DSPACEメニュー

読む宇宙旅行

ライター 林 公代 Kimiyo Hayashiライター 林 公代 Kimiyo Hayashi

宇宙産の水、原料は尿。
究極の和製水リサイクル装置が宇宙へ

2009年5月、尿から作られた水で乾杯する若田光一宇宙飛行士たち。(提供:NASA)

2009年5月21日(日本時間)、「チアーズ!(乾杯)」の声高らかに、若田光一宇宙飛行士たちが国際宇宙ステーション(ISS)で、水をごくり。その様子は世界中に発信された。なぜなら、NASAが開発した水リサイクル装置によって尿から作った「Made in SPACE」の飲料水を、宇宙飛行士が初めて飲む瞬間だから。若田飛行士は「この水を飲むとISSが『ミニ地球』だと実感します」と笑顔で語った。

水は人間が生きるために欠かすことができない。NASAの装置が導入される前は、ロシア棟に汗など水蒸気から水を作る装置はあったものの、ほとんどの水を地上からISSに運搬していた。その運搬費からコップ一杯の水が30~40万円とも言われ、水は超高級品だった。NASA製水リサイクル装置がISSで運転し始めたことによって、それまで3人暮らしだったISSで2019年5月下旬から6人暮らしが始まったのだ。

それから10年。宇宙生活の救世主となった水リサイクル装置にも課題が生じている。冷蔵庫約2台分と大きい事。尿から出るカルシウムなどが溜まってフィルターがつまり、定期的にフィルター交換しないといけないこと。尿から飲料水への再生率が予定より低く、70~80%弱に留まっていることなどだ。

ISSのトイレ修理中の星出彰彦宇宙飛行士。ISSのトイレは割と頻繁に故障すると聞く。そのたびに宇宙飛行士は貴重な時間を割いて修理対応。メンテフリーのトイレは喫緊の課題であり、JAXAも研究開発を進めている。(提供:NASA)

メンテフリー、高再生率、小型の和製水リサイクルシステム

日本が開発中の水リサイクル装置は月近傍基地ゲートウェイへの搭載を目指す。(提供:NASA)

水リサイクル装置に多少の課題があっても、ISSならなんとか対処できる。しかし、人間が月や火星など、遠い宇宙へ進出する際には大問題となる。もっと小型で高性能な水リサイクル装置が欲しい。JAXAは2011年から、栗田工業と協力して研究開発を進めてきた。その実証機がいよいよ今年秋、宇宙に飛び立つことに。

日本が開発した水リサイクル装置の特徴は省エネ、高再生率、そしてメンテナンスフリーであること。月の周回軌道上に計画中の国際有人基地「月近傍ゲートウェイ」や月面基地、さらに火星有人飛行で使うことを想定している。「フィルターがない!」という事態が起こっても、月や火星に即座に届けることは不可能だし、なるべく宇宙飛行士の手を煩わせたくない。だからメンテナンスフリー、つまり消耗品の交換が不要な「自己完結型の水再生システム」の実現が、肝となると考えた。

日本の水再生システムについて説明するJAXA松本聡氏。高温高圧の電気分解、処理過程で出る排水で装置自体をクリーニングする自己完結システムであることが最大の特徴。

どのように、メンテナンスフリーを実現したのだろうか。JAXAが開発した水再生システムは3段階で尿や汗から飲料水を作る。まず①イオン交換で尿中のカルシウムやマグネシウムを除去。②高温高圧の電気分解で有機物を分解する。③電気透析。

③の過程でアルカリ水と酸水が出てくるが、これを使って①のイオン交換樹脂を掃除する。カルシウムやマグネシウムを吸着し続けて、飽和したフィルターを交換せざるを得なかった従来の方法と違い、リサイクルの過程で出た副産物でクリーニングできるというわけ。この画期的なシステムによって、従来は半年から1年に1回フィルターを交換しなければならなかったが、3年以上稼働させることが可能だという。

高再生率も日本の装置の特徴だ。尿の再生率は85%、汗などの凝縮水の再生率は96%。合わせて90%以上の再生率を誇る。つまり1リットルの尿をこの装置に入れれば、850ccの飲料水が得られるということだ。消費電力は500w以下、装置の大きさは現在のNASA水再生装置の容積も重量も4分の1と省エネ・小型化に成功した。

