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ライター 林 公代 Kimiyo Hayashiライター 林 公代 Kimiyo Hayashi

武道「残心」の精神、宇宙でも
—金井宇宙飛行士ミッション3つの注目点

12月の打ち上げを約4か月後に控えた金井宣茂宇宙飛行士が、8月24日、東京で記者会見を行った。準備は順調。「しっかりした手ごたえと自信を感じている」と常に謙虚な金井飛行士が、かつてないほどの自信を口にした。

ミッションロゴを手にする金井宣茂宇宙飛行士。「名前が金井だけに、このロゴを手にすれば受験生の皆さんも夢が「かない」やすいんじゃないかと思います」

金井飛行士と言えば、武道の達人。学生時代から弓道や合気道、自衛隊時代は居合道の稽古を続けている。武道を通して身に着けた精神は、宇宙飛行士の仕事にも生かされているそう。たとえば、と記者会見で例にあげたのが武道における「残心」。「剣道で技をうって一本とっても、逆襲があるかもしれないので気を抜かず相手の様子を確認しておく。宇宙実験でも作業を終えて終わりではなく、油断せずに確認する。日本人らしい細やかな心配りが重要」と。なるほど、見習いたい精神だ。

では、金井飛行士は国際宇宙ステーション(ISS)でどんな実験や作業を行うのだろう。ミッションテーマは「健康長寿のヒントは宇宙にある」。医師である金井飛行士にぴったりのテーマである。「宇宙飛行士の健康を守るための医学は、単に宇宙飛行士が宇宙に行くためだけではなく、まわりまわって地上での医療に還元される」と金井飛行士。

具体的に何をさすのか?金井飛行士はこう説明した。「たとえば宇宙での長期滞在後、帰還した宇宙飛行士は、骨や筋肉が弱ったり三半規管のバランスが崩れたりしてふらふらして立っていられない状態になります。そんな状態からいかに早く回復させるかというノウハウは、病気のあと長くベッドに横になっていて筋力が衰えてしまった患者さんに対して、どうやって安全に筋力を回復させ、元気に活動できるかに役立てられると思う。また乳酸菌の実験では、食を通した健康や免疫を高めることに貢献できるのではないか」。長寿社会は実現しているが、長生きも健康に暮らしてこそ。そのヒントが宇宙にあるとすれば、ぜひ地上の医療に生かしてほしいものだ。

尿から飲料水へ—小型・省エネ・高再生率の日本製水再生装置

さて、会見の内容から個人的に注目するミッションを3つ紹介しよう。まずは、日本初の水再生(リサイクル)装置が宇宙に打ち上げられることだ。ISSにはNASAが開発した尿から水を再生装置がすでに使われている。2009年、若田ISS長期滞在時に尿から作った水で乾杯。「昨日のコーヒーが明日のコーヒーになる」という名セリフが生まれた。

2009年5月、国際宇宙ステーション(ISS)の水再生システム装置で作られた水を飲む若田光一宇宙飛行士たち。「この水を飲むことでISSが『ミニ地球』だと実感します」と若田飛行士。(提供:NASA)

しかしこのNASAの装置、たびたび故障している。地上から定期的に種子島の水を「こうのとり」で運んではいるものの、地上からの補給なしで宇宙で水をリサイクルすることが理想的だ。

日本は従来より小型(約80cm×60cm×50cm)軽量、低消費電力(従来の半分)、高再生率の水再生装置の開発に成功した。有機物の電気分解を行うが、電極に特徴がある(JAXA's No.60によると高効率のダイヤモンド電極を使っているそう)、NASAも同じ方式に取り組んだもののギブアップし、違うシステム(蒸留法)の水再生装置になった。現在のNASA水再生装置は大きいうえに電力消費が大きいという課題がある。一方、JAXAは難易度の高い技術開発を正面突破。JAXA'sの記事によると、高効率でコンパクトなだけでなく、消耗品がなくメンテナンスフリー。これは大きな売りになる。ISSでは地上からの補給が可能だが、月以遠の探査では物資補給が難しくなるためだ。

この水再生装置を使って、金井飛行士が乾杯!するのか気になるところ。JAXAの松本聡インクリメントマネージャによると「水再生装置は模擬尿とともに、ドラゴン宇宙船で来年1月頃打ち上げる予定です。『きぼう』で模擬尿を水再生装置にかけ、できた水は地上に持ち帰り分析します。無重力状態でも地上と同じように働くか、綺麗に(飲料水に)再生されるか確認します。飲料水についてはNASAの基準があり、基準をクリアしたことを確認しないと宇宙飛行士に飲ませることはできません」とのこと。NASAの確認後に、金井さんが宇宙で日本製水再生装置で処理した水を飲むかどうかはまだわからないが、可能性がゼロではないとのこと。

この日本の水再生装置、将来的にISSで使うかどうかについて、JAXA松本さんは「まず日本の水再生装置の技術がどのくらいのものか実証する。きちんと狙い通りの再生水ができれば、NASAに積極的に働きかけていく」そうだ。

