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ライター 林 公代 Kimiyo Hayashiライター 林 公代 Kimiyo Hayashi

宇宙滞在200日。ISS星出船長が遭遇したかつてない「緊急事態」、そして喜び

ISS「きぼう」日本実験棟で作業をする星出彰彦宇宙飛行士。2008年の初飛行で「きぼう」船内実験室をとりつけ暖簾を掲げた。「初飛行ではまっさらな状態だったが、かなり活用されている。全人類の夢を実現できる場」。(提供:NASA)

宇宙滞在約200日を終え、2021年11月9日、星出彰彦宇宙飛行士が帰還した。4月23日に飛び立ってからの約半年間、地上では新型コロナウィルスの蔓延、スポーツの祭典、民間宇宙旅行が次々成功するなど様々な出来事があった。

ISS(国際宇宙ステーション)の半年間も色々な事があった。星出飛行士は3回目の宇宙飛行となるベテラン飛行士で、約5か月間にわたりISS船長を務めた。多種多様な実験、新型太陽電池パネル設置のための船外活動、ISSのネットワーク環境のアップグレード作業など大忙しの日々だったが、築20年以上のISS史上の「緊急事態」が起こったのは2021年7月末のことだった。

ロシアの新しい多目的実験モジュール「ナウカ」(直径4.2m、全長13m、重量約20トン)が7月21日に打ち上げられた。ロシア語で「科学」を意味するナウカは生命維持装置や居住機能、ロボットアーム等を備えた大型の実験棟で、29日にISSにドッキングした。

ISSにドッキングしたロシアの多目的実験モジュール「ナウカ」。(提供:NASA)

NASAのツイートによるとその後、ナウカのスラスタ(噴射装置)が予期せずに噴射を始め、ISSの姿勢が乱れ始める。NASAは当初、ISSの姿勢変化は45度とツイートしていたが、分析の結果540度と発表。つまりサッカー場大の大きな構造物であるISSが約1回転半していたことになる。姿勢の回復には宇宙と地上の管制局との連携が欠かせない。ところがISSの通信用アンテナも回転したことから、通信途絶の時間帯が生じた。NASAは「宇宙船の緊急事態」を宣言する。

回転は約55分後に停止したと伝えられているが、回転が収まらない場合はISSの機器が損傷する恐れもあった。たとえば大型の太陽電池パネルが破損したり、外れてしまったりなど最悪の事態に至った可能性も否定できない。2000年からISSに宇宙飛行士が滞在し始めて21年。ISS史上かつて経験したことのない緊急かつ異常事態が発生したこの時、ISS船長を担っていたのが星出飛行士だった。

その時、船内はどういう状況だったのか。星出船長はどんな指示を行ったのか。10月28日にISSと地上を結んで行われた記者会見、また12月3日に行われた帰還後会見で星出飛行士に聞いた。

まず、ISSの異常な回転を感じたかについて。「全然回っていることに気付かなかった」と星出飛行士はふり返る。「窓から外を見ていたわけではないので、警報が鳴るまで姿勢が崩れていたことに気付かなかった。ISS内にいるとそれほどの(回転)スピードではなかった(と感じた)」。その後、外を見た宇宙飛行士から「(ISSが)回っているよ」と伝えられたという。

ISSが姿勢制御を失ったとき、星出船長はナウカモジュールの近くでロシア人飛行士と状況について話をしていた。その後、「緊急事態」を告げるアラームがISS内に鳴り響く。地上から状況を聞き、すぐに(NASAや欧州の)飛行士が集まっている場所に戻ったところ、各自が状況把握に努めていた。

実はISSの姿勢が崩れた時には回復する手順があり、ISSに滞在する宇宙飛行士たちは地上で十分にその訓練を受けていた。「でも実際にはこれまでそんな事態に遭遇してこなかった」(星出飛行士)。宇宙飛行士たちは宇宙で起こる最悪の事態を想定し、様々な訓練を受けるが、そのほとんどは実際には起こらないものだ。だから実際の宇宙飛行は、訓練に比べて楽に感じることもあると複数の宇宙飛行士から聞いたことがある。「その事態が今回起こったんです」(星出飛行士)。