秋打ち上げ、リサイクルした水は来年1月に回収予定

ISSにこの秋打ち上げられる水リサイクル装置。水処理装置W535mm x D600mm x H480mm、制御装置W120mm x D580mm x H475mmで大型の電子レンジぐらいのサイズ。

7月24日、報道陣にお披露目されたのは、4人分の水リサイクル装置(フルスケール)ではなく、実証機。リサイクルのシステムは同じだが、大きさがやや小さい。今年10月頃に米国の民間貨物船シグナスで打ち上げられ、「きぼう」日本実験棟に設置される予定だ。

順調に進めば、実験が開始されるのは11月頃。地上から運んだ「模擬尿」と宇宙飛行士の尿を使って、ISSでリサイクルを実施する。焦点になるのは、無重力状態で電気分解がきちんとできるか否か。電気分解では水素と酸素ができる際にガス(気体)が発生する。地上ではガスは浮力により上昇するため液体と分離するけれど、無重力状態ではガスが気泡のまま液体中に留まってしまう。その状態で、想定した性能が発揮できるのか。

ISSの実験では模擬尿(写真左)を主に使って実験。できた飲料水は地上に戻して検査する。

実験後にできた水は、2020年1月頃に米貨物船ドラゴンによって地上に回収し、詳しく分析する予定だ。ISSには飲料水の基準があり、日本の水道水と同レベルだが、日本の検査には含まれない項目もあるという。実証機は2020年4月頃まで様々な条件を変えて、試験を繰り返す。その結果は、フルスケールモデルの設計に反映させる。

現在、NASAやESA(欧州宇宙機関)も水リサイクル装置の小型化・高性能化に取り組んでいる。日本はまずISSでシステムがきちんと稼働することを実証する。そのうえで「月近傍基地ゲートウェイに採用されるように働きかけていく。2020年代前半に実現できるようにしたい」(JAXA有人宇宙技術センター松本聡さん)。

被災地など地上での活用を目指して

省エネ・メンテフリーの高性能な和製水リサイクル装置。その実現は簡単な道のりではなかった。栗田工業の宇宙の水プロジェクトチーム、チームリーダー石渡和也さんによると、JAXAから水リサイクル装置の共同研究について話があったのは2011年。基礎研究を開始する。NASAは水再生に蒸留法を使っているが、日本は250度50気圧もの高温高圧による電気分解法を採用。尿に含まれる高濃度の有機物を電気分解した例は過去になく、高温高圧で電気分解する方式は栗田工業独自の技術だという。2015年からフライト装置の開発に入る。しかし一筋縄ではいかなかった。

「性能や信頼性を短期間であれば、出すことはできる。しかし長期的に信頼性を安定的に出せるかという点で不具合が出て、苦しんだこともあった」と石渡さん。水再生装置はもっと早くISSで実証予定だったと記憶している。だがトラブルが出た箇所を改良、開発するのに時間を要した。実証機は100時間ぐらいの仕様を想定しているが、確認試験では約500時間にわたり装置を運転したという。それだけに信頼性の高さには自信をもつ。実際に月近傍基地を目指すフルスケール装置は3年以上動作することが必要であり、今も試験を継続しているそうだ。

月近傍基地ゲートウェイで使うことを想定した水リサイクル装置は構成品ごとに耐久性を試験中。

尿から飲料水へ。宇宙用に開発している装置ではあるが、地上への展開も考えている。「この装置は低電力、低電圧で動かすことができるため、太陽光パネルを並べれば動かすことが可能。被災地やへき地など、水に困っているところに置いて動かすことができるように、システム開発を続けていきたい」とのこと。尿だけでなく川の水などにも使える、究極の水リサイクル装置。宇宙から地上へのサイクルも回ることを期待したい。

日本の装置で「Made in SPACE」の水ができたら、ぜひ宇宙で飲んでみたい。(提供:NASA)
  • 本文中における会社名、商標名は、各社の商標または登録商標です。