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We are from Earth. アストロバイオロジーのすゝめ

東京工業大学 地球生命研究所 教授 関根 康人 Yasuhito Sekine東京工業大学 地球生命研究所 教授 関根 康人 Yasuhito Sekine

 Vol.10

ガリレオの名を持つ月たちの話

底冷えする真冬の夜の冷気が、開け放たれた窓から容赦なく石造りの建物内に入りこむ。窓際には男が自作した望遠鏡が置かれ、それが夜空にひときわ輝く星へと向けられている。白い息を吐きながら、彼は望遠鏡をのぞきつつ手元の紙に記録をとる。その手が細かく震えているのは、寒さのためだけではないだろう。

男の名はガリレオ・ガリレイ。1610年1月7日、イタリアの小都市パドヴァで、彼は木星を初めて望遠鏡で観察し、小さな光点たちが美しく一直線に並んでいるのをみた。木星の衛星たち、後に彼の名を冠した「ガリレオ衛星」が発見された瞬間である。

数日間の記録を整理すると、その小さな光点たちは、ある規則性をもって位置を変えていることがわかる。ガリレオは、この事実を最も説明するのは、小さな天体たちが木星の周りを周っていることだと考える。同時に、彼はこうも思う — そうであれば、地球も太陽を周る一つの天体なのではないか、と。

ガリレオ・ガリレイの肖像画。
ガリレオが初めて木星の衛星を見つけたときのメモ。下の方に木星と衛星たちのイラストが見える。

木星の衛星の発見は、地球が世界の中心であるとする天動説が、太陽を中心とする地動説へ変わる契機となった。地動説は単なる事実の発見に留まらず、中世までの宗教に立脚した自然観を、数式により森羅万象を説明し、実験や観察により検証する近代的な自然観へと変革した。

数式によって物の理(ことわり)を説明し、現象を予想できるというこの変革は、科学革命と呼ばれる。科学革命は、蒸気機関の発明など、あらゆる分野での科学技術の進展をもたらし、さらには18世紀の産業革命につながり、科学技術に立脚した現代文明が世界を覆うまでになった。数式さえ理解できれば、世界中の誰でもこの革命に参加できる普遍性があった。

その意味で、ガリレオが木星の衛星を発見したこの瞬間は、その後の人類の未来を決める記念すべき転機点であったともいえよう。

木星の衛星が再び人類に変革をもたらすとすれば、そこに生命が発見されることだろう。地球生命のみが特別ではないという認識は、地球中心の天動説と同様、僕らが現在もつ地球中心の生命観に根源的な変革を強いるに相違ない。

今後10年で、木星の衛星たちには複数の探査機が送られる。ガリレオが見た光の点に探査機が到達し、彼が見ることのできなかった世界を僕らに見せてくれるだろう。前回、前々回の「オーシャン・ワールド」第3弾として、今回はガリレオ衛星とその探査計画についてお話しする。

ガリレオ衛星たちの姿

ガリレオの発見した木星の衛星たちには、内側からイオ、エウロパ、ガニメデ、カリストという名がつけられている。まずは、これらの個性豊かな姿を紹介したい。

探査機ガリレオが撮影したガリレオ衛星の写真。左からイオ、エウロパ、ガニメデ、カリスト。(提供:NASA/JPL/DLR)

最も内側を周るイオはマグマの星である。イオ表面は岩石で覆われているもののその厚さは薄く、岩石の下の足元には煮えたぎるマグマの海が迫っている。地表の至る所からマグマがいそがしく噴出し、新しい火山が絶えずできあがっている。そのせいでイオの地形は数か月もたてば違うものへと変貌してしまう。太陽系で最も激しい地質活動が起きている。

エウロパは、太陽系で生命が最も期待できる天体の一つだといってよい。表面は氷で覆われているが、その下には広大な液体の海が広がる(参照:オーシャン・ワールド — 太陽系外側の多様な海の世界)。氷の表面は至る所でひび割れ、内部の海が宇宙空間に顔を出して凍り付いている。海水が宇宙に噴水のように噴き出している場所があるともいわれる。エウロパの海底は地球の深海とよく似ており、岩石で覆われている。海底には熱水噴出孔と呼ばれる温泉のような場所もあるだろうと推定されている。

ガニメデは、ガリレオ衛星の中でも最もミステリアスである。表面は氷で覆われているが、エウロパのようなひび割れは少なく、無数のクレーターで覆われている。地下にはエウロパと同じような海が存在するかもしれないが、詳細はわかっていない。はっきりしていることは、内部に海がある場合でも、高圧氷と呼ばれる特殊な氷が海底を覆い、上も下も氷で挟まれていることである。さらに、ガニメデには地球と同じような磁場がある。磁場があるということは、内部に高温の鉄が溶けたコアがあることを意味するが、なぜ氷の天体の内部に鉄が溶けるほどの高温が実現されるのか、よくわかっていない。

ガニメデ内部の想像図。濃い青色の領域が海で、水色の領域が氷、茶色の領域が岩石のマントル、黒色の領域が金属のコアを表す。いくつもの海が氷に挟まれている。(提供:NASA/JPL-Caltech)

一番外側のカリストは、最も静かな天体である。ガニメデと同じようにクレーターで覆われた氷の地表面を持ち、イオやエウロパのような地質活動は見られない。逆に言えば、太陽系ができたてのころ、木星やガリレオ衛星ができたころの状態を、よく保存している天体だといえる。

