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We are from Earth. アストロバイオロジーのすゝめ

東京科学大学 地球生命研究所 教授 関根 康人 Yasuhito Sekine東京科学大学 地球生命研究所 教授 関根 康人 Yasuhito Sekine

 Vol.58

パーサヴィアランス、“生命の痕跡”を発見、か

2025年9月11日、火星に降り立った探査車パーサヴィアランスから、大きなニュースが届けられた。

“生命の痕跡”の可能性が高い証拠を、火星で見つけたというのである。それは、ノジュールという泥の中の1ミリメートル程度の小さな鉱物の塊であるという。

僕の感想を先に述べるならば、この発見は、火星探査50年の歴史において、最も生命に迫った重大な成果だということになる。地球で同じものが1億年前の地層から出てくれば、地球科学者は、それは生命が作ったものだとまず想定するであろう。僕も、この発見を見たときに鳥肌が立ち、ついで、わけもなく笑いがこみあげてきてしまった。

このコラムは、パーサヴィアランスが2020年に地球を旅立つときから、この火星探査車の運命をずっと追ってきた(参照:第3回コラム「火星探査の新時代の幕開け—「忍耐」という名の探査車」)。パーサヴィアランスは、約38億年前に巨大な湖で覆われていたジェゼロ・クレーターと呼ばれる衝突クレーターの内部に着陸した。生命の痕跡かもしれないというノジュールは、かつて湖の底だったこのクレーターの底の泥の中に含まれていた。

では、いったいパーサヴィアランスの見つけたノジュールとは何であろう。いったいノジュールの何が“生命の証拠”の可能性を示すのであろう。今回は、それを語りたい。

ヒョウ柄模様の泥

探査車パーサヴィアランスが撮影した、赤茶けた泥の地層のなかにある無数のノジュール。明るい岩石の層に挟まれた赤茶色の地層の内部をよく見ると、直径1ミリメートルにも満たない小さな球状の塊(ノジュール)がヒョウ柄模様のように数多く見える。(画像提供:NASA/JPL-Caltech/MSSS)

ノジュールとは、地層中にまるで埋め込まれたような小さな球状の塊である。周辺の泥や砂を構成する鉱物のサイズより明らかに大きい。たとえば、泥をなす鉱物粒子は通常100マイクロメートル(髪の毛の直径)よりも小さく、数10マイクロメートルほどである。一方、ノジュールは1ミリメートル程度、眼に見える大きさである。このノジュールが数10個も泥の岩石のなかに埋まっていた場所を、パーサヴィアランスは発見した。まるで、ヒョウ柄模様のようにも見える。泥の岩石のなかにいくつものノジュールが顔を出しているのである。これを見過ごさずに発見した、探査チームの観察眼には感服する。

では、ノジュールはどうできたのか。まず、この場所はかつての湖の小さな入り江のような場所であった。そこでは河川によって運ばれてきた泥が静々と堆積していた。球状のノジュールは、泥が堆積した後、まだ水も抜けきらないフレッシュな状態(泥水や泥団子のような堆積物の状態)のうちに、泥の鉱物の隙間を埋める水に溶けていたミネラルが析出して作られた。まだ柔らかい水を含む泥のなかで、ノジュールの球がゆっくりと形作られていくのである。

ここで皆さんは疑問に思うかもしれない。なぜ湖の水からノジュールが勝手に析出するのか、泥のなかでノジュールが析出するのであれば、湖の至るところで同様の析出が起きていてよいのではないかと。

そう。ノジュールができるためには、湖の水だけでなく、ノジュールができるその場で、“何らかの特別な化学反応”が起きている必要がある。その化学反応でできた生成物と湖水のミネラルが結びついて、ノジュールが泥のなかで作られる。

パーサヴィアランスがノジュールを見つけたかつての湖の入り江のような場所。(提供:NASA)

