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ビジネスコラム

杉本昌隆氏ベストよりベターを選ぶ。それも棋士としての矜持(きょうじ)

2025年4月公開【全4回】

第2回 藤井聡太という才能との衝撃的な出会い

現在では八段にまで上り詰められた杉本棋士も、かつては多くの挫折やスランプを味わってこられたとのこと。それを跳ね返す原動力となったのが「将棋が好きという原点」という言葉には、ものづくりを愛するみなさんも大きく頷かれたのではないでしょうか。第2回も興味深いエピソードが盛りだくさんです。

──先を読むには「客観的に自分を捉えること」が必要とのこと。その理由をお聞かせいただけますか?

 将棋でいう「先を読む」とは、相手がどのような手を指してくるかを予測し、自分がどう対処したら良いかを考えることです。自分の理想の展開だけを読んでも、それは“勝手読み”といい、うまくいかないことがほとんどです。「自分がこの手を選んだら、相手はこう指してくるだろう」と予想することが将棋の読み。つまり、相手の気持ちを理解することなのです。そして将棋以外の世界でもそうかと思いますが、この“相手の気持ちを理解する”ことが非常に難しい。だからこそ、自分を俯瞰して、相手が自分をどう見ているか、どう映っているかを考えることが大切というわけです。たとえば将棋の研究では、ときに盤面を180度逆にして、相手側の立場から考えてみることがあります。すると、向かい合っていたときには分からなかった相手の気持ちが、ありありと見えてくる。これは企業でも同じなのではないでしょうか。相手の立場で客観的に自分を見ること、相手に自分がどう見えているかを俯瞰して見ること、それが、より良い組織づくりへの糸口になるはずです。

──組織においては、上司・部下、先輩・後輩という関係性があります。杉本棋士は30代前半という異例の若さで将棋の師匠になられましたが、当時はどのような心境だったのでしょうか?

 私の地元である愛知県の東海地区は、将棋への熱や人気が高い反面、なかなかプロを輩出できずにいました。トーナメントを主体とする棋士が私しかいない状況が続いていたあるとき、とある知人から「弟子になりたいお子さんがいるから、師匠になってみないか」と相談されまして。まだ30代ですし、自分の将棋を追求している最中です。当時の私には「師匠になるのは棋士として戦いの舞台を降りたあと」といった感覚が少なからずありましたので、正直、気乗りはしませんでした。上を目指している二十代、三十代の棋士がなるものではないという思いもありましたからね。あのころ、現役の棋士として弟子を取ったのは私が最年少だったと思います。

──将棋界の常識よりも年齢の近い師弟関係ということで、苦労されたことはありますか?

 初めて弟子を取ったときに考えたのは「厳格な師匠と弟子という関係性ではなく、先輩と後輩のような付き合い方をしよう」ということでした。将棋のことを気軽に相談できる兄貴分のような存在になれたらいいなと。そのように接していましたので、少なくとも私には苦労した記憶がありませんね。ただ「弟子の成績が気になって仕方ない」という気持ちは、師匠になってから初めて味わった感覚です。それまで他人の勝敗に関心を持ったことはなかったのですが、自分が守りたい、大切にしたい存在の成績にこんなにも一喜一憂するものかと、我ながら不思議な心境でした(笑)。

──そして師匠になられてから約10年後、まだ小学1年生の藤井聡太少年と出会いました。その第一印象を教えていただけますか?

 彼の発した一言で「この子は将来、間違いなく超一流の棋士になる」と確信しました。当時まだ7歳の藤井少年は、3つ4つ年上の対戦相手と将棋談義をしていたのですが、そこで彼は「この局面はここに歩を打たないと勝ちがない」と発言したのです。「この駒を打ちたかった」という表現ではなく「打たないと勝ちがない」と。かなり先を読み、後の展開を予測しなければこういう言い方はできません。「小学1年生の子にそんなことができるはずはない」と局面を見ると、本当にその通りになっている。まだまだ未完成でしたので指し手は荒かったものの、そのポテンシャルは非常に高いものがあり、棋士でも思いつかないような手がポンポンと出てくる。私もプロとして羽生善治九段など超一流の棋士を見てきましたけれど、この子の才能はまったく遜色ないのではないかと。天才というのは、本当にいるのだなと感じた瞬間ですね。

王位就位式で藤井七冠に花束を渡し師匠の顔をのぞかせる杉本棋士(2023年)。
提供:日本将棋連盟

──そうした非凡な才能を伸ばすために、師匠として心がけたことはありますか?

 優秀な弟子には手を加える必要がなく、逆に手を加えてはいけないのではないかと考えました。藤井少年のような子には、余計なアドバイスは不要だと。何かひとつヒントを与えるだけですぐに理解して実践できる子でしたので、答えを教える必要はまったくありませんでした。ただ、ひとつだけ意識したのは兄弟子たちとの関係性です。突出した才能をストレスなく伸ばすこと、それが師匠としての最大の役割と認識していました。

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