マウス実験—大西飛行士が「きぼう」管制センターからサポート

2点目の注目実験は、マウス実験。2016年に大西飛行士が12匹のマウスを「きぼう」の小動物飼育装置で35日間飼育し、全マウスを世界で初めて地上に生還させた。そのマウス実験が金井飛行士の滞在中にも実施される予定だ。今回は宇宙ストレスに対してどういう影響を受けるのかを調べる。

金井飛行士のマウス実験は、地上の大西飛行士との強力なタッグが期待できそうだ。大西飛行士×内山フライトディレクタ同級生対談「JAXA編その3」(欄外リンク参照)で紹介した通り、大西飛行士は「きぼう」運用管制チームの交信担当「JCOM」の資格を7月に取得した。その狙いについて大西飛行士は「次の『きぼう』で行われる小動物飼育ミッションに間に合わせたい。自分が宇宙で経験しているので、担当する人の苦労とかフラストレーションを一番理解できるし、コツもわかってますからね」と発言。

金井飛行士滞在中のフライトディレクタ佐孝大地さんも「金井飛行士の宇宙滞在中に大西飛行士がJCOMとして管制卓につく可能性は十分にある」と明言。「(大西飛行士は)自分の経験から、地上管制官にどう言ってもらうとわかりやすいか知っている。一回目のマウス実験の教訓から実験装置は改良されているが、生物が関わると何が起こるか事前に把握しきれない。まったく予定していなかった手順書を使うケースもある。(大西飛行士が金井飛行士に伝え)全体像を把握してもらうことで、スピーディに確実に作業をしてもらえると思う」とJCOM大西飛行士に期待している。マウス実験中は、地上とのやりとりに耳をすませたい。

「きぼう」でのマウス実験ではぜひ、地上管制チームでJCOM(交信担当)としてサポートしたい、と7月にJCOMの資格を取得した大西卓哉宇宙飛行士。

潜水医学の知見を生かして—ロシアの船外活動を日本人で初めて支援

そして、海上自衛隊時代に潜水医官として活躍した金井飛行士の経験が生かされると期待されるのが、船外活動の支援だ。金井飛行士は日本人で初めて、ロシアの船外活動の支援を行う可能性がある。現在、ロシア人飛行士のISS滞在が3人から2人に減っているためだ。

そもそもISSで行われる船外活動は、NASA版とロシア版がある。NASAとロシアの宇宙服はコンセプトも着方もかなり異なっていて、なかなか興味深い。一番違うのは、宇宙服内の気圧。真空の宇宙空間で作業をするには、なるべく宇宙服内の気圧が低い方が宇宙空間との気圧差が少なく作業しやすい。気圧差が大きいと例えば宇宙服の手袋がパンパンに膨らんでしまい、指を曲げるのも難しくなる。NASAは操作性を重視し、0.3気圧。一方、ロシアの宇宙服は0.4気圧とやや高めになっている。

2017年8月に行われたロシアの船外活動。イタリア人のパオロ・ネスポリ飛行士が宇宙服の着脱などを支援した。ロシアの宇宙服は着脱も簡単。背中側がドアのようになっていて、ドアを開けて中に入り、ひもをひっぱるとぱたんと閉まる。
(提供:ESA/NASA)

「ロシアで一度宇宙服の中に入れてもらって、(宇宙の状態を模擬して宇宙服内を0.4気圧に)加圧してもらったが、かなりごわごわして動かしにくかった。相当疲れました。」

一方、気圧が高い方が減圧症のリスクは少なくなる。ISS内部は地球と同じ1気圧。急に宇宙服内部を0.3気圧まで下げると、体内の窒素が血液に溶けきれず気泡になり細い血管を詰まらせる「減圧症」という病気になる恐れがある。最悪の場合、命にかかわることも。その対策として船外活動前に血液中の窒素を少しずつ出すのだが、気圧が低いほど時間がかかる。NASAではかなり時間がかかるが、ロシアは30分ですむという。つまり、操作性をとるか、安全性をとるかで米ロの宇宙服は対照的なのだ。

「気圧の変化については潜水医学の知見が生かせると思います。宇宙で潜水病(減圧症)があってはならないが、もし起こったときは地上で潜水病治療のために使う高気圧のチャンバーがISSにないため、宇宙服を加圧して宇宙服の中で治療をする計画になっています。そういう話を聞くとわくわくして『(潜水病になっても)俺が治療してやる!』と。『やめてくれ、宇宙飛行士に潜水病は起こらないから』と言われましたけどね(笑)。潜水の世界と宇宙の世界は近いんだなと思いました」(金井飛行士)

「俺が治療してやる!」と生き生きと語る金井飛行士は「ドクター金井」そのものでした(笑)。もちろん、金井さん自身がNASA宇宙服で船外活動を行う可能性も残されている。身をもって宇宙での気圧差を体験してほしいものです。

ところで、金井飛行士は8月27日夜、ツイッターでご婚約を発表されました。おめでとうございます!お相手はJAXA職員だそうで結婚は宇宙滞在を終えてから。2003年8月にはISSとNASAジョンソン宇宙センターを生中継で結び、宇宙初の結婚式が挙げられているが(参照:やっと花嫁の元へ。国際宇宙ステーション(ISS)クルー交代)ぜひ、金井さんも宇宙で結婚式を挙げてほしいですね。

地上で支えてくれる力強い仲間、インクリメントマネージャ、フライトディレクタたちと。
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