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ライター 林 公代 Kimiyo Hayashiライター 林 公代 Kimiyo Hayashi

「不合格でほっとした」—星出飛行士が語る夢への道のりと3度目の宇宙への想い

2012年、2度目の宇宙飛行で船外活動を行う星出飛行士。地球を撮影する様子がヘルメットに。(提供:NASA)

4月22日以降、星出彰彦宇宙飛行士は3度目の宇宙飛行へ飛び立つ。約半年間の滞在中にはISS(国際宇宙ステーション)第65次長期滞在クルーの船長として指揮をとり、仲間の命を預かる。日本人がISSの船長を担うのは、2014年に日本人で初めてISS船長に就任した若田光一宇宙飛行士以来、2人目だ。

星出飛行士と言えば「あきらめない男」。3度目の宇宙飛行士への応募でようやく宇宙飛行士に選ばれたのだ(日本人宇宙飛行士では最多チャレンジ)。宇宙飛行士に憧れたのは幼少期。父親の仕事の関係でアメリカに住んでいた頃、NASAケネディ宇宙センターで本物のロケットを目の当たりにした。小学校4年生の時の作文には「大人になったら宇宙飛行士になりたい」と書いている。友達に「事故で死ぬこともあるからやめた方がいいと思う」と言われても「僕の考えは変わりません」と綴る(「夢をあきらめなければ宇宙にだって行ける」星出彰彦著 すばる舎より)。

高校時代には毛利衛さんらが宇宙飛行士に選ばれ、現実的な職業として宇宙飛行士を意識した。英語力と国際感覚を身に着けるために高校2年生からシンガポールに2年留学。大学4年生の時に、宇宙飛行士の募集が行われたものの星出青年は「実務経験3年以上」という条件を満たしていなかった。だが、「本当にやりたいなら直談判するぐらいの熱意を見せろ」という父親の言葉が後押しとなり、応募書類をNASDA(現JAXA)まで持参し直談判。だが、応募は受け入れられなかった。

3月に行われた記者会見で答える星出彰彦飛行士。(提供:JAXA)

1992年、NASDAに入社。H-IIロケット開発監督業務後、宇宙飛行士訓練を支援する部署に異動し若田飛行士訓練の技術サポートを担当。そんな中2度目のチャンスが訪れた。1996年の宇宙飛行士選抜だ。この時は最終選抜まで残ったものの、選ばれたのは野口聡一飛行士だった。当時の心境は?「2次試験で残ったのは50人弱。医者や研究者などそれぞれの分野でものすごい実績を残し高い能力を持っている人ばかり。最終選抜でお互いのことを知るようになると、この方たちに比べて自分はどういう貢献ができるんだろう、自分が今宇宙飛行士になっていいのだろうかと一瞬の迷いが生じたんです。だから選ばれなかったと聞いて、正直ほっとしました。時間ができたと。『自分に足りないものは何だろうか』と自己反省するいい機会になったのです」(星出飛行士)

自己反省の内容は?「勉強して『自分しかやったことがないようなこと』をやってみようと。当時、日本人は今のように宇宙を頻繁に飛んでない時代でした。NASAの宇宙飛行士訓練から学ぶことは何か、地上の管制官はどうあるべきかを、身に着けつつ日本に伝えていきました」。当時の日本は宇宙飛行士訓練についての知見が少なく、日本独自の宇宙飛行士訓練は確立されていなかった。日本の有人宇宙開発に必要な部分をどん欲に学んでいった。

その一方、宇宙工学についてきちんと学びたいと、ヒューストン大学大学院の航空宇宙工学修士課程でも学んだ。そして1998年の3度目の挑戦で、宇宙飛行士という職業に就いたのだ。「あきらめなかったから宇宙飛行士になることができた。自分の夢を追いかけつつも、やみくもに思うだけではなく自己反省し、どうすればいいのか修正をかけたつもり」と振り返る。

1999年2月10日、古川聡さん(右端)、山崎直子さん(左から2人目)と共に宇宙飛行士候補者に選ばれた。(提供:JAXA)

今年、JAXAは新しい宇宙飛行士候補者を募集する。今までは不定期募集だったが嬉しいことに5年に一度、定期的に募集する計画だ。NASAでは何度も応募している人が選ばれているという。応募を考えている人は星出飛行士の話を参考に、たとえ不合格になったとしても自己反省し、修正をかけていってはどうだろうか。

船外活動で一人タイタニック「頼むから誰も話しかけないで」

船外活動で重い荷物を運んだりする際にはロボットアームで運んでもらう。2012年、船外活動中の星出飛行士。(提供:JAXA/NASA)

さて、星出飛行士は次が3度目の宇宙飛行となる。2008年の最初の宇宙飛行では「きぼう」日本実験棟の与圧部を取り付け、その入り口に「きぼう」と日本語で描かれたのれんを掲げた。2012年のISS長期滞在では3回の船外活動を行い、ISS電力低下の危機を救った。今回の宇宙滞在でも多岐にわたる活動が予定されているが、私が期待するのは船外活動だ。ISSは2000年に完成し築20年以上経過しているが、様々な点でアップデートしている。そのうちの一つが電源系だ。

現在、ISSには太陽電池パドル8機が取り付けられていて1機当たり20キロワット、合計160キロワットの発電能力があるが徐々に性能が劣化している。将来の運用に向けて小型・高性能の新型太陽電池パドル6機を増設しパワーアップする計画だ。その準備は始まっている。ISSに滞在中の野口飛行士が2月末、船外活動で太陽電池パドルを取り付けるための土台部分の設置作業を行った。設計ミスもあり、最後は腕力が必要とされる大変な仕事だったようだが、ベテランの技と地上との連携で見事に成功。今年6月に、スペースXのドラゴン貨物船によって新型太陽電池パドルが打ち上げられる予定。タイミング等があえば、取り付けのための船外活動を星出飛行士が行う可能性があるそう!

