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ライター 林 公代 Kimiyo Hayashiライター 林 公代 Kimiyo Hayashi

今秋、民間人4人だけによる宇宙旅行が
「レジリエンス」号で実現へ

民間人4人だけで3日間の地球周回軌道に飛び立つ「Inspiration4」のクルーたち。(提供:Inspiration4)

1961年、人類で初めて宇宙へ飛び出したユーリ・ガガーリンの宇宙飛行から60年となる今年、画期的な宇宙旅行が実現しようとしている。

プロの宇宙飛行士が搭乗せず、民間人4人だけで3日間の宇宙旅行を行うミッション「Inspiration4」がSpaceXから発表されたのだ。打ち上げは2021年9月15日以降の予定で、高度約540kmの地球周回軌道を3日間飛行する。ISS(国際宇宙ステーション)にはドッキングしない。

彼らが搭乗するのは、SpaceX社の有人宇宙船クルードラゴン「レジリエンス号」。そう、野口聡一宇宙飛行士らを昨年11月に打ち上げ、4月末に帰還する予定の宇宙船だ。帰還後に問題がないか徹底的にチェックすると同時に、「民間宇宙旅行」仕様にちょっとした改造がなされる計画だ。

Inspiration4で使われるクルードラゴン(イメージ図)上部にガラスで覆われた展望室があるのが特徴。(提供:SpaceX CC BY-NC 2.0

それが360度全面ガラス張りの展望室グラスドームだ。Inspiration4ではISSにドッキングしないから、ドッキング機構が不要になる。その代わりに展望室が設置されたというわけ。展望室と言えばISSにある展望室キューポラが知られるが、キューボラは7枚のガラスが組み合わされ仕切りがある。一方、このグラスドームは継ぎ目がないのが特徴。ただし一度に入れるのは一人だけ。SpaceXのCEOイーロン・マスク氏は「このグラスドームでもっとも『宇宙にいる』実感を得るだろう」とツイートしている。Inspiration4が飛ぶのはISSより高い高度。グラスドームで宇宙を独り占め。どんな光景が見られるのか、想像が膨らむ。

癌サバイバーのアメリカ人女性が、人工装具を付けた初の宇宙飛行者に

Inspiration4を立ち上げ、コマンダーを担うジャレッド・アイザックマン氏。熟練したパイロットでもある。(提供:Inspiration4)

さて、肝心のInspiration4ミッションについて。このミッションを立ち上げたのは、決済情報処理企業Shift4PaymentsのCEOであり億万長者のジャレッド・アイザックマン氏。アイザックマン氏は民間機や軍用機を操縦する熟練したパイロットであり複数の世界記録をもつ。2011年には米空軍を訓練するドラケンインターナショナルを共同設立。Inspirasion4ではコマンダーの役割を担う。

Inspiration4ミッションが特徴的なのは米国テネシー州メンフィスにある、セント・ジュード小児科病院への募金活動に多大な貢献をしている点だ。この病院は小児がんの治療や研究を行っており、「人種や宗教、家族の支払い能力で治療を拒否されない」という理念の元、治療費や入院費を無料にしている。小児がん施設ランキングで全米一位。世界的に知られる病院である。Inspiration4でアイズマン氏は同病院に2億ドルの寄付を集めることを目標に掲げており、彼自身の基金から1億ドルを寄付することも約束している。

ミッションの目的を遂行するため、アイザックマン氏は同病院から最初のクルーを選抜、いち早く発表した。セント・ジュード小児科病院で医師助手として勤務する29歳の女性、ヘイリー・アルセノーさんだ。今年秋に飛行すれば、彼女はアメリカ人で最年少で宇宙に行った人物になると同時に、初めて人工装具(proshesis)をつけて宇宙飛行をした癌サバイバーになる。

セント・ジュード小児科病院で医師助手として働くヘイリー・アルセノーさん。10歳の時に骨肉腫を発症、治療して働くがんサバイバーだ。30歳までに世界中の全大陸を旅行するのを目標とするワールドトラベラーでもある。(提供:Inspiration4)

アルセノーさんはテコンドーの黒帯をとろうとしていた10歳の時、膝に痛みを感じた。骨肉腫であることがわかり、セント・ジュード病院で治療を受ける。治療の一環で大腿骨の大部分と共に腫瘍を取り除いた。そして彼女の足には人工の膝と金属の棒が装着されている。

彼女は骨肉腫になる前、家族でNASAを訪れ、宇宙飛行士に憧れていた。だが、身体面を含めて厳しい条件が課されるNASA宇宙飛行士にはなれないと思っていたそうだ。ところが、クルードラゴンによる商業宇宙飛行では、彼女の身体的な特徴は全く問題とされない。商業飛行が彼女がいったんはあきらめていた夢をかなえたのだ。ミッションでは医療担当として仕事を担う予定だ。

セント・ジュード小児科病院で治療を受けているRiku君。(提供:Inspiration4)

子どもの頃に癌に罹りそれを克服した自分が病院で働くことが、病気で苦しむ子供たちやその家族の助けになるだろうと彼女は考えている。さらに宇宙飛行する姿を見せることで、「不可能なことは何もないと希望を抱かせたい」と語っている。

NASA宇宙飛行士選抜ファイナリストがパイロットに

コマンダーのアイザックマン氏、メディカルオフィサーのアルセノーさん、さらに二人のクルーが3月末に発表された。彼らの選抜方法はユニークだ。一人はセント・ジュード小児科病院の寄付を増やす目的から同病院に募金した人(金額の多寡によらず)の中から、もう一人はShift4Shopコンテスト企画の応募者から審査員によって選抜された。

