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ライター 林 公代 Kimiyo Hayashiライター 林 公代 Kimiyo Hayashi

人類初ブラックホール撮影の宿題—多波長で捉えたジェットに新たな謎

2019年4月に発表された、巨大ブラックホールの画像を覚えている方は多いだろう。おとめ座の方向5500万光年彼方の楕円銀河M87中心には、太陽の65億倍もの質量をもつ巨大ブラックホールが確かに存在していた。人類が初めて目にしたブラックホールの姿だ(撮影は2017年4月)。

イベント・ホライズン・テレスコープ(EHT)で2017年4月に観測、2019年4月に発表された銀河M87中心の巨大ブラックホールの影。(提供:EHT Collaboration、国立天文台)

だが、その画像には、写っていてほしいものが写っていなかった。それは「ジェット」だ。ブラックホールは何でも吸い込むことで知られる(ブラックホール撮影を日本チーム代表として牽引し『Mr.ブラックホール』と呼ばれる本間希樹・国立天文台教授は、ブラックホールを『究極ののん兵衛』と表現)が、実は吸い込むだけでなく、細く絞られた高エネルギーのガスを光速に近い速度でジェットとして放出していることが知られている。

このM87ブラックホール撮影にも活躍した秦和弘・国立天文台水沢VLBI観測所助教は「吸い込むはずのブラックホールから(強力な重力を振り切って)なぜか物質が出てくる。ブラックホール撮影の次の10年で研究者が一番知りたいのがジェット。ある意味、ブラックホールを撮影するより難しい。ありとあらゆるデータを総動員して理解する必要がある」と語る。M87はジェットが初めて観測された天体でもある。ジェットが発見されてから100年経った現在も、なぜ、どのようにジェットが放出されているのかは解決されていない大問題。秦さんも巨大ブラックホールやM87ジェットを電波干渉計やVLBI技術を駆使し、観測し続けてきた。

ジェット噴出の謎が解けると何がわかるのか?川島朋尚・東京大学宇宙線研究所フェローは、「ブラックホールはほぼすべての銀河の中心にあると考えられている。銀河とブラックホールが共に進化する中で、ジェットによって星間ガスが圧縮されたり加熱されたりして星を作るのを助けたり阻害したりすると考えられている。ジェットの噴出条件がわかれば、どんな風にブラックホールと共に銀河が成長してきたかを理解するカギになる」と語る。

ジェットによって生まれる星や生まれない星があるとしたら、私たちの存在そのものにジェットが大きな役割を果たしている可能性もあるということではないか。

宇宙からも地上からも。19の多波長望遠鏡で天文学史上最大の「お祭り的」合同観測

M87中心の巨大ブラックホールをさまざまな波長の電磁波で観測した画像。左が電波、真ん中が可視光、右がX線~ガンマ線による観測。(提供:The EHT Multi-wavelength Science Working Group; the EHT Collaboration; ALMA (ESO/NAOJ/NRAO); the EVN; the EAVN Collaboration; VLBA (NRAO); the GMVA; the Hubble Space Telescope; the Neil Gehrels Swift Observatory; the Chandra X-ray Observatory; the Nuclear Spectroscopic Telescope Array; the Fermi-LAT Collaboration; the H.E.S.S. collaboration; the MAGIC collaboration; the VERITAS collaboration; NASA and ESA. Composition by J. C. Algaba)

実は2017年4月に世界6か所8台の電波望遠鏡がタッグを組み「イベント・ホライズン・テレスコープ」(EHT)としてM87を観測した同じ時期に、地上と宇宙の19の望遠鏡がM87を一斉に観測していた。32の国と地域から総勢760名の研究者が協力する、「天文学史上最大」の合同観測だ。地上だけでなくハッブル宇宙望遠鏡やエックス線望遠鏡チャンドラなど宇宙の望遠鏡も観測に参加。電波や可視光、紫外線、X線、ガンマ線という多波長の電磁波で同時に観測することによって、M87から飛び出すジェットを炙り出した。

それが上の画像、そして下記動画である。

M98から離れるとジェットの全体像が見えてくる。M87中心部から約5000年光年にわたってジェットが伸びる様子がわかる。(提供:The EHT Multi-wavelength Science Working Group; the EHT Collaboration; ALMA (ESO/NAOJ/NRAO); the EVN; the EAVN Collaboration; VLBA (NRAO); the GMVA; the Hubble Space Telescope; the Neil Gehrels Swift Observatory; the Chandra X-ray Observatory; the Nuclear Spectroscopic Telescope Array; the Fermi-LAT Collaboration; the H.E.S.S collaboration; the MAGIC collaboration; the VERITAS collaboration; NASA, ESA and ESO; NASA/GSFC/SVS/M.Subbarao & NASA/CXC/SAO/A.Jubett)

「穏やかな川の流れ」のようだったジェット

この画像からわかったことは大きく二つある。一つはジェットの状態。M87銀河は明るいジェットを出す活動銀河核として知られ、長年にわたり様々な波長で観測されている。秦さんによれば「わかっている統計をまとめると、明るい爆発フェーズと暗いフェーズを行ったり来たりしている。半々か若干、暗い時期が多い」とのこと。今回観測したジェットは、強い噴出や爆発現象などは見られず「穏やかな状態だった」つまり暗い時期にあたる。