「実際には地上の管制チームが(回転を止めるための)コマンド(指令)を送ります。ところがISSの姿勢が変わると本来なら繋がる通信ができなくなる時がある。そこで地上とコミュニケ―ションをとり、『手順のここまで終わった。そろそろ通信が切れるので、その間にここをやって欲しい』というやりとりにチーム全員が追われた。それぞれが自分の持ち場を認識してテキパキと動き、私は全体を見ながら地上との通信を行っていました」

なるべく早く回転を抑えたい。ところが通信途絶の時間帯がある。宇宙と地上との役割分担、状況確認、宇宙にいる自分たちができることは何か、何をやって欲しいのかを限られた時間内で明確にしていく。その緊張感は想像するに余りある。

地上—宇宙間の冷静かつ的確な状況把握と対処。星出船長率いる「究極のチームワーク」は400kmの距離を超え、ISSの最悪の事態を回避できた。ISSの宇宙飛行士は何ら影響を受けることもなく、平常運転に戻るとともに、ISSのアップグレードに成功したのである。

広い宇宙を飛ぶのは我々だけではない

星出飛行士らがISS離脱時にクルードラゴンから撮影したISS全景。(提供:NASA)

星出船長がチームを率いるために心を砕いたのはコミュニケーション。「困っていることをフランクに言い合える働きやすい環境づくり」だったそう。それがいざというときにトラブル対処ができた所以だろう。約200日間の宇宙滞在で印象に残っているのは「みんなでよく笑ったこと」という星出飛行士の言葉がそれを象徴している。船長には様々なタイプがいるが、星出船長のモットーは「安全に、楽しく」。それを体現したミッションだった。

星出飛行士はISS滞在中、それほど頻繁にはツイッターを更新しなかった。限られた発信の中で印象に残ったのは2021年10月17日のツイートだ。

「今、宇宙には我々10人と3人が隣の宇宙ステーションにいる。3人のうちの1人はCavenautの仲間」と星出飛行士は英語でツイート。隣の宇宙ステーションとは中国独自の宇宙ステーション「天和」を指す。10月半ば、「天和」建設のために3人の中国人宇宙飛行士が打ち上げられ、ドッキングに成功した。そのうちの一人、葉光富(Ye Guangfu)飛行士は2016年に星出飛行士と共にイタリアで洞窟訓練を受けていたのだ(洞窟訓練は欧州宇宙機関(ESA)がチームワークを高めるために行う訓練であり参加者はCavenautと呼ばれる)。つまりは苦しい訓練を共に乗り切った仲間だったのである。

2016年の洞窟訓練では米国、ロシア、中国。欧州の5か国6名からなる国際チームを星出飛行士がコマンダーとして指揮した。後列左端が中国のYe Guangfu飛行士。(提供:ESA-V.Crobu)

このツイートをしたときの心境を星出飛行士に聞いた。「一緒に洞窟訓練を受けた中国の宇宙飛行士がちょうど同じタイミングで宇宙に行ったことを、洞窟訓練の仲間がメールで教えてくれた。すごくうれしかった。違う宇宙ステーションなので会うことはできないが、この広い宇宙の中にいるのは、(ISSにいる)我々だけではない。しかも自分と一緒に訓練を受けた仲間だということが、ものすごくうれしく感じました」本当に嬉しそうに微笑みながら星出飛行士は続ける。

「中国も含めて世界中の宇宙開発が活発になっている。新しく宇宙庁ができて宇宙開発に国をあげて臨んだり、民間企業が宇宙活動に参加したりする時代の流れをものすごく強く感じます。そういう流れは大歓迎。宇宙は人類みんなで活用していくところ。新しい知見を得て、新しい文化を作っていく形になれば」と期待を語る。

中国の宇宙開発については様々な見方がある。共に訓練を受けた宇宙飛行士が活動をしているとなれば、人的なつながりが生まれる。そういうソフトパワーが有人宇宙開発における国際協力への貢献なのだなと星出飛行士の話を聞いて改めて感じた。

様々な国や民間企業が宇宙を目指す時代。「宇宙で生活することは非日常ではない。『日常の延長』です」「宇宙には無限の可能性がある」。星出飛行士の言葉は私たちを宇宙に強く誘う。

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