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ライター 林 公代 Kimiyo Hayashiライター 林 公代 Kimiyo Hayashi

月の砂を降らせる砂時計
—「こうのとり」8号機の見どころは?

2009年9月11日の初号機打ち上げから10年。2019年9月11日、まさしく記念日に貨物船「こうのとり」8号機が打ち上げられることが発表された。

打ち上げを待つ「こうのとり」8号機。全長10m、直径4.4mで5.4トンの荷物を運ぶ。正面中央に白く見えるのは、新型バッテリ。6号機~9号機はバッテリを6台ずつ運ぶ。一度に6台も運べるのは「こうのとり」だけ。(提供:JAXA)

「こうのとり」ミッションは毎回様々なドラマがある。昨年打ち上げられた7号機は、宇宙から実験成果を載せた小型回収カプセルを日本近海に「ふんわり」着水させる揚力飛行に成功し、大きな話題となった。5号機打ち上げ前には、米ロの貨物船3機がまさかの連続打ち上げ失敗。ISS(国際宇宙ステーション)滞在中の油井亀美也飛行士らは物資不足の生活を強いられた。世界が見守る中、油井飛行士は「こうのとり」キャプチャに成功。(JAXA植松洋彦HTV技術センター長によると、「こうのとり」捕獲がダントツでうまいのは油井飛行士だそう)「こうのとり」と日本のロケットの確かな技術力を示し、世界の宇宙大国の信頼を集めることになった。

2015年8月24日、ISSでロボットアームによる「こうのとり」5号機キャプチャの準備を行う油井飛行士(右)。(提供:JAXA/NASA)
物資不足の生活から一転、新鮮なフルーツが「こうのとり」で届き満面の笑みの油井飛行士。(提供:JAXA/NASA)
ISSに係留中の「こうのとり」5号機。宇宙飛行士からは「金色の宝箱」とも呼ばれている。(提供:JAXA/NASA)

8号機は小型回収カプセルのように派手な実験はない。しかし、米国ロシア含め、現在世界に4機あるISS貨物船の中で唯一100%成功を果たす「こうのとり」は、今回もバッテリや水、食料、窒素・酸素タンクなど宇宙飛行士の命綱となる荷物を確実に運ぶに違いない。今や「こうのとり」がなければISSは存続しえない。さらに8号機は「次の時代を見据えたミッションになる」とJAXA植松洋彦HTVセンター長は位置づける。

その背景にはこんな事情がある。「こうのとり」は9号機で引退。2021年度からは新型宇宙ステーション補給機「HTV-X」がISSに、さらに国際間で計画中の月近傍基地に物資を運ぶことが見込まれる。そのHTV-Xに備えた実験が8号機で実施される。また、8号機が運ぶ荷物の中には、将来の月・火星探査のためのユニークな実験装置が積まれている。

月・火星探査時代を見据えて—「きぼう」内に月や火星を作り出せ

HTV-Xのための技術実証という点で注目は、姿勢制御センサの変更だ。これまで「こうのとり」の姿勢決定には地球の縁を検出する「地球センサ」が使われていた。しかし、これは地球近くを飛ぶときにのみ有効な手段だ。一方、HTV-Xでは星の配置をもとに姿勢制御する「スタートラッカ」が用いられる。将来、月周辺まで飛ぶことを見据えての変更である。スタートラッカは地球センサに比べて高精度な姿勢決定が可能だ。

「姿勢制御のロジックが変わることは大きな変更になる。『こうのとり』6、7号機ではISSに荷物を届けた後に様々な実験を行っていたが、8号機では確実に(姿勢制御ロジックを)作りこむことに注力したい」と植松センター長が言うほど、この変更は大きな意味をもつ。

そして、荷物を運ぶラック(棚)も新しくなる。HTV-X用に軽量化し、形を変えたラックを使うことで、搭載容積を従来から3割アップさせた。これまでも「こうのとり」は世界最大の補給能力を誇っていたが、さらにたくさんの荷物を運ぶことになる。

「こうのとり」8号機内に荷物を搭載中。「日本の貨物船はとてもきれいに荷物を収納してあるし、あちこちに仲間からの手紙があって開けるのが楽しみでした」と油井飛行士。(提供:JAXA)

さらに8号機が運ぶ実験装置が興味深い。「きぼう」には世界唯一のユニークな実験装置がある。ISS内は無重力空間だが、人工重力を発生させ月や火星の重力を作りだすことができる。細胞培養装置に設置する実験環境「MARS」では2019年5~6月、月の重力環境を模擬し、マウス6匹を32日間飼育。全マウスを地球に帰還させることに世界で初めて成功した。この装置がパワーアップする。

具体的には人工重力の部屋の半径を倍以上にした、大型の人工重力発生器を追加する。そもそも人工重力は装置を回転させることによって発生させるが、回転中心からの距離によって人工重力の差が生じる。種子や細胞などの小さな生き物では問題ないが、大きな生き物では課題となっていた。部屋を大型化することによって重力差を緩和し、マウスより大きなラットの飼育も可能になるそうだ。マウス実験は2016年から4回実施し、0G~1Gの環境下で、ストレスに弱い遺伝子をもつ遺伝子組み換えマウスを使った世界初の実験に成功するなど大きな成果を上げている。月・火星探査が人体にどんな影響を与えるかだけでなく、地上の私たちの医療に役立つ実験成果が期待されている。

