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読む宇宙旅行

ライター 林 公代 Kimiyo Hayashiライター 林 公代 Kimiyo Hayashi

お茶目でクール。「表現の人」大西宇宙飛行士が語った宇宙

「(宇宙では)孤独ではない。でも孤独でないということは、寂しさを感じないことではない」

「風の音、雨が窓をたたく音、雷の音など宇宙では『自然の音』がない。あるのは24時間、命を守るために動いている装置類の無機的な音。音楽も人工の音だけど、そこには作った人の血が通っていて、生きているように感じる。音楽はなくてはならない存在」

これは11月3日に放映されたNHK『SONGS』でユーミン(松任谷由実さん)との交信中、大西卓哉宇宙飛行士が語った言葉。番組を見ながら、思わずうるっときましたよ。大切な家族に会えない寂しさ、無機的な宇宙で心に響く音楽の力・・・宇宙での感情をこんなに詩的に表現した宇宙飛行士が、かつていただろうか。

一方、ぐぐたす(欄外参照)では、宇宙でのやや不便な日常を、キュートでお茶目な顔文字を駆使しながら時に自虐的に笑い飛ばしている。

ロボットアームで補給船「シグナス」をキャプチャ(捕獲)した後の大西さん。シグナス最後の接近時は「桜の花びらが落ちるスピードよりも遅い」と詩的に表現。キャプチャの瞬間、NASAテレビ中継が途切れたことを後で知り「中継映像切れてたんですね_(┐「ε:)_ズコー だったら、もっとリラックスしていけば良かった(笑)」と(笑)。(大西飛行士Google+より)

例えば、宇宙長期滞在でもっとも重要なスキルの一つであるKTO交換。

「『タク、今日時間がある時にKTO(ケーテーオー)の交換の仕方を教えるぞ』
(; ・`д・´)…ゴクリ… とうとう来たか、この時が。」
(編集部注:KTOとはトイレの排泄物用タンク。汚物満杯のタンクから物があふれ出せば「非常事態」。KTOは新人宇宙飛行士が交換するのがルールらしい)

また、ロシア人のアナトーリ・イヴァニシン飛行士に髪を切ってもらった直後には

「恐る恐る鏡代わりにガラスを覗きこむと、
私『誰これ?:(;゛゜'ω゜'):』
アナトーリ『もっと短くするか?(・∀・)』」

宇宙バーバー「アナトーリ(ロシア人宇宙飛行士の名前)」での散髪の様子(大西飛行士Google+より)

宇宙から見た地球や、国際宇宙ステーション(ISS)での活動については、過去たくさんの宇宙飛行士によって語られている。しかし、大西さんが語った「宇宙ならではの感覚」や「宇宙という日常」は飛びぬけて面白い。サックスを吹き、ミュージカル鑑賞が大好きという、感性豊かな大西さんならでは。その独特の表現を紹介していこう。

無重力の身体感覚「忍者みたい」

宇宙環境の感じ方は人それぞれ。7月7日の旅立ち直後から語られた大西さんの「身体感覚」は、その豊かな表現力と相まって、とてもユニークなものだった。たとえば、ソユーズ宇宙船で無重力状態に到達した時。

「しばらく自分が忍者みたいに天井に張り付いて、部屋の中を見下ろしているような感覚が抜けなかったです。自分の目の前の、宇宙船の操作パネルのほうに落ちていくような感覚です」

国際宇宙ステーション(ISS)での生活が始まった7月11日の投稿では、興味深い身体の変化を報告している。

  • 目の充血(無重量状態で埃やチリがずっと浮いていて目に入りやすいからではないかと大西さんは分析)
  • 食欲がなくなる(気持ち悪いこともあるが、胃が上のほうに持ち上げられ内容物も漂っているので、お腹いっぱいな感覚が続く。そのせいか大西さんは最大5㎏も体重が減ってしまった)
  • 尿意を催さない(尿がたまっているという重さの感覚がなく、なかなかトイレに行きたくならない。でも時間を決めていくと結構たまっているらしい)
  • 背骨が痛い(ほかの症状が治まってくると、一番しんどいのがこれ。朝起きた時がきついそう)