何らかの特別な化学反応

パーサヴィアランスには、たくさんの搭載機器が積まれている。岩石試料の化学組成を測るもの、有機物を測るもの、顕微鏡のような地層観察用のカメラもある。パーサヴィアランスは、ノジュールとその周辺の泥の岩石を調べ、ノジュールを作った“何らかの特別な化学反応”の正体が何であるかを明らかにした。

その“何らかの化学反応”のヒントは、この1ミリメートルほどのノジュールが何でできているのかにある。ノジュールを作っていたのは、硫黄と鉄とリンからなる鉱物であった。

特筆すべきは、硫黄と鉄が還元的であったことである。酸化的な環境では、硫黄は硫酸になり、鉄は酸化鉄(三価の鉄)になる。酸化的な火星表層では、実は、硫酸塩も酸化鉄も至るところに存在する。火星が赤いのは、酸化鉄—鉄さびの色だといっていい。実際、ノジュールを取り巻く周囲の泥のなかにも、酸化鉄や硫酸は多く含まれている。

しかし、このノジュールは違った。ノジュールには、酸化した硫酸や鉄ではなく、還元された硫黄や鉄(二価の鉄)が存在していた。これは火星上では非常に珍しい。つまり、ノジュールで起きていた“何らかの特別な化学反応”とは、酸化的な硫酸や鉄が還元される「還元反応」であった。ノジュールの周りの泥は酸化的だが、ノジュールができたその場は数ミリメートルのスケールでローカルに還元的であった。酸化的から還元的への急激なジャンプが、このわずか数ミリメートルの泥とノジュールのあいだで起きていたのである。

さらにノジュールには多量のリンが含まれていた。その正体は、リン酸塩(リン酸鉄)という鉱物であった。そう、リン酸とは、僕ら地球生命にとって必須の分子で、DNAやRNA、細胞膜、さらにエネルギーの通貨と呼ばれるATP(アデノシン三リン酸)を構成する。火星でリン酸が濃集したリン酸塩の塊は、これまで見つかっていない。ノジュールを作った還元的な水は、「還元反応」を起こすだけでなく、リン酸も豊富に溶けて濃集していたのである。

さらにさらにこのノジュールの面白さは、ノジュールの周辺に有機物も集まっていることであった。有機物とは、生命を形作る材料でもある。生命の遺骸も地層に残れば有機物となる。この有機物が、ノジュールの周辺にのみ、濃集していたのである。

2021年9月に撮影された、ジェゼロ・クレーターに着陸したパーサヴィアランス。(画像提供:NASA/JPL-Caltech)

何が硫黄を還元したのか

さて、ここまでを整理しよう。パーサヴィアランスが調べている場所は、かつて湖の底であった。川から泥の鉱物粒子が運ばれて、湖に沈殿するまさにその場に、極めて珍しいことに「還元反応」が起きている場所がごくローカルにあった。その泥水のなかではローカルに硫酸や鉄が還元され、リン酸や有機物も高濃度で共存していた。

さて、次の問題は、この「還元反応」を起こしていた正体は何かということである。硫酸を還元する硫酸還元反応が進むためには、高温の熱水環境を必要とする。具体的には、100℃を超える環境でないと、この反応は進まない。化学反応には活性化エネルギーという反応が起きるための障壁があり、硫酸還元反応については、高温でない限りこの障壁を超えて反応が進行することはない。しかし、ノジュールだけでなく、周囲の泥をなす鉱物をいくら調べても高温性のものはない。つまり、この場が高温の熱水環境であった証拠はない。

地球上では、還元的な環境において、低温で硫酸を還元するほぼ唯一のプロセスがある。それは生命である。正確には生命による代謝である。生命は酵素という触媒を持つ。この酵素が、活性化エネルギーの反応障壁を下げて、低温でも硫酸還元反応が進行できるようにするのである。

