ビジネスコラム
杉本昌隆氏ベストよりベターを選ぶ。それも棋士としての矜持(きょうじ)
2025年4月公開【全4回】
第4回 AIとの上手な付き合い方・向き合い方

自ら頑張る姿を弟子に見せる。いつまでも自身の研鑽を怠らない。そんな杉本棋士の姿勢は、組織のリーダーに大きな刺激を与えてくれたのではないでしょうか。注目の最終回は、AIとの上手な付き合い方・向き合い方をはじめ、同世代のビジネスパーソンへの熱い応援のメッセージをいただきました。
──将棋の世界でもAIが当たり前のものになっています。あらためて、棋士はAIとどう付き合い、どう向き合っていくべきとお考えですか?
AIの普及によって、将棋の技術は飛躍的に進化しました。今の若い棋士はそれを上手に取り入れて、最先端の形で戦っています。一方で、人間の「経験」や「感覚」というものが、少々疎かにされているようにも感じます。自分の信念として持っていた常識や定跡が「いや、AIではこうです」と否定されてしまう。師匠としては、それに戸惑うこともあります。そうした時代にあらためて師匠としての役割を考えると、より「人として教えられるべきことを教える」ことなのかなと。AIは我々に「知識」を提供してくれます。しかし、その先にある「意識」は人にしか教えられないものです。AIによって得た知識を、どのような意識で将棋や生活、そして仕事に生かしていくのか。そのアドバイスをできるのが、師匠として、そして人生の先輩としての役割と感じています。
──その「意識」の部分で、杉本棋士は今後どのように将棋に取り組んでいきたいとお考えですか?
AIの発達により、将棋においても「これがベスト」という答えがわかりやすい形で示されるようになりました。しかしそれをわかった上で、あえて「ベスト」ではなく「ベター」を選ぶ──つまりAIが示す答えではなく、自分の中の最善を信じる棋士も少なくありません。それは、AIが示す最善と人が考える最善は別物だということを表しているのではないでしょうか。そこにこだわることが、棋士としての矜持なのではないかと。そして、多くの人々に、勝ち負けを超えた棋士の個性や感性を楽しんでいただく。それも、将棋人口や将棋ファンを拡大させるきっかけになるのではないかなと思っています。

──AIに苦手意識を持っている同世代にアドバイスを送るとすれば、どのようなメッセージになりますか?
年齢を重ねたからこそ、新しいものに挑戦するのもいいですよと、お伝えしたいですね。それによって若い人の気持ちを知ることができるかもしれませんし、思わぬ発見があるかもしれません。私もAIを含めて、今まで関心を持っていなかったことを、若い人から学びながら取り入れていきたいと考えています。いくらAIが進化しても、最後は人と人。これまでに培ってきた人と人とのつながりは変わらないはずです。AIだからと身構えることなく、ご自身の豊かな経験を織り交ぜながら上手に活用されてはいかがでしょうか。
──部下や後輩との付き合い方に悩んでいる人にも、アドバイスをお願いできますでしょうか。
まずは、自分自身が仕事を楽しむこと、そして、自分自身の生活を充実させることを大切にされるべきかと思います。前回もお話ししましたが、自分が一生懸命に働いている姿や楽しんでいる姿を若い人に見せることが、いちばんの教材になる気がします。
若い人たちから見た我々の世代は、数十年後の彼らの姿です。その先輩が充実していないようでは、彼らに夢を与えることもできません。ですから、いくつになっても仕事への情熱を失ってはいけないし、日々を楽しむ気持ちは忘れてはいけないと思います。そうした元気な姿を見せてあげれば、若い人も自然とついてきてくれるのではないでしょうか。

──この記事はものづくりに携わる方々にお読みいただくのですが、杉本棋士は「もの」に対するこだわりなどはありますか?
将棋の駒の「歩」は無くしやすいせいか、余分に用意されていることがほとんどです。ですから、私は盤面に並べた歩の木目が気に入らない場合は予備の駒と入れ替えることがあります。駒は天然の木で作られていますので、それぞれ木目が違いますからね。ただ、このこだわりは我々の世代までのようです。藤井七冠も私が入れ替えているのを見て、不思議そうな顔をしていましたから(笑)。ものづくりといえば、名古屋の大曽根に三菱電機の工場がありますよね。自宅から近いものですから、よく目にしています。本当に大きい工場ですよね。
──最後に、杉本棋士のこれからの目標をお聞かせください。
──インタビュー終了後の余談として「家電から宇宙まで幅広い事業分野の製品やシステムの開発・設計を手がける三菱電機を将棋の駒に例えると?」という質問に「そういった多様性のある駒というと、やはり飛車でしょうか」と答えてくださった杉本棋士。将棋の二大戦法のひとつ『振り飛車』の名手と称される棋士だけに、うれしい回答になりました。ビジネスや日常生活と同様に、AIの発達は将棋の戦い方も多様化させています。AIによる研究を重視する棋士がいる一方、自らの経験や感覚を信じる棋士も少なくないとのこと。その異なるアプローチによる激突も、現代の将棋をより魅力的にしているのかもしれません。
※この記事は2025年1月のインタビューより書き起こしたものです。
