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ライター 林 公代 Kimiyo Hayashiライター 林 公代 Kimiyo Hayashi

宇宙の「みちびき」を24時間追う。
巨大ゴルフボールの正体は?

下の写真をご覧ください。まるで巨大なゴルフボール。これはいったい何?

反対側にある入り口から内部をのぞくと、中には、直径10mの大きなパラボラアンテナが入っていた!ここは種子島の中ほどにある準天頂衛星種子島追跡管制局。6月1日に準天頂衛星「みちびき」2号機が、その後3、4号機が今年度内に飛び立つ予定になっている。約4万km離れた「みちびき」たちを24時間365日、基本的に無人で正確に追尾して、衛星と情報のやりとりをする。このゴルフボールはそんな大事な役割を担っているのだ。

話を少し巻き戻そう。私たちDSPACE取材班は2016年11月1日、気象衛星「ひまわり」9号打ち上げ取材のために種子島を訪れた。種子島宇宙センターに向かう途中、この追跡管制局を見せて頂くことに。種子島の北の玄関口、西之表港から私たちを乗せたタクシーの運転手さんは宇宙通らしく、車内には「お客さんが貼ってった」という宇宙ミッションのパッチがいたるところに。行き先を告げると「あー、あの丸いのね。何だろうと思ってたんだよ」との返事。

私たちが乗ったタクシーの車内には宇宙ミッションのシールがドアにも天井にもいっぱい。

運転手さんは一路、旧種子島空港(←映画「秒速5センチメートル」の聖地の一つとか)の方向にどんどん進んでいった。ところが道幅がだんだん細くなり砂利でガタガタ揺れる。背の丈以上もありそうな草木が道の両側から生い茂り、前が見えなくなっていく。「大丈夫なのか?」と不安に思っていると、牛舎のあるどなたかの私有地に入ってしまった。ここじゃないよね・・と焦る私たち。運転手さんはご近所の方に道を聞き、DSPACE担当さんも追跡管制局で待って下さっているエンジニアさんに連絡をとりあって、再挑戦。

途中の入り口を見逃していたらしい。ようやく見えてきたのが下の景色だ。

「キターーーーーー!!」と一同のテンションが上がったのは言うまでもありません。

ようやくたどり着いた!準天頂衛星システム種子島追跡管制局。

この種子島追跡管制局は2015年9月にできたそう。だがあたりには看板も何もない。アンテナの西側には海が水平線のかなたまで広がり、とにかく見晴らしがいい!現地で待っていてくださった三菱電機・通信機製作所の峰田さんによると、「種子島は緯度的にギリギリ準天頂衛星がずっと見える場所。オーストラリア上空を飛ぶときが最も低く、(水平線から)約3度です。そこが見えるように見晴らしのいい場所を選びました。『スカイラインを確保する』と我々はいいます」。スカイラインを確保する・・・かっこいい響きです。

種子島追跡管制局西側の眺め。海が広がり、水平線近くまで「スカイライン」が確保されている。

しかし、周りにさえぎるものがないためか風の通りがいい。というか風が強い!この日は晴天だったが、アンテナを覆うレドームが風でパタパタと音を立てる。峰田さんによると、レドームは風からアンテナをガードする役割を持っており、最大瞬間風速90mまで耐える性能を持つそうだ(一般的に暴風雨と言われるのは分速20m~30m以上)。レドームの素材はパネルでもなく布でもなく、ゴムっぽい特殊な材質(メンブランという)で電波を通す。鉄のフレームを三角に組んでメンブランを挟んでいる。

レドームの内部は撮影不可だったので建設中の画像をどうぞ。直径10mのパラボラアンテナのおわん部分は現地で組み立て。どちらも2015年7月撮影。

追跡管制局の役割とは?

