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星空の散歩道

国立天文台 副台長 渡部潤一 Junichi Watanabe国立天文台 副台長 渡部潤一 Junichi Watanabe

 Vol.100

火星にはいまでも水が?

この連載も、ついに100回を迎えた。宇宙に関する研究は日進月歩で、確かに話題には事欠かないとは言え、それにしてもまぁ、足かけ10年、よく続いたものだと思う。天文学・宇宙科学の最前線に立つ立場から、そういった最新の話題を紹介できるのは私自身も嬉しいのだが、この間に起こった天文現象も数多く、皆さんも観察を楽しまれたのではなかろうか、とも思う。夜空を見上げるきっかけになっているとすれば、また幸いである。これだけ続けられたのも、まさに読者の皆さんの支持があってこそで、その点では深く感謝を申し上げたい。今後、しばらくは続けるつもりだが、いつまで続くかは神のみぞ知るところだ。

さて、今回は火星の話題。火星には、これまで水や生命の探査を主眼に多くの探査機が送り込まれてきた。その結果、数十億年前の火星には、現在よりも厚い大気があって、表面を海が覆っていたことが明らかにされている。まず、表面のあちこちに、過去の一定期間、大量の水が流れた痕跡がある。川のような地形のあと、侵食されたV字谷、チャネルとよばれる蛇行した溝状地形や、堆積物が散見される。1997年のマーズ・パスファインダーは一時的な洪水の痕跡を発見した。その後継機であるマーズ・エクスプロレーション・ローバー(スピリットとオポチュニティ)は、2004年に着陸し、岩の表面に平行に刻まれた縞模様の層構造(堆積岩)、干上がるときに結晶化した直径数ミリメートルの丸い球状の石、そして堆積岩中に発見した硫酸塩鉱物などを発見した。特に硫酸塩は海の中の”にがり”に代表される、水中でしか生成されないもので、火星に長い間、海があったことが確実になった。

水は、まだ氷の形で火星にたくさんある。大気が薄くなっていく過程で、だいぶ宇宙へ逃げてしまったが、相当量が地下に永久凍土の形で貯まっているのだ。極地方に着陸した、フェニックス探査機は、その地下に氷があることを直接、掘り出すことで証明した。火星周回探査機も、極地方のクレータの底に氷が露出しているのを発見している。

火星探査機が捉えたマリネリス峡谷のクレーター内壁の変化。黒い筋模様が季節によって現れてくるのがわかる。(提供:NASA/JPL-Caltech/Univ. of Arizona)

こういった成果とほぼ同時に、とても興味深い発見もあった。火星を周回しながら上空から観測してきたアメリカの周回機グローバル・サーベイヤーが、少なくとも複数のクレーターの内壁の斜面に、細長い黒い筋状の地形が生まれたことを、数年を隔てた時期に撮影した写真の比較から発見したのだ。暖かくなった時期に地下の氷が溶け、地表へ噴出し、まわりの土砂を巻き込んで流れ落ちた痕跡では、と考えられた。さらに、規模は異なるが同じような筋模様でも、季節ごとに現れたり消えたりするものもあることが2010年になってわかってきた。これらは土石流にならないまでも、水が染み出し黒い色をつけているのでは、と考えられた。しかし、そう単純に信じられたわけではない。火星の大気はとても薄く、温度も低いので、水は固体としての氷か、気体としての水蒸気のどちらかになってしまい、液体の状態はありえないからだ。

火星のコプラテス・カズマの急斜面に見られる黒い筋模様。(提供:NASA/JPL-Caltech/Univ. of Arizona)

2015年になって、ひとつの発見が、その問題を解決した。4月、火星探査車キュリオシティの研究結果により、火星の地下には過塩素酸塩が豊富に存在することが明らかになったのだ。過塩素酸は水と親和性が良い、つまり溶け込みやすい。そして、これらが水に溶けていれば、凝固点が下がって、氷点下以下でも水は液体として存在できることになる。これは朗報であった。10月、さらに決定的な証拠が提示された。黒い筋の部分とそうでない部分の光を詳しく比べてみると、筋の部分には相当量の塩類が含まれていることがわかったのである。つまり、通常は凍っている過塩素酸などの塩類を含む氷が、暖かくなって液体となって染み出し、流れているということが証明されたのである。ただ、今回の筋は規模が小さく、地下が水源ではなく、大気中の水蒸気を表面の塩類が吸い付けたのでは、という説もある。

いずれにしろ、これまで現在の火星においても液体の水の存在が初めて証明された、と言う意味では極めて重要な成果なのである。ただ、きわめて劇物のような塩類を含むので、このような液体の水が生命へ繋がるかどうかは、まだまだ未知数である。