これらも宇宙生活5日目には相当違和感がなくなり、人間の身体の適応能力に驚かされたそうだ。

眼の検査中の大西さん。宇宙滞在が眼に及ぼす影響は今もっともホットな話題の一つ。大西さんは今のところ自覚症状がないそうだが、研究結果が楽しみ。(大西飛行士Google+より)
ソユーズ宇宙船の打ち上げ時に、大西さんは娘さんから贈られたくまのぬいぐるみを、無重力状態を示すインジケーターとして宇宙船にぶら下げていた。「無重力で気持ちよさそうにプカプカ浮いているのを見て、私もずいぶん癒されたものです」と大西さん。NASAテレビの打ち上げ中継では映らなかったけれど、しっかり大役を果たしていたんですね!(大西飛行士Google+より)

宇宙の匂い=焦げた匂い?

大西さんは身体の変化以外にも、「五感で感じる宇宙生活」を報告している。たとえばISSがけっこう揺れること。最初は宇宙酔いのせいかと思ったそうだが、そうではなく、人が移動したときやISSの姿勢制御によるものだと。大きい揺れの時は「海の上で船が揺れるときのような感覚がある」と。そう言えばISSは宇宙の海原を行く、巨大な船だ。大西さんの言葉はリアリティがあり、想像力を掻き立てる。

そして7月20日には「生まれて初めて宇宙の匂いを嗅ぎました」とレポート。ドラゴン宇宙船がドッキングし、ISSとつながるハッチ(扉)を開けるとき、宇宙が運んできた匂いをクンクンと嗅いだ。その匂いを大西さんは「何かが焦げたような匂い」と表現した。

大西さんの推測では、宇宙空間の放射線や原子酸素などに晒されていた宇宙船の物質が、何らかの化学反応を起こして「焦げた匂い」になるのではないかと。約3時間たっても「宇宙の匂い」は消えなかったそうだ。ちなみに、大西さんはISSに到着したとき「病院のようなにおいがした」と後日レポートしている。私はほかの宇宙飛行士からISSの匂いは「体育会系の部室の匂い」(=汗臭い?)と聞いたことがあるけれど、汗臭さは緩和したということだろうか?

宇宙での身体の使い方も興味深い。ISS内を移動するとき、頭を先にして飛ぶか、足を先にして飛ぶか。大西さんは初期、「断然、足派」だった。頭を先にすると安定せず、途中でひっくり返ったりしたそう。一方、ケイト(キャスリーン・ルビンズNASA飛行士)は頭派。その違いについて大西さんが思い当たったのは「(自分は)頭が人一倍大きい」こと。重い頭を後ろにしたほうが安定して飛べると(後日、頭を前にした移動もできるようになったそう(゜ε゜;)。単にスキルの問題だった笑)。この「頭でかいネタ」が時々出てきて笑える。帰還の時に着るソコル宇宙服も頭が通らず、なかなか着られなかったようだ。

中国の有人宇宙飛行で感じた「親近感」

約4か月の宇宙滞在中の大西さんの投稿で、私が最も印象に残ったのは、中国の有人宇宙船打ち上げ時だ。

10月17日、中国は二人の宇宙飛行士が乗った神舟11号を打ち上げた。「天空2号」とドッキングし、30日間滞在と報じるテレビニュースをISSで見ながら、大西さんは「中国やるなあ」と思っていた。ところが、アナトーリ飛行士が放った一言「We are not alone(おれたちはもう孤独じゃない)」という言葉に「頭をガーンとやられたようなインパクト」があったそう。そういう発想があるのかと。「ついさっきまで、地球の外にいる人類は私たち3人だけだった」。それが今、地球を回っているもう一つの宇宙船があって二人の宇宙飛行士が乗り込んでいる。大西さんは二人に急激に親近感がわく。「どんな人たちなんだろう。無線で交信なんか出来たら、楽しいだろうな」

