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We are from Earth. アストロバイオロジーのすゝめ

東京科学大学 地球生命研究所 教授 関根 康人 Yasuhito Sekine東京科学大学 地球生命研究所 教授 関根 康人 Yasuhito Sekine

 Vol.63

宇宙飛行士の資質とアントレプレナーシップ

宇宙飛行士に憧れた人は、どれくらいいるだろうか。

無重力で体が浮く感覚はどんなものだろう。宇宙に浮かぶ美しい地球を眺めてみたい。

そういった夢を一度は思い描いた人も、少なくないだろう。

国際宇宙ステーションでは、宇宙飛行士が無重力遊泳し、眼下に地球を眺めている。多くの方が描く宇宙飛行士のイメージは、まさに国際宇宙ステーションでの姿かもしれない。

しかし、そのような宇宙飛行士のイメージも、今後変わっていくのではないか。

月や火星に降り立ち、未知なる大地を踏破する姿が、これからの宇宙飛行士のイメージになるかもしれない。2026年2月に修正された「アルテミス計画」では、遅れはあるものの、2028年に月面着陸を行うことになっている。その次の着陸機会では、日本人も月面に降りたつ予定である。

あるいは、国際宇宙ステーションに代わる、民間の宇宙ステーションで化学実験や生物実験をしている民間人が、将来の宇宙飛行士のイメージになるだろうか。実際、現在の国際宇宙ステーションは、2030年末を目途に運用を停止し、2031年には地球に落下して消滅する。新たな民間企業による宇宙ステーションが2020年代後半から作られ、そこでは無重力を利用した材料や創薬の開発が行われていく。同時に、民間宇宙ステーションには宇宙観光に訪れる人も出るだろう。

アクシオム・スペースが構想する商用宇宙ステーション。(提供:Axiom Space CC BY-SA 4.0

SpaceX社の超大型ロケット・スターシップは、一度に100人を宇宙空間に輸送する能力を持つ。もはや宇宙飛行士は、特別な人だけがなれる存在ではなくなるに違いない。宇宙体験は、誰でも望めば得ることができるようになるかもしれない。

国際宇宙ステーション時代、宇宙飛行士に求められる最重要資質とは、高い人間性とチームワーク能力であった。果たして、国際宇宙ステーション時代から、月・火星探査時代に移行するにあたり、宇宙飛行士に求められる資質はどう変わっていくのだろうか。

あるいはさらに将来、多くの一般の人たちが月や火星に行く未来が来たとして、どのような資質をもった人たちがそこに行くことになるのだろう。そういった資質の人たちが火星上で集まったとき、どんな文化が生まれるのだろうか。

宇宙飛行士の資質

やや話が変わる。筑波大学の松崎一葉さんのことである。彼は医師であり、働く人たちのメンタルヘルスだけでなく、JAXAの宇宙飛行士選抜やその後のメンタル管理にも大きな功績を残された。過日、彼と話をする機会があり、宇宙飛行士選抜試験で、その資質を調べるおもしろい質問を教えてもらった。

それは、あなたは桃太郎と浦島太郎、どちらの話に深く共感しますか、というものである。実際にこの質問は、JAXAの宇宙飛行士選抜試験で出題されたらしい。

桃太郎は論理的である。サル、犬、キジという個別能力をもつ仲間に報酬を与えて、鬼ヶ島の鬼に打ち勝つべく準備を整える。着実にリスクを回避し、理論明晰に物事を進める。その結果として、みごと鬼を打ちのめして、財宝を手に入れて村に持ち帰る。

一方で、浦島太郎は直感的である。助けた亀に連れられて、海底にある竜宮城に乙姫様に会いに行く。帰れないリスクは考えず、感情だけで突き進んでいく。結果、開けてはいけないと言われた玉手箱を、一時の感情に支配されて開けてしまい老人になってしまう。

みなさんなら、どちらに共感するだろうか。あるいは、宇宙飛行士として選抜するとしたら、みなさんはどちらを選ぶだろうか。

(提供:NASA/Tracy Caldwell Dyson)

リスクに対する鈍感さ

松崎さんによれば、精神医学的に、宇宙飛行士により適正のあるのは浦島太郎に共感する人らしい。桃太郎タイプから、宇宙飛行士が選ばれたことはないという。

宇宙飛行士といえば、論理的な明晰な判断でリスクを回避する、桃太郎のような資質が求められるのかと思いきや、どうやら逆らしい。

実は、宇宙飛行士に必要なのは、「リスクに対する鈍感さ」だという。それがため、直感や感情に従って挑戦的なこと、新奇性の高いことができるのだという。

確かに、月や火星では、すべてが論理で組み上げた通りに物事が進むわけではない。たとえば、何かのハプニングで、火星に一人で取り残されてしまったとする。火星と地球は2年に一度しか往復の機会がなく、2年間一人で火星で生活しなければならない。あるいは、小さな帰還カプセルに閉じ込められて、宇宙を漂うことになったとしたら。