秦さんら研究者は2017年の観測で「(ブラックホール)中心部から明るいものが噴出し、外に向かって動いていく様子が見えるのではないか。もし大爆発を起こすような活発な時期に観測できたら非常に重要な手掛かりになる」と期待していた。M87の多波長観測は2017年のあと、2018年と2021年4月にも実施している。爆発フェーズの観測は新たな宿題となった。

東アジアVLBI観測網(EAVN)で撮影したM87ブラックホールから噴出するジェット。4月14日の記者会見で動画も見せて頂いたが、穏やかな川の流れのように見た目にはほとんど変化がなかった。ジェットの根元にはEHTで撮影された巨大ブラックホールがある。(提供:EHT Collaboration, EAVN Collaboration)

天文学の大問題—ガンマ線の謎

ガンマ線観測に使われたマジック望遠鏡。(提供:The MAGIC Collaboration)

そしてもう一つの大きな発見があった。それは、M87から放出される様々な電磁波のうち、ガンマ線がブラックホール近くでなく、ある程度離れたところ(ブラックホールの大きさの数十個から数百個程度下流)から出ていることがわかったことだ。

実は現在使われているガンマ線望遠鏡は視力が悪く(0.17~0.46)、単独の観測では発生源が突き止めにくかった。今回、視力のいい電波望遠鏡(数十万~300万)と同時に精密観測した結果を理論解析することによって、発生源を初めて突き止めることができた。

その結果は研究者を驚かせた。従来はガンマ線は電波と同じ領域から放射されると考えられていた。「この解析結果は絶対に(定説と)合わないと気づいてびっくりした。インパクトが大きい結果です」(工学院大学 学習支援センター、紀基樹さん)

理論解析に使われたスーパーコンピュータ「アテルイII」。(提供:国立天文台)

ガンマ線が注目されるのには理由がある。ガンマ線は電磁波の中で一番エネルギーが高い。こんなにとてつもなく高い極限のエネルギーの電磁波をどうやって作り出すことができるのかは、天文学の中でも「未解決の大問題の一つ」という。ガンマ線の発生源の有力候補が、巨大ブラックホールが作るジェットだった。

「ガンマ線のように非常にエネルギーが高い電磁波を作り出すには、ブラックホールのすぐ近くでブラックホールのエネルギーを利用して作る必要があるだろう。つまりブラックホールのリングと同じような場所から発せられているのではないかと予想されていた」(秦さん)

従来の定説を大きく覆す結果が出たのが、今回の驚くべきポイントだ。なら、どうやってガンマ線が作り出されるのか? 謎は残り、今後の観測や理論研究に委ねられることになる。

さらに大規模な観測でブラックホール+ジェットの謎に迫る

ブラックホールジェットの観測で威力を発揮する東アジアVLBI観測網。日本の望遠鏡が多数参加している。 (提供:The EAVN Collaboration,Reto Stockli, NASA Earth Observatory)

2018年以後、新型コロナウイルスの感染拡大の影響で観測できない時期が続いたが、3年ぶりに2021年4月、イベント・ホライズン・テレスコープ(EHT)は観測を再開した。同時に国立天文台水沢VLBI観測所など日本や中国・韓国も参加する東アジアVLBI観測網(EAVN)やガンマ線望遠鏡を含む多波長望遠鏡もいっせいにM87を観測。EHTは2017年の8台から3台増え、EAVNには山口県やタイなどの望遠鏡も参加しネットワークを拡張中だ。

視力のよくないガンマ線望遠鏡については、希望の星となるのが現在建設中の望遠鏡群CTA(Cherenkov Telescope Array)。スペインのラ・パルマとチリのパラナルに展開される予定の約100基の望遠鏡群だ。現在運用されている地上の望遠鏡よりも一桁感度がよく、分解能も2倍向上。M87のガンマ線がどこから放射されているか詳細に突き止めることができるだろう。2020年代半ばの観測参加が期待されている。

「今回の発表は2017年4月に撮影されたM87の一瞬の状態をとらえたもの。2018年、2021年も観測している。時期が違う状態を多波長で見ると見たことがないものが見えてくる可能性がある。ひょっとしたらブラックホールが活発かもしれない。新たなデータを早く見てみたい」秦さんは興奮を隠さない。

会見が行われた2021年4月14日は大規模な観測が行われている最中であり「天文学の大きなお祭り」と秦さんは表現する。今回の成果発表について、研究総括を担う世界3人の研究者の一人として760名をとりまとめた秦さんは、当初「まとまりきるだろうか」と心配した苦労を吐露。観測から4年経って成果を発表することができて「ほっとしている」と語る。

観測の仕方も仕事の進め方も異なる世界の研究者が、ブラックホールの謎を解き明かすという一つの目標に向かってタッグを組む。その過程も含めて注目してきたい地球規模・宇宙規模のプロジェクトだ。

M87ブラックホールに耳をすます南米チリのアルマ望遠鏡。(提供:ESO/NAOJ/NRAO)
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