2020年12月、船外活動訓練を行う星出飛行士。(提供:JAXA/NASA)

3月11日に星出飛行士にDSPACE単独インタビューを行い、船外活動について聞いたところ「(太陽電池パドル取り付けの)船外活動訓練は既に行っていて明日(3月12日)も訓練があります。船外活動自体、難しく簡単な作業は一つもありません。訓練を通して専門チームと意見交換しながら『こういう場合はこうしよう』と手順を変えていきます」。

星出飛行士は2012年8月末に行った最初の船外活動がとても印象に残っているという。「電気系の装置を交換するタスク(作業)があったのですが、その装置が大きかったので(目の前に抱えて)、自分はロボットアームの先端に載った状態で、運んでもらっていました。移動中、ちらっと横を見ると「きぼう」が見えたんです。後ろ側は展望室キューポラから見えていたのでよく知っているが、ちょっと風景が違う。「きぼう」の前側が見えているのではないか。前側が見えるということは、「きぼう」より(進行方向の)前側にいるということだ!」そう思った星出飛行士は抱えていた箱をよけると、目の前には漆黒の宇宙と地球しかない光景が広がっていた。

船外活動中に撮影したISSの眺め。画像右手に見えるのが「きぼう」日本実験棟。星出飛行士はこの前に出て行った。(提供:NASA)

 「目の前に人工物が一切ない状況だったんです。『一人タイタニック状態』(映画『タイタニック』)です。足元には地球。ISSの中から窓越しに地球を見るのとは全く違った体験でした。すべてを目に焼き付けたい。宇宙のすべてを吸収したい。『頼むから誰も自分に話しかけてくれるな』と祈るような気持でした。この一瞬を独り占めにさせてくれと」

何という体験だろうか。これぞ宇宙飛行士と言う仕事の醍醐味ではないだろうか。

宇宙飛行士の仕事の醍醐味とは?

今、有人宇宙開発は大きな転換期にある。民間宇宙船クルードラゴンは星出飛行士らが乗る「Crew-2」が3回目の有人飛行となる。機体はクルードラゴン初飛行で用いられた「エンデバー号」を、打ち上げに用いるファルコン9ロケット第一段は野口飛行士打ち上げに使われたものを再使用する。再使用することでコストダウンにつながり、将来は宇宙旅行の費用にも反映されるはずだから、宇宙に行きたいと憧れる私たちにとって他人ごとではない。

「民間宇宙船が(宇宙開発の)中核になるのをひしひしと感じている。職業宇宙飛行士だけでなく一般の方が宇宙に進出する。宇宙を経験する機会が広がる。新しい知見や考え方、文化が生まれることを期待している」(星出飛行士)。

今年末にはクルードラゴンを使って民間人4人だけによる地球周回飛行を行うことがスペースXによって発表されている。現実に可能なのだろうか?「何をやるかによるし、どんな訓練を受けるかにもよります。今まさしく詰めているところと認識しています」(星出飛行士)。クルードラゴンはトラブルがなければ自動操縦で行われると聞きますが?「操縦は自動でもモニターするための操作はあります。宇宙服の着脱もあるし、訓練は必要です」

地球低軌道は民間企業が活躍する場となり、国家プロジェクトやプロ宇宙飛行士は月惑星探査へ。星出飛行士は「まずは今回の仕事をきっちりこなしたい。その先は月を目指したい」と抱負を語る。

「Crew-2」のメンバーたち。会見を見ていても和気あいあいと本当に楽しそう。左端のトマ・ペスケ飛行士はフランス人で宇宙フランス食を、星出飛行士は宇宙日本食をISSへ持ち寄り「パーティーしようねと言ってます」と星出飛行士。NASA、欧州、日本の宇宙飛行士が同じ宇宙船でISSに向かうのは初めて。(提供:SpaceX/JAXA)

幼少期からあこがれた宇宙飛行士という仕事。実際になってみると?「華々しく見えるかもしれないが、皆さん見えないところで努力している。教えてもらったことを身に着ける段階では自分なりのやり方を見出していく必要がある。そして本当に大きなチームの中でやっていると改めて思う」

宇宙飛行士と言う仕事の醍醐味は?「なかなか行けない(宇宙という)特殊な環境の中で仕事をすること。世界中の色々なバックグラウンドを持った方、色々な考え方や様々な夢を持っている方と仕事ができること。それは宇宙飛行士だけに限らない。管制官、実験を提案する研究者、船外活動の手順を検証するチーム。それぞれの道で素晴らしい能力を持つ方と一緒に仕事をするのが楽しいのです」

カリフォルニア州ホーソーンのスペースXでクルードラゴン訓練中。右側から星出飛行士、クルードラゴン・コマンダーのシェーン・キンブローNASA飛行士、パイロットのメーガン・マッカーサーNASA飛行士、トマ・ペスケESA飛行士。(提供:NASA)

心底、チームプレイの人である。2012年のISS長期滞在では「残業なし」というルールをみんなで定め、定時あがりで最大限の成果を出したと聞いた。今回のモットーは「安全に気を付けつつ、楽しむ」。宇宙でどんな働き方改革を見せてくれるのかも期待したい。

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