浦島太郎であれば、そのような状況にも楽しみを見つけて生きていくだろう。極端な話、壁のシミを数えてもそこに楽しみを見いだせるかもしれない。しかし、桃太郎はそのような状況に置かれたら、パニックに陥ってしまうかもしれない。あるいは桃太郎であれば、リスクを考えて、そもそも宇宙になど行かないに違いない。

国際宇宙ステーションから月や火星の探査へ、宇宙飛行士に求められる資質が変わるとすれば、この「リスクに対する鈍感さ」がより強く求められるようになるのではないだろうか。

この「リスクに対する鈍感さ」や、それに付随した「新奇性を追求する気質」は、特定の遺伝子の有無を調べることで、それが元々多く備わっているかどうか知ることができるらしい。

おもしろいのは、鈍感さや新奇性を好む資質を持つ人の割合が、人類がアフリカ大陸を出て、ユーラシア大陸を渡り、最終的に南米に到達する足跡に従い、増加する傾向にあることである。つまり、新天地に飛び出した人類の集団には浦島太郎タイプが多く、それが繰り返されることで、自然に現在の地球に散らばる人類において、その資質の濃淡が刻印されているようである。

月や火星は、明確に、出アフリカ以降の人類の世界への拡散の延長上にあるといっていい。

(提供:NASA)

特許と新規ビジネスが示す国民性

このリスクに対する鈍感さ、新奇性を追求する気質は、先天的な要因だけでなく、多分に教育や環境によっても変化する。

おもしろいデータがある。MIT REAPのグズマン氏が、各国で出願された人口当たりの特許数と、各国で生まれた人口当たりの新規ビジネス・企業数を比較した。すると、結果は3つのグループにわかれる。

1つは、人口当たりの特許数は極めて多いものの、新規ビジネス数が極端に少ない国々である。この傾向が断トツに強い国は日本である。次いで、韓国がある。

もう1つは、真逆の傾向、つまり特許は極めて少ないものの、新規立ち上げビジネス数が突出している国々である。これの極端な例はオーストラリアである。次いで、チリ、ブラジルなどがある。

最後は、両者の中間でバランスのとれた国々である。特許数も新規ビジネスもどちらもそれなりの数ある。ヨーロッパや北米の国々はここになる。

日本は、世界的に見ても異常なほど、特許と新規ビジネスが結びついていない。特許は盛んに出ているが、新規事業や新企業が立ち上がらない。韓国も似ている。

それはなぜか。簡単にいえば、日本の大学や企業には、リスクに過度に鋭敏で、新奇性が抑えられている「極端な桃太郎タイプ」を生み出す風土があるのではないか。逆に、オーストラリアや南米は、遺伝子的にも、新奇性を好む浦島太郎タイプがもともと多い地域である。

日本の大学に関していえば、儒教的な師弟関係があるかもしれないと僕は思っている。つまり、指導教員は学生に学位を取らせる責任があると、儒教における親のごとく重く受け止める。結果として、リスクを回避し、挑戦的ではなく漸進的で着実な研究テーマを与える。特許はあくまで学位の延長に生まれるものであり、最初から起業や新規ビジネスを目指していないため汎用性がない。企業に関していえば、リスクを恐れるあまり、特許は単に守りのための特許となる。

儒教の精神は素晴らしいものであり、それを否定する気はない。一方で、極端すぎる桃太郎タイプの社会は自由闊達さを失う原因ともなる。漸進的で着実な進め方だけでは、高等教育や企業経営はもはやAIに取って代わられるだろう。

宇宙飛行士=アントレプレナーシップ

SpaceXのスターシップに象徴されるように、多くの一般人が宇宙に行くことになれば、民間の宇宙飛行士を含めたトレーニングや教育も必要になるだろう。当然、それには「リスクに対する鈍感さ」のトレーニングも含まれる。しかし、その準備はほとんど整っていない。

リスクへの鈍感さは、オリンピックに出場するようなトップアスリートにも求められる。競技当日に向けて、どこかでトラブルが起きることは常である。そういったトラブルを柔軟に受け入れられるようになるのである。

近年、大学ではアントレプレナーシップ(起業家精神)教育とよく言われるようになった。額面通りに受け取れば、大学でも起業家を育てようということになるが、僕が思う本質はそうではない。起業家に必要な精神は、まさに宇宙飛行士と同じである。日本の高等教育自体も、より変革的で挑戦的、リスクを許容するものへとシフトする必要があるのかもしれない。いわば、社会全体で、もっと浦島太郎を生み出すことに力を注ぐということである。

さて、火星に行った人々が作る文化とはどんなものになるか。地球上でもっともアントレプレナーシップに富んだオーストラリアが参考になるのでないか。オーストラリアは、多文化・多人種主義、自由教育を標榜し、資源発掘や観光業、教育業が盛んである。火星の人々が生業を立てるとすれば、やはり資源や観光になるだろう。思えば、オーストラリアの赤茶けた大地は、まるで火星のそれのようではないか。

オーストラリア、ストレゼレッキ砂漠の様子。草木がなくなれば、火星の情景に瓜二つ。(提供:Mike Letnic CC BY-SA 4.0
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