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We are from Earth. アストロバイオロジーのすゝめ

東京科学大学 地球生命研究所 教授 関根 康人 Yasuhito Sekine東京科学大学 地球生命研究所 教授 関根 康人 Yasuhito Sekine

 Vol.64

なぜ人類は月を目指すのか

アルテミスIIで、人類は再び月周回を果たした。

想像していたより、多くのメディアがこのニュースを報道していて、僕は正直驚いた。月面到達前の、月周回の段階でも人々の関心は高まっているようである。

しかし、僕がもっと驚いたのは、アルテミスIIで撮影された、月そのものの鮮やかな美しさであった。

アルテミスIIでは、宇宙飛行士を乗せた宇宙船オリオンは、地球の反対側、つまり月の裏側を大きく回って地球に帰ってくる。オリオンが地球の反対側を通過する際、オリオンは太陽に照らされた月の影に入った。つまり、日食を宇宙空間で見ることができたのである。

宇宙船オリオンから撮影された日食。月の向こうに太陽が隠れている。右下の3つ並んだ星の真ん中は、実は火星。(提供:NASA)

眼前には地球からみるより遥かに巨大な月があり、それが太陽を覆い隠している。太陽は完全な球体として輝いてるのではなく、コロナと呼ばれるプラズマの炎を、その表面からダイナミックに噴き出している。その噴き出す炎を巨大な月でも隠し切ることができず、ぼんやりと月から漏れ出す淡い光となっている。

なぜ人類は再び月を目指すのか。

月の資源や宇宙産業、あるいは火星へのテストフィールドとして、地上で飽和したインフラの月面への移植などといわれることもある。

しかし、アルテミスIIの画像を見て思った。なぜ人類は月を目指すのか。

それは、月が美しいからにちがいない。美しいところに、人は行ってみたいのだ。

日本人と月

美しい月といえば、夏目漱石のあまりにも有名な逸話が思い出される。

『I love you』の日本語訳として学生が『あなたを愛しています』と訳した。漱石はこう返したといわれる—「日本人はそんなこといわない。『今夜は月が綺麗ですね』とでも訳しておきなさい」

『今夜は月が綺麗ですね』という架空のセリフであるが、これが会話としてなされるとすれば、どういう状況であろうか。きっと、夜道を男女が二人で歩きながらの会話に違いない。そういった情景さえ思い浮かぶ、美しい翻訳である。しかし、この夜道に昇っている月とは、どんな月なのだろうか。

満月も確かに美しいが、あまりに完璧すぎるのではなかろうか。

『この世をば 我が世とぞ思ふ 望月の 欠けたることも なしと思へば』とは、権勢を極めた藤原道長が誇った歌であるが、『I love you』の訳として満月はどうであろう。

僕は、欠けた三日月の綺麗さこそ、『I love you』の訳としてふさわしいのではと思う。すっとスマートであり、尖った部分もあるが、優しい曲線もある。月を目の前の「あなた」に例えるのであれば、その方がふさわしいように思う。

利休や織部の茶道、あるいは長谷川等伯の水墨画のように、完全で調和した姿ではなく、そこからなお欠けたところに美しさを見出してきた種族の末裔が、僕らであろう。

宇宙船オリオンから月を眺める宇宙飛行士。(提供:NASA)

地球照と月明かり

さて、その三日月である。三日月の欠けた部分も、実は、目を凝らすと薄ぼんやりとその真ん丸な月の輪郭を結ぶことができる。このことにお気づきの方は、どのくらいいるだろう。