「こうのとり」8号機で運ばれる、大型の人工重力発生装置。この部屋の中で月や火星の重力が作り出される!(提供:JAXA)

もう一つ、月や火星の探査に備えた実験がある。「Hourglass」と呼ばれる実験が面白いのは、砂時計を使うこと。砂時計の中に月や火星、火星の衛星フォボスなどの砂を模擬した砂を入れ、「きぼう」内の人工重力装置にセットする。月の場合は6分の1Gを作り出し、砂時計中で月の砂がどんな風に落ちていくか、どう降り積もり、物にどうくっつくかなどの挙動を計測する。「月面ローバーが月面を走ろうとするとき、足元の砂がどんな挙動をするのか。データが少なくてシミュレーションできていない。そのデータを蓄積してシミュレーションに反映させます」(植松センター長)。「きぼう」の中で月の砂が降り積もる。月面ローバーだけでなく将来の小天体探査等の予備実験にも使えるそうで、小さな装置ながら期待大だ。

月の模擬砂を使って月で砂がどんな動きをするか等を調べる砂時計型の実験装置。(提供:JAXA)

超小型衛星はすでに241個放出—ルワンダ衛星などがいよいよ宇宙へ!

「こうのとり」8号機が運ぶ荷物の中には、今回もしっかり超小型衛星が含まれている。超小型衛星放出は、エアロックという出し入れ口とロボットアームをもつ「きぼう」だからこそ実現できる世界唯一のシステムであり、「きぼう」最大の売りだ。2019年7月4日までに241機の小型衛星が放出されている。日本だけでなくベトナムやケニア、コスタリカなど新興国の衛星も含まれ、国際貢献の意味合いも大きい(アメリカもこの人気や需要に注目し、小型衛星用商業エアロックを作る計画だ)。

今回運ばれる衛星は九州工業大学がエジプトと共同開発した衛星、東京大学がルワンダと開発した衛星、東大が開発した水を噴射して推進力とする水噴射衛星。ルワンダ衛星や水噴射衛星には、前回のコラムで紹介したように福井県のエンジニアが製作に協力した。ISSからの放出が楽しみだ。

搭載荷物の中で、個人的に気になっているのが宇宙日本食。特に若狭高校の高校生が開発した「サバ醤油味付け缶詰」が彼らの卒業前に、ISSに向けて打ち上げられるといいなと願う。(参照:宇宙日本食サバ缶、開発の現場を取材!—高校生と熱血教師の12年

日本の宇宙開発の歴史をさらに塗り替えるために

8号機の注目点を紹介しつつ、小型回収カプセル実験が次にいつ行われるか気になるところ。小型回収カプセル開発チーム長のJAXA田邊宏太さんによると「現在、調整中です。『こうのとり』7号機の結果をふまえてなるべく早く実施したい」とのこと。方向性としては、小型回収カプセルが自分自身でISSから地上まで帰ってくる「自立化」を検討しているそう。7号機ではISSが飛行する高度約400kmから、高度300km付近まで高度を下げていく役割は「こうのとり」が担っていた。その機能を小型回収カプセル自身に持たせられないか。小型回収カプセルが「こうのとり」に頼らず自力で帰還できれば、実験実施直後など研究者の希望するタイミングで試料を回収できるし、日本列島の近くに着水させることも可能になる。試料を研究者に渡す期間が短縮でき、理想的だ。

2019年9月に飛行10周年を迎える「こうのとり」。開発当初は、有人宇宙開発の経験が乏しかった日本に対し、NASAから「HTVがなければ安全なのに」とまで言われたと聞く。屈辱を乗り越え、初号機はISSで初めて貨物船をロボットアームで掴むキャプチャ方式を実現。その後米国の民間宇宙船がキャプチャ方式を採用し、スタンダードとなった。そして7号機では小型カプセルの揚力飛行に成功。2度、日本の有人宇宙開発が壁を越えた。

「HTV-Xも間違いなく日本の宇宙開発の歴史を変えるようなチャンスが与えられると思う」と植松センター長は展望する。日本の有人宇宙開発はこれまで地球低軌道を出たことがなかった。HTV-Xは地球から月近傍への輸送や、月近傍ステーションに寄与する可能性がある。「若い世代が、日本の宇宙開発が変わる瞬間に立ち会えたといえる場を与えてやりたい」

月に再び人類が戻る日も近い。日本が月面探査で活躍するためにもぜひ「こうのとり」や「きぼう」、探査機などの技術を繋げてほしい。(提供:NASA)

この原稿を書いている途中、野口聡一宇宙飛行士が米国の新型宇宙船に搭乗予定といううれしいニュースが発表された。インドは月着陸機の打ち上げに成功したし、2024年にはアメリカ人女性飛行士が月面に着陸予定。時代はどんどん動いている。ぜひ日本が培ってきた技術を結集し、繋げて、新しい時代を切り拓いてほしい。

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