地球の硫酸還元菌(Desulfovibrio vulgaris)の顕微鏡写真。真ん中右の黒いスケールバーが0.5マイクロメートル。

具体的には、硫酸還元菌という原始的な微生物は、環境中の硫酸を還元的な場で還元し、硫化水素を作ることでエネルギーを得る。つまり、硫酸を使って呼吸(代謝)している。硫酸還元菌はドブや沼のそこの酸素のない還元的な水環境にいる。ドブのいやな臭いは、この硫酸還元菌が還元的な水中で、懸命に硫酸を還元して硫化水素にすることによる。環境中では、硫化水素は鉄イオンと結びつき、硫化鉄という鉱物をすぐに作る。この硫化鉄がノジュールに見つかっている鉄と硫黄の正体である。

未来の生命探査

おそらく、このノジュールが生まれた場には、還元的でアルカリ性の地下水が緩やかに地中から湧昇していたのであろう。湧き水のような場を想像されたい。地下水には、還元的な水素やリン酸も含まれる。これが表層付近に湧き出る。一方で表層付近では、酸化的で酸性の表層水が湖として横たわっている。その湖水には硫酸が溶け、鉄も溶けている。

この表層水と地下からの湧水が出会う。すると、リン酸はリン酸塩(リン酸鉄)いう鉱物になる。還元的な場で、硫酸還元菌に似た代謝をもつ生命が硫酸を還元する。還元された硫黄は鉄と結びつき、硫化鉄となりリン酸塩と共に球状のノジュールとなる。

生命はこの場に十中八九いたのではないか—僕にはそう思われる。そう思わせるに足る、重大な発見をパーサヴィアランスはした。ここまでそろった生命の状況証拠が、火星はおろか、地球以外で得られた例はない。

しかし、もちろん、これで火星生命がいたと決着がついたわけではない。十中八九だとしても、残りの十のうちの一、二を埋めて、これが生命かどうかさらに迫るべきであろう。

次なるターゲットは、ノジュール周辺の有機物である。パーサヴィアランスは、有機物があるということは確かめたが、それがどういった分子であるかを調べることはできていない。

生命と無関係の化学反応でできた有機物には、通常、大きな選択性をもたない。つまり、数多くの種類の、いわば雑多な有機物ができる。一方で、生命は生体機能を果たすため、有機物を作るコストを抑えるため、いくつかの限られた有機分子を選択して作る。地球生命でいえば、20種類のアミノ酸、4種類の塩基を使い、これらを自ら作り出している。生化学反応でなければ、もっと多くの種類のアミノ酸や塩基が雑多に生成される。

未来の火星探査では、探査車あるいはドローンが、今回発見されたノジュール付近をドリリングする。粉末のノジュールサンプルは回収され、分析装置のなかで水や有機溶媒がかけられて、ノジュールに含まれていた有機物が溶液中に抽出される。その溶液が分析され、どのような有機分子がどのくらいあるのか調べられる。そういった有機分析に特化した将来探査が求められる。あるいは、サンプルリターンをして地球上でその分析を行ってもよい。抽出した有機分子に特異な選択性が見つかれば、生命の決定打となるだろう。

あるいは、その結果、有機分子に選択性がなかったとしても、それはそれで、実は大きな意味をもつ。というのも、このノジュールができるような場では、生命なしでも還元反応が低温ながらも進み、エネルギーが生まれ、有機分子も生まれていた、生命の力を借りなくてもそれが起きていたのは確かである。これは、まさに生命誕生前夜の状態ともいえる。そこではどのように有機分子がうまれ、エネルギーを得て、複雑なネットワークになってきたのかを理解することができる。その意義は、生命の起源の解明にとって極めて大きい。

パーサヴィアランスとは「忍耐」という意味である。着陸以来、様々なことがあった。最大のことは、アメリカ宇宙科学の予算減、そして火星サンプルリターン計画の頓挫という困難である。ミッションの継続も危ぶまれた。パーサヴィアランスはそのような困難に直面しつつも、まさにその名にふさわしい活躍をして、今科学の歴史に名を刻んだ。

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