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ライター 林 公代 Kimiyo Hayashiライター 林 公代 Kimiyo Hayashi

「8Gは楽」—油井飛行士の本当の凄さと
宇宙滞在の見どころは?

2015年も宇宙の話題がいっぱい。5月には、油井亀美也宇宙飛行士が国際宇宙ステーション(ISS)に飛び立つ。会見で驚いたのは、宇宙飛行士の誰もが苦労する重力加速機訓練(長い腕の先に乗り高速で回される)について、「楽でした」とあっさり答えたこと。

油井さんは自衛隊出身でF15戦闘機を操縦、テストパイロットを務めた。「F15戦闘機だと、頭から足に血が抜ける方向に9Gまでかかりますが、ロシアでの訓練は8Gまで。しかも胸から背中に押す方向にかかるので耐えやすく『こんなものか』と思いました」と。8Gは一般人なら失神、宇宙飛行士でも呼吸困難になる人もいると聞くのに余裕の発言。ツワモノ!である。

しかし、自衛隊の経験が逆に働いたこともあった。米国と密接な関係にある自衛隊時代はロシアに対してネガティブなイメージを持っていた。しかしロシアで6週間、ホームステイをしながら語学を学び、芸術や文化、温かな人間性にふれると、ロシアが大好きに。仲間の日本人飛行士が「何があったの?」と思うほどの『激変ぶり』だったそうだ。「視野が狭かった。先入観をもつのはやめようと思った」と油井さんは振り返る。

油井さんには何度か取材させて頂いたが、彼の本当の凄さはこのように自分の思い違いや失敗などを率直に語るところだと感じる。実は戦闘機パイロットを経験したあと、希望して防衛大学校の指導官になった。戦闘機から教育部隊を希望する人はあまりいないため、変わってるという人もいたらしい。しかし油井さんは、教育したことも部下をもった経験もなかったことから、あえて挑戦。新しい仕事に次々挑戦し、リーダーシップやフォロワシップ、チームワークについて多くを学んだようだ。

1月5日にJAXAで行われた記者会見で。第44次/第45次長期滞在ミッションのJAXAロゴを手にする油井亀美也宇宙飛行士。名前にもある亀がモチーフ。コツコツ目標に向けて努力を重ねてきた油井飛行士の性格を表している。ISSの出窓キューポラからは将来の目的地、月と火星が。

例えば宇宙飛行士訓練での、フォロワシップ。油井さんは食べるのが早いという。人より10秒早く食べて後片付けに素早くとりかかる。また仕事開始時は必ず人より30分早く行って、細かい作業を終わらせておく。宇宙飛行士の仕事は重要任務ばかりでなく、撮影した画像データをPCに取り込むなど単純作業は膨大にある。単純作業が早く終われば大事な仕事に早く集中できる。小さいことの積み重ねではあるが積極的にチームに貢献しつつ、「自分は英語が母国語でないので聞き取りにくい時には助けてね」と、逆に仲間にお願いする時は遠慮しない。「助け合うことでチームの団結力が高まる」という考えだ。「油井さんは自衛隊で教官を務めリーダーシップ等に長けているが、話しかけにくい雰囲気でなく、弱みをさらけ出す愛嬌があってバランスがいい」とJAXA関係者は指摘する。情に厚く、涙もろいところも魅力だ(2011年8月:宇宙開発転換期にデビュー。強く心優しいサメ(鮫)—油井亀美也JAXA新宇宙飛行士に聞く)。

ロシアでサバイバル訓練。「ロシアの冬は非常に寒く印象に残っている。でも訓練が厳しいほど宇宙飛行士の団結力は強くなる。いい訓練だった」と油井さんらしい発言。(提供:JAXA/GCTC)

ISSでの見どころは

さて油井さんが宇宙滞在するのは2015年5月~11月。往復のソユーズ宇宙船で船長を補佐し、船長と同等の技量が求められる「レフトシーター」の腕前も注目だが、滞在中も今までにない見どころがある。

まず3月からNASAとロシアの宇宙飛行士が1年間の長期滞在を始める。将来の小惑星や火星探査に備えて身体や精神面の影響を調べることが目的だ。油井さんもデータ取得を手伝い、一年滞在中の宇宙医学研究データは日本もシェアする予定だ。

9月ごろには、世界の歌姫サラ・ブライトマンさんが宇宙旅行客としてISSを訪問する。「色々な方が来るのはいいこと。宇宙利用の可能性が広がる。宇宙からの歌声を聴いて心が動かされるはず。私も協力できるところは協力したい」と油井さん。サラ・ブライトマンさんのバックアップ(補欠)には、元電通マンで現在、宇宙旅行会社の社長である高松聡さんが務める予定で、このあたりも注目ポイント。面白くなりそうだ。

ソユーズ宇宙船のシミュレータで訓練中。油井飛行士は今回、船長に万が一のことがあった場合、船長に替わり操縦する重責を担う。自衛隊で戦闘機やテストパイロットを務めた油井さん。将来は宇宙船を自ら操縦したいはず。(提供:JAXA/GCTC)

日本の貨物船「こうのとり」5号機が油井さん滞在中にドッキングする可能性も大きい。5号機は新しい実験装置を運ぶ。天文少年だった油井さんが楽しみにしているのは高エネルギー宇宙線観測装置CALET。「ダークマターが発見されたらノーベル賞が狙える」とのこと。さらにマウスを用いた疾病・新薬研究に使う小動物飼育観察装置も運ぶ。海外の実験では、宇宙から地上のロボティクスを操縦する世界初の実験もある。目的について「たとえば火星に行った時、人間が降りる前にロボットをおろして探査することになる。どういう操作をすれば動くのかが鍵になる」と油井さんもやる気だ。

宇宙開発は「ピークを高くすることで、裾野が広がる」と野口飛行士に聞いたことがある。つまり、火星有人飛行のように「より高い」目標に挑戦することで技術が蓄積され、「より広く」一般の人に宇宙が開かれていく。それが今まさにISSで起こっている。ツワモノ、油井さんが過渡期のISSで何を得て、今後の宇宙探査のかじ取りにどう貢献してくれるか、今からとても楽しみだ。