三日月の影の部分は、太陽の光が当たらないので真っ暗であると教えられるし、僕らはそう思い込んでいる。しかし、まっさらな目で自然を見ると、実はそうでもない。

月は太陽と違って、自ら人間の目で見える光を発しない。また、月には大気がないので、月の昼面に当たった太陽光が大気を散乱して夜の面をほのかに照らすということもない。

ぼんやりとした月の輪郭は、どうして夜空に浮かび上がってみえるのか。

実は、これは「地球照」という現象である。

太陽から照らされた地球は、その光の一部を宇宙空間に反射する。白い雲などが太陽光をそのまま宇宙空間に投げ返す。

三日月の暗い部分を照らす地球からの光(地球照)。(提供:Sch / Wikimedia Commons, CC BY-SA 3.0

その地球から投げ出された反射光の一部が、月の夜面に当たる。そのため、本来なら漆黒の月面がほんのりと夜空に明るく見えるのである。

地球にも「月明り」というものがある。現代文明前の地球でも、夜は完全な闇ではなく、月明かりがあった。宇宙から地球を見れば、夜面といえども、ほのかに月に照らされている。

地球と月は、その近さ故、45億年前に形成して以来、たがいをほのかに照らし合っているのである。現在、都市に近いところに棲めば、道はたいてい文明の象徴である電灯で照らされている。悠久の時を超えてほのかに地球を照らしてくれている傍らの月のことを、都市に住む人々は忘れかけている。

月に接近した宇宙船オリオンが撮影した月面。(提供:NASA)

地球から照らされた月

さて、冒頭のアルテミスIIの日食に戻る。

宇宙船オリオンから撮影された、日食の写真をもう一度よく見ていただきたい。

太陽に照らされていない夜面の月ではあるが、月の左側がほのかに明るくなっていることにお気づきだろうか。

このほのかな明かりが「地球照」である。地球は写真に対して左前方に位置し、月の左側をほのかに照らしているのである。

宇宙船オリオンから撮影された日食中の月。(提供:NASA)

地球から月を見る限り、月は常に地球からの反射光で照らされている。言い換えれば、地球にいる限り、地球照を受けていない月面をみることはできない。

宇宙船オリオンは地球から飛び出し、月の裏側を通過した。そのときに地球照を受けている夜面と、地球からは照らされない夜面を同時に見ることができた。

僕は、このことに感動した。月には確かに、傍らにいる地球からの光も届いているのである。月を照らしたこの地球照の無数のフォトン(光子)には、太陽の反射光がほとんどであろうが、中には人類がその文明によって発した光も含まれるかもしれない。皆さんが発した光も、場合によっては、そこに含まれるのかもしれず、月を照らしているのかもしれない。

ふだん気が付かないかもしれないが、いつも互いに照らし合っている存在である地球と月。

皆さんにとっての月や地球は、いったいどなただろうか。宇宙船オリオンの写真から、皆さんがそういった人のことを思い起こしてくれればすばらしいだろう。夏目漱石の『今夜も月が綺麗ですね』の二人もまた、そういう存在なのだろうか。

火星の月とMMX

今回のコラムは、話題が月相のように変わる。JAXAによるMMX(火星衛星探査計画)のことである。

地球の月ではなく、火星の月に旅立つべく、MMXの探査機が、三菱電機の鎌倉製作所を出発し、今月(2026年4月)初めに種子島宇宙センターに搬入された。

種子島に上陸したMMXの探査機を搭載したトラック。(提供:JAXA)

2026年度の打ち上げを目指し、いよいよ打ち上げ場に入り、最後の試験を迎える。

MMXの科学目標、すなわち「火星衛星の起源」を解明する意味については、前のコラムで述べた(参照:第47回コラム「火星の月はどう生まれたのか」)。

そういったある種、専門的な目標だけではなく、僕はもっと単純なことも期待したい。つまり、火星の月にも「火星照」はあるはずで、火星と衛星の照らし照らされ合う関係も、MMXがそのカメラで撮影出来たらよいなということである。

なぜ人類が月を目指すのかといえば、それはひょっとしたら、単純に月が美しいからかもしれず、そうであれば、きっと火星の月も、その美しい姿と火星との秘密の関係を、僕らにそっと垣間みせてくれるに相違ない。

※今回のコラムは、アルテミスIIやMMXだけでなく、漫画家・泥水真水さんの作品『欠けた月をなぞって』(少年ジャンプ+)に大きくインスパイアされました。

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