように窓の外の景色を眺めることが可能になるそうだ。これら「きぼう」を活用した民間事業の展開に注目だ。

「こうのとり」9号機は荷物を運ぶだけでなく、新型宇宙ステーション補給機HTV-Xのための技術実証も実施した。HTV-Xと「こうのとり」の大きな違いの一つは、自動ドッキングを行うこと。「こうのとり」はISSから10mまで接近した地点で宇宙飛行士がロボットアームでキャプチャしISSに取り付ける「キャプチャ方式」を世界で初めて実施。続く米国の補給船(ドラゴン、シグナス)もこの方式を採用した。「先駆者であり、世界をリードしている」と油井亀美也飛行士は高評価。さらに月周回ステーションGATEWAYへの物資補給を目指すHTV-Xは、宇宙飛行士が不在の時もドッキングできるよう、自動ドッキングを行う必要がある。

HTV-Xは月周回ステーションGATEWAYへ自動ドッキングを予定。(提供:JAXA)

GATEWAYでの本番前にHTV-X(2号機)はISSを練習台に自動ドッキング実験を行う予定だ。HTV-Xが正確にISSにアプローチしているかを宇宙飛行士が確認するため、HTV-X搭載カメラでISSの動画を撮影。無線LANでISSに伝送する。そのための実証実験が9号機で行われたのだ。「こうのとり」にカメラを搭載するのは初めて。ISSの真下250mから10mのキャプチャ地点に到着するまでの間に無線LAN通信を確立、「こうのとり」のカメラが撮影した映像をリアルタイムでISSに送信。映像はきれいに取得されたようで、公開が待ち遠しい。

「こうのとり」が成し遂げたものは

さて、見かけは缶ビール(最大直径4.4m×全長10mと巨大だが)、世界の宇宙飛行士からは「Golden Treasure Box(黄金の宝箱)」と賞賛され愛される「こうのとり」が成し遂げたものは何か。9号機ミッションは1~2か月後にISSを離脱し、大気圏に再突入したときに完了となる。関係者の声をぜひ、記者会見で聞きたいが、その前に簡単なまとめを。

油井亀美也飛行士による「こうのとり」9号機キャプチャ時の解説がとてもわかりやすかった。動画は今も閲覧可能なのでぜひ見て頂きたい(欄外リンク参照)。油井飛行士の解説をベースに紹介しよう。

「こうのとり」の凄さは、宇宙飛行士によるキャプチャ時に現れる。NASAテレビの中継を見ると、宇宙飛行士がロボットアームでキャプチャする直前の「こうのとり」はぴたっと止まって見える。だが実際は秒速7.8km(ライフル銃の弾丸より数倍速い)の超高速で飛ぶISSとぴったり速度を合わせて飛んでいるのだ。油井飛行士によると、これがものすごく高度な技術だそう。

そして「輸送能力」。スペースシャトル引退後、大きな船外物資を運ぶ貨物船が限られていた。「こうのとり」はバッテリなど大型の船外物資を運べるほか、入り口が大きいので実験ラックなど大型機器も分解せずに運搬が可能。宇宙飛行士の貴重な仕事時間が節約できる。さらに、100%成功を納める「安定性」。油井飛行士がISS滞在前には米ロの補給船の打ち上げ失敗が相次ぎ、ISSの物資が底をつき始めた。そこに「こうのとり」5号機が到着。「ISSの危機を日本の『こうのとり』が救った」。また、打ち上げ直前まで荷物を搭載できる「レイトアクセス」で新鮮なフルーツなどを宇宙へ運ぶことも可能。「クルーの士気もあがりました」と油井飛行士は語る。9号機でも宮城県産のパプリカ、群馬県産のキウイフルーツ、愛媛県産のレモンなどが届けられた。

2015年8月24日、「こうのとり」5号機をロボットアームでキャプチャ。運ばれた新鮮フルーツと満面の笑みの油井亀美也飛行士。(提供:JAXA/NASA)

屈辱から賞賛へ『こうのとり』の軌跡

検討開始から25年、初号機打ち上げから11年。その歴史をプロジェクトメンバーが振り返った「『こうのとり』のあゆみ」がJAXA ウェブサイトに掲載されている(欄外リンク参照)。初号機からほぼ毎回、様々な困難を乗り越え、難易度の高いミッションを掲げ進化してきた歩みを振り返ることができる。

2009年9月18日、「こうのとり」技術実証機のキャプチャ成功で喜びを爆発させる管制官たち。(提供:JAXA)