Inspiration4クルー。左がクリス・センブロスキー氏、右がサイアン・プロクター氏。(提供:Inspiration4)

前者の選抜手法で72000人の応募者から選ばれたのが、米空軍に勤務後、現在は航空宇宙産業(ロッキード・マーチン)で働くクリス・センブロスキーさん。ミッションスペシャリストの役割を担う。そして後者の選抜方法で選ばれたのが地球科学者であり、アーティストであり、パイロットのライセンスをもち2009年NASA宇宙飛行士選抜のファイナリストでもある、サイアン・プロクターさんだ。

彼女はハワイにある月や火星滞在を模擬した施設Hi-SEAS(ハワイ宇宙探査アナログシミュレーション)に4回滞在した経験があるため、「アナログアストロノート」と自称する。そのうち1回は火星探査を模擬した女性ばかりのミッション、またNASAが出資し、長期飛行時の食の貯蔵を調査目的とした4か月のミッションもあった。「クルー同士のコンフリクトなるあらゆる経験をした」という彼女はInspiration4のパイロットとしてクルーに豊富な経験をシェアすると語る。そして、宇宙からの眺めやその体験をアートや詩、科学を通じて希望のメッセージとして全世界に発信すると会見で満面の笑顔を見せた。

訓練に手抜きはしない

3月末にNASAケネディ宇宙センターで行われたInspiration4の記者会見で、打ち上げ予定日は2021年9月15日以降と発表された。そして会見翌日、クルー全員がそろった訓練がさっそくスタート。最初の訓練は打ち上げを想定した重力加速度の訓練だ。

記者から訓練について「NASA飛行士と同じ訓練を受けるのか」という質問があった。これに対してスペースXの担当者は「安全が最も重要であり、全てのトレーニングを提供する」と返答。Inspiration4のコマンダー、ジャレッド・アイズマン氏は「手抜きはしないし、宇宙飛行への近道はない。商業飛行としてすべてのミッションを遂行できるように訓練を行う」と言い、訓練の具体的な内容を続けた。

打ち上げに使われるファルコン9ロケット、クルードラゴン宇宙船の軌道工学について学び、微小重力での操作、ストレステスト、緊急時の対処訓練、宇宙服と宇宙船の与圧や減圧の訓練。部分的な飛行シミュレーションから飛行全体のシミュレーションなどをSpaceX社で半年間にわたり行っていくと。

前回の星出飛行士のインタビューでも紹介したように、クルードラゴンの飛行は問題がなければ自動操縦で行われる。また打ち上げから、フロリダ沖に着水するまで飛行の様子はSpaceXのミッションコントロールセンターでモニターされている。それでも飛行が順調であるかクルー自身がモニターする必要があるし、緊急時の対処訓練は必須だ。

Inspiration4ミッションはクルードラゴンによって実施される。(提供:SpaceX CC BY-NC 2.0

3日間のミッション中、何を行うか、その詳細はまだ明らかになっていないが、様々な科学実験や、荷物を搭載してミッションを行うことになっている。

Inspiration4は、NASAケネディ宇宙センターでアポロ宇宙船やスペースシャトル、クルードラゴンを打ち上げてきた歴史的発射台39Aから打ち上げられる予定だ。記者会見の冒頭、アイズマン氏はこう語った。「歴史的な発射台からたくさんのヒーローが打ち上げられてきた。でも今まで宇宙に行った宇宙飛行士は555人ぐらい。私達が行くことで一般の人たちが宇宙に行ける時代になる。そして月や火星に広がっていける。みんなが星の間を飛ぶことができるようになれば、世界はもっと素晴らしい場所になる」。彼がこのミッションに投資した金額は莫大だが、掲げる理想もスケールが大きい。

(提供:SpaceX CC BY-NC 2.0

2021年は宇宙旅行元年になるか

ところで3月末に脱・地球と題した「るるぶ宇宙」(JTBパブリッシング)が発売され、私は監修を担当させて頂いた。発売されるや否や、予想を超える反響が寄せられ、宇宙旅行への期待の高さをひしひしと感じた。

「るるぶ宇宙」の編集作業中に嬉しい悲鳴をあげたのは、新しい情報がどんどん入ってくることだった。2~3月、レイアウトを固め校了の時期になっても驚く話題が飛び込んでくる。このInspiration4ミッションもそうだし、前澤友作さん率いる月周回飛行dearMoonプロジェクトが世界から参加者を募集するという話題もあった。なんとかその話題をねじ込みながら「今年は間違いなく、宇宙旅行元年になる!」と実感した。

Inspiration4ミッションについては小さくしか紹介できなかったが、今後、同様の地球周回飛行が、宇宙旅行の一つのコースとして定着する可能性がある。それは今年予定されている飛行が成功するか否かにかかっているだろう。様々な目的地、コース、宇宙船、さらに言えば食事や宿泊施設が選べることが、旅行の楽しみ。是非成功して、宇宙旅行の新しい道を拓いて欲しい。

4月12日はガガーリンが地球の周りを飛んだ世界宇宙飛行の日。「地球は青かった」という名言を残した彼は60年後のこの状況をどう見るだろうか。「まだ火星に行ってないの?」と思うのか、「宇宙旅行ができる時代になるなんて」と驚くのか。

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