この投稿を見ている、私の意識も宇宙に広がった。地上では神舟11号打ち上げ直後、中国が独自の有人宇宙開発に邁進する一方、日本にISS後の戦略が見えないと批判的な報道が多く見られた。もしかしたら大西さんの脳裏にも、そんな複雑な感情がよぎったのかもしれない。しかし、アナトーリ飛行士の一言で大きな視点に気付く。宇宙を航行することは様々な意味で決して簡単なことではなく、宇宙に出た人類は未だ少ない。その困難さや現場の実態をなかなか共有してもらえない孤独さ。それを抱えてなお宇宙を行く者同士の見えない連帯感。私たちも狭い視点でなく、それぞれの強みを生かしながら人類という大きな視座で連携し、探査を続けていくべきではないかと考えさせられた。

ISS滞在の成果。マウス12匹生還!

もちろん大西さんは宇宙実験について、とてもわかりやすく意義や、実際に宇宙で実験するときの状況を詳細に説明している。液滴群燃焼実験については、どこが世界初なのかを解説。大西さんの投稿で初めて「こんなにすごいことをやっていたのか!」と理解した。また10月末、シグナス宇宙船をロボットアームで捕獲する際は「桜の花びらが落ちるスピードより遅い」速度で接近する様子を、誰もがわかるように直感的に、そして詩的に解説してくれた。他国、民間の宇宙実験についても同様だ(宇宙ホテルの実験モジュールにもちゃっかり入っていた!)。

大西さん滞在中の日本の成果で筆頭に挙げられるのは小動物飼育ミッション。ISS「きぼう」日本実験棟で重力のある「1G部屋」と無重力の「ゼロG部屋」の個室に6匹ずつマウスを入れ、35日間飼育。12匹すべてを地上に帰還させることに成功した。過去に世界が行ったマウス実験では約半数の生還率だったから、これは世界初の快挙だ。マウス実験の代表研究者である筑波大学の高橋智教授によると、ゼロG部屋のマウスは、予想通り筋肉量が減って脂肪が増えたそうだ。

ほぼ毎日、大西さんはマウスを丁寧に観察し、その様子を地上に伝えた。給水装置が想定以上に出たり出なかったりし、大西さんが給水装置を掃除。またそれぞれのマウスの状態に応じて地上チームは柔軟に計画を組み換え、マウスごとに最適な飼育を実現した。マウス実験計画時は、地上から宇宙のマウスの様子をモニターできるし、宇宙飛行士の世話は一週間に一回程度とされていたが、やはり生き物を飼うには細かな観察と、その時々の対応が必要なようだ。今回、マウス実験は成功をおさめたが改善点があり、次回に反映されるそう。マウス実験についての大西さんの投稿はあまりなかったが、ぜひ感想を聞いてみたい。

一つだけ残念なのは、大西さん滞在中に予定されていた、「こうのとり6号機」の打ち上げが延期されてしまったこと。日本製のバッテリーが日本の宇宙船によってISSに到着し、その取り付け作業を日本人が担うという「最大の見せ場」になり得たのに。大西さんがもし船外活動を行っていたら、宇宙空間に包まれる感覚をどんな言葉で表現してくれただろうか。その期待は次回の宇宙飛行に持ち越しとなった。

大西さんのぐぐたす投稿は今も続いている。宇宙からの帰還時の投稿はぜひ読んでほしい。私たちも大西さんと一緒に小さな宇宙船に乗っているような「200分間地球への旅」が体感できる。大気圏突入時、「火の玉状態」の宇宙船に乗りながら大西さんが放った言葉、「我ながらクレイジーな状況に身を置いているな」、「Gに耐えながら私は笑っていたと思います」を読んで私は正直、戦慄を覚えた。あまりに冷静。そして自分を客観視している。お茶目な顔文字の裏に潜むクールな男、大西さんの本質を見たような気がしたのだ。

ソユーズ宇宙船着地の瞬間。「ゴッ‼‼‼ という強烈な衝撃。自分の中では、ガシャンというイメージでいたのですが、大きな誤りでした。一瞬で降下率がゼロになるというのは、衝撃としては本当に一瞬です。」(提供:NASA/Bill Ingalls)
帰還直後の大西さん。元気そう。地上に身体が適応していく感覚について、今後のぐぐたす投稿に期待。(提供:NASA/Bill Ingalls)