氷の月に熱を作るからくり

ガリレオ衛星は、なぜこのように個性豊かな姿なのだろう。

皆さんは、内側を周るイオほど地質活動が盛んであり、外側ほど静かな天体になっていくことに気が付かれただろう。

そう。この謎を解くヒントは、木星と衛星間の距離にある。

木星に最も近い位置を周るイオでは、巨大な木星の重力の影響をもろに受ける。木星を向いた側のイオの表面は、木星の重力でそちら側に強く引っ張られる。大袈裟に言えばラグビーボールのようにイオ全体の形がゆがむ。このように木星を周るあいだで、絶えず天体の形が変形することで、イオの内部に摩擦熱が生じる。これがイオでマグマを生み出す熱源となっている。

この加熱は、木星から遠ざかるほど急激に弱まる。木星の重力は、木星から遠く離れるに従い弱くなるからである。岩石も溶かすほどの加熱を受けるイオ、氷を溶かすほどよい加熱を受けるエウロパ、カリストでは木星による加熱はなく、ガリレオ衛星誕生時の情報が留められている。

このような加熱は、木星に限らず、巨大ガス惑星を周る衛星には普遍的に起きうる。エウロパのように、巨大ガス惑星からほどよい距離に衛星が誕生すれば、その天体には氷を溶かす程度の熱が与えられ、太陽からの距離に無関係に内部に液体の海が出現する。エウロパのような地下海を持つ氷天体は、太陽系外にも無数に存在すると予想される。

ジュースとエウロパ・クリッパー

これらガリレオ衛星の国際大型探査が、2020年代から2030年代初頭にかけて行われる。

一つはエウロパを集中的に調べるNASAによるエウロパ・クリッパー、もう一つはエウロパやカリストに訪れ、最終的に謎多きガニメデを周る人工衛星となる欧州宇宙機関(ESA)のJUICE(ジュース)である。後者のジュースでは、日本がジュニア・パートナーとなり、日本が開発に携わる装置が複数搭載される。これらがガニメデの多くの謎を解くと期待される。

「ガニメデの地下にもし海があれば、地球の潮の満ち引きと同じ原理でガニメデの海にも海流が生まれます。」

こう語るのは、JAXA宇宙科学研究所・准教授の塩谷(えんや)圭吾さんである。塩谷さんは、ジュースに搭載するGALAというレーザー高度計の科学チームのリーダー、プロジェクトマネージャーという役割を担う。地表面の高さを精密に測定することでガニメデに海があるかという謎に決定打を打とうとしているのだ。

「地上からガニメデの海流は見えませんが、この海流の動きによってほんの少しだけ地上の氷が上下します。このわずかな変化をとらえる装置を我々が作っています。」

JAXA宇宙科学研究所・准教授の塩谷圭吾さん。(提供:塩谷圭吾)

僕が塩谷さんと初めて会ったとき、彼は宇宙望遠鏡に搭載する装置を開発するチームにいた。太陽系外惑星を観測するための宇宙望遠鏡と、ジュースに搭載される高度計では、内容が大きく違うように思うが、塩谷さんは「宇宙における生命に迫る」という大目標は共通しているという。

GALAは国際共同開発機器であり、ドイツなどと共同で開発を進めている。新型コロナ蔓延前には、ドイツと日本を往復する日々だったというが、コロナ以降はそれも難しい。予定変更もあるが、影響を最小限にしてスケジュールを遅らせないように必死だったという。

探査機ジュースに搭載される日本が開発したGALAのハードウェア。国内での試験・審査を終え、2020年7月にドイツに送られた。(提供:塩谷圭吾)

The fool on the hill

「サブミリ波分光計SWIを使えば、エウロパやガニメデの地下から海水が噴出していた場合、海水にどのような成分が含まれているのかわかります。」

こう言うのは、情報通信研究機構・教授の笠井康子さんである。SWIもGALAと同様、日本がドイツやスウェーデンと共同で開発する機器であり、笠井さんは日本側のSWIの科学チームをまとめるリーダーを務める。

「日本が担当しているのはSWIのアンテナ、微弱な光を集める重要な部分です。とにかく軽く、頑丈にしなくてはいけません。宇宙に打ち上げた後に修理できないので、テストにテストを重ねました。」

SWIは、宇宙空間に放出されガス化した海水から発せられる微弱な光をとらえ、海の環境や生命の可能性を探る装置である。エウロパやガニメデにいるかもしれない生命の兆候を見つける装置が、実は日本で作られていることに皆さんは驚かれただろうか。

情報通信研究機構(NICT)・教授の笠井康子さん。(提供:笠井康子)

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僕の好きなビートルズの曲の一つに『The fool on the hill(丘の上の愚者)』がある。歌詞のなかには、“彼だけはこの世界が周っていることが見えていた”とある。

僕はずっとこの歌はガリレオのことを歌っているのだと思いこんでいたが、作詞したポール・マッカートニーはそうは言っていないらしい。まあ、今となってはどちらでもよいだろう。

宇宙の生命を夢想する科学者は、現代の丘の上の愚者かもしれない。

ガリレオも、木星の衛星を見つけたことが、後に産業革命を生み、現代文明に行きつくとは当時考えてもみなかったであろう。

宇宙に生命が見つかれば、地球生命だけが特別な存在ではないと誰もが実感するだろう。しかし、それがその先の人類の未来にどんな影響を及ぼすのか、あるいは及ぼさないのか、本当の価値がどこにあるのか、今は誰にもわからない。100年くらい経たなければ、太陽系探査の本当の価値はわからないのかもしれない。

ジュースの打ち上げ予定は2022年、いよいよ来年に迫っている。

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