準天頂衛星システムの地上設備は、二つの主管制局(常陸太田、神戸)と五か所の追跡管制局(種子島、沖縄、久米島、石垣島、宮古島)、海外を含む多数の監視局からなる。主管制局は準天頂衛星を24時間体制で運用するが、実際に衛星とやりとりをするのが追跡管制局だ。

具体的には、まず主管制局から測位のためのデータやコマンド(指令)が追跡管制局に送られてくる。それを追跡管制局で無線の信号に変える。信号を実際に約4万キロ離れた衛星に届けるには強力に増幅しないといけない。増幅しハイパワーになった信号がパラボラアンテナに届けられ、衛星に向けて送信される。

逆に衛星から降ってくる信号(テレメトリ)を受信するのも追跡管制局の役割だ。受信した信号を地上で扱える信号に変えて主管制局に送る。その信号が届いて初めて、運用者が「今日も衛星は元気だ」と安心できるわけだ。

準天頂衛星システム地上設備 主管制局・追跡管制局。

追跡管制局のパラボラアンテナの隣にある建物、局舎には装置類がずらりと並んでいた。アンテナを動かすためのモーターは設備の中でもっとも電気を消費する。たとえ台風が来て島ごと停電になっても、衛星の追跡管制作業を中断させるわけにはいかないため、二日間ぐらいは自家発電できる設備が備えられている。

パラボラアンテナが動いた!

ところで準天頂衛星の軌道はちょっと変わっている。衛星の名前「準天頂」が示す通り、衛星は日本の真上=天頂にくる。しかし1日中でなく約8時間だけ天頂に位置するため「準天頂」と呼ばれる。その軌道は地球を止めた状態で見ると、8の字を描くように見える。地上から見ると常に同じ位置に見える「静止衛星」とも異なるし、宇宙ステーションのように上空を約10分で通り過ぎる「周回衛星」とも異なる。こんな衛星を24時間365日、常に正確に追尾するのは簡単ではない。アンテナはいったいどんな動きをするのだろう?

約4万km先を飛ぶ衛星を追尾するため、実際のアンテナの動きは止まっているかと思うぐらいわずかだそうだが、特別にその動きを早回しで見せて頂いた。アンテナは3軸方向に動く。アジマス(方位角、わかりやすく言えば横回転)エレベーション(仰角)、そしてクロスエレベーション(衛星がアンテナの真上を通過する時などに、アンテナの首のところが動いて頑張る!)。

「行きまーす」の合図とともに、天を仰いでいた直径10mの大きなパラボラアンテナ(峰田さんは「おわん」と呼ぶ)がほぼ真横を向いた。90度から3度へ、わずか数十秒。早い!見ていた私たちは「おーっ!」と思わず声をあげた。その後、おわんを横回転させたり、クロスという動かし方できゅっと傾けたり(峰田さん曰く「これが最後のひと踏ん張りになる」)。様々な動きを見せて頂いたが、機敏でなめらかだ。大きいものが動くってそれだけで迫力があり、かっこいい。これらの動きを組み合わせることによって、衛星を片時も途切れず、追尾することができるそうだ。

レドームの中では直径10mのパラボラアンテナが準天頂衛星を片時も離れず、正確に追尾している。

打ち上げに向けて—「ドキドキしています」

6月1日に打ち上げが迫った準天頂衛星みちびき2号機。2~4号機が今年度打ち上がれば、常に1機が日本の上空に位置することになる。米国のGPSと組み合わせて測位することで精度が格段に向上し、測量や自動運転など様々なサービスでの活用が期待される。その実現のためにも地上管制局で衛星を正確に追尾し、情報のやりとりをすることが必須となる。

峰田さんは2013年から準天頂衛星の地上システムを担当。打ち上げを控えて「ドキドキしている」そうだ。「アンテナを動かすロジックは新規開発しました。静止衛星や周回衛星の経験は十分にありますが、8の字を描くへんちくりんな軌道は初めて(笑)。また2~4号機は1号機と信号形式が異なります。もちろん地上で衛星と管制側の機器類をつないだ試験は行います。でも衛星は飛んでいるわけではないから追尾はできない。いくら試験やシミュレーションを行っても、実際に上がってみないとわからないわけです」

「みちびき」2~4号機が話題になるときには、地上で「みちびき」を常に追いかける、ゴルフボールたちをぜひ思い出してくださいね。