初号機開発では「1000件以上の指摘と、数百もの未解決課題に直面。それら課題を一つ一つ解決し、2000以上の運用手順と500以上のフライトルールを準備、100回以上の訓練にも耐えたチーム。成功に導くことができた時、喜びを爆発させました」(山中浩二HTV1リードフライトディレクタ(当時)の言葉から抜粋)。開発がどれだけ困難だったか、それを乗り越えた歓喜がどれほど大きかったかが伝わる。

2号機ミッション中には東日本大震災が起こった。JAXA筑波宇宙センターの管制設備や日米間の地上回線が利用不可になり、一時的に管制業務をヒューストンの管制センターに委ねる事態に。だが宇宙の「こうのとり」2号機は極めて安定しており、数日間で地上設備を完全復旧し無事にミッションを完遂することができた。

NASAジョンソン宇宙センター管制室のフライトディレクタ席には、震災に見舞われた日本への祈りを込めた折り鶴が。
(提供:JAXA/NASA)

3号機ではISSでの作業を終えた分離後、本来ならISSのカメラの視野からゆっくり離れていくはずの「こうのとり」の姿が消えた。分離時に意図しない初速が与えられたため、安全化処置が自動実行され、計画と異なる軌道へ退避したためだった。予期せぬ事態にパニックになりそうなところだが、管制チームは速やかに復帰計画を立案。予定通りに翌日に再突入しミッションを終えることができた。日ごろからあらゆる事態を想定して訓練を重ねてきた、運用管制官の実力が発揮されたと言えるだろう。

「こうのとり」3号機の中で。右下に星出彰彦宇宙飛行士。(提供:JAXA/NASA)
大気圏に再突入する「こうのとり」4号機をISSからとらえた写真。燃え尽きて消えていく様子に涙ぐむ管制官もいたそう。(提供:JAXA/NASA)

5号機打ち上げ前には米国やロシアの補給船3機の失敗の連鎖に見舞われる。「こうのとり」5号機の打ち上げまで2か月を切った時期に、急遽NASAから予定していなかった物資の輸送要請があったという。担当者の冨田悠貴さんは「追加の搭載装置を手作りして(「こうのとり」内に新しく物資を搭載する)場所を確保しました」と記す。

2018年11月7日、任務を終えISSから取り外される「こうのとり」7号機。交換が終わった古いバッテリ等を搭載し大気圏に突入予定だったが、交換作業が実施できず非与圧部が空の状態。この後、小型回収カプセルを放出し、回収実験に成功。(提供:JAXA/NASA)

そして7号機も前代未聞の危機に直面する。2018年9月23日に打ち上げ、5日後にISSと結合後の10月11日、宇宙飛行士二人を乗せたソユーズ宇宙船が打ち上げに失敗(宇宙飛行士は緊急離脱し無事)。最悪の場合、ISSが無人となる可能性が生じたのだ。「こうのとり」7号機もバッテリ6台を運んでおり、バッテリ交換のための船外活動作業を行う予定だったが、予定より少ない人数で仕事に追われるISS飛行士たちにその余裕はなかった。「連日連夜NASAとの電話会議と技術評価を行った結果(中略)、泣く泣く体の一部であるEP(バッテリを乗せた曝露パレット)をISSに置いたまま(7号機を)早期に離脱する」ことに。それがISSを救える方法だったと内山崇HTV7リードフライトディレクタ。「最悪中止もあり得た小型回収カプセルミッションを実施し成功できたことは、二重の喜びでした」とコメントしている。

「こうのとり」7号機から放出、南鳥島沖で回収された小型回収カプセル。(提供:JAXA)

そして9号機が、コロナ禍での打ち上げ・運用を強いられることになるとは、誰が想像しただろう。HTV技術センター長の植松洋彦さんは「決して楽な11年ではありませんでしたが、エンジニアとして本当に幸せな時間だった」と振り返りながら「最終号機、まさに集大成となります。未来へバトンをつなげること。それが全てです。全力を尽くします」と記している。「こうのとり」9号機がすべての任務を終え、大気圏で完全燃焼をした際には、ぜひミッション完了会見で喜びの声とともに、未来へどんなバトンを繋ぐのかを聞きたい。

ミッションは続く。「こうのとり」チームのプロフェッショナルな仕事を完遂し、有終の美を飾って欲しい。

2009年11月2日、HTV技術実証機が大気圏に再突入後の集合写真。ここからすべては始まり、未来へ。(提供:JAXA)
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