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ライター 林 公代 Kimiyo Hayashiライター 林 公代 Kimiyo Hayashi

11年ぶりに進化「ジオ・コスモス」で何を見せる?日本科学未来館の挑戦

2022年4月19日、11年ぶりに進化、点灯された日本科学未来館のシンボル展示「ジオ・コスモス」と浅川智恵子館長。

「今、地球で何が起きているのかを人の視点で見て欲しい。環境問題やダイバーシティなどの状況が時間の流れの中でどう変わっていくか。地球温暖化の問題であれば、日々の努力によって地球が少し美しくなってきたとか、逆であれば『何とかしなければいけない』と来館者が感じられるようなコンテンツにしていければ」

2022年4月19日、東京・お台場にある日本科学未来館で、11年ぶりに生まれ変わったシンボル展示「ジオ・コスモス」点灯式で浅川智恵子館長は語った。

ジオ・コスモスは日本科学未来館が開館した2001年7月、当時の館長、毛利衛氏の「宇宙から見た地球の姿を多くの人と共有したい」との思いから生まれた。直径約6mの世界初の「地球ディスプレイ」だ。当時はまだ希少だったLEDパネルを採用(解像度は100万画素)。10年後の2011年、有機ELパネルを使いリニューアルし、画素数は1000万画素に。「東日本大震災で生じた津波が地球全体に広がる様子など、球体だからこそできる表現方法を追求してきた」(浅川館長)。それから約10年。最新のLEDパネルと映像システムを導入。より明るく、鮮やかな映像表現が可能になった進化版ジオ・コスモスが点灯した。

具体的にどんな点が進化したのか。同館の瀬口慎人氏より説明があった。

「これまでジオ・コスモスで解像度の拡大は十分行ってきたが、多彩な表現活動について足りないものが二つあった。一つは『質感』。のっぺりとした絵では実感が伴わない。もう一つは『表現力』。この2点に注力して改修を行ってきた」

質感と表現力をアップするために、5つのポイントを改良した。
①より明るく。従来は600カンデラで運用していたが、最大1500カンデラ(運用では1200カンデラ)と約2倍に。日中でも見やすくなった。
②より鮮明に。HDR(ハイダイナミックレンジ)対応で暗部のディテールを保ったまま、ハイライト部分は輝くようなみずみずしい映像表現ができるように。
③より色鮮やかに。色の表現範囲が抑制され、特に青色の表現が苦手だった。細かなグラデーションも色鮮やかに表現できるように改良。
④より滑らかに。動画1秒あたりのフレーム数を約2倍に向上(30fpsを59.94fpsに)。流れる雲の映像がより滑らかに。
⑤より素早く。外部の映像信号を表示するまでの時間を短縮し、インタラクティブな表現への対応力が向上した。

ジオ・コスモスは、10362枚のLEDパネルでリアルな地球の姿を映し出す。青々とした水をたたえた惑星上で生まれた雲が変幻自在に形を変え、発達していく様は、さながら地球そのものが一つの生命体のようにも見える。肝はこの雲の画像がCGではなく、多数の人工衛星が宇宙から観測した、「本物の雲画像」だということ。しかもそのデータは日々アップデートされている。ウィスコンシン大学SSEC(宇宙科学工学センター)と日本科学未来館が、どんなデータを提供してもらうかについて協議を重ね、毎日SSECから新しいデータを受信しているのだ。

ジオ・コスモスは直径約6mの巨大な球体ディスプレイで、10362枚のLEDパネルから構成される。雲の映像はウィスコンシン大学SSECから毎日送られてくるデータから90日分を動画にしたもの。

SSECでは10機以上の気象衛星や地球観測衛星などの観測データを合成、全球の雲画像24枚を毎日、未来館に送る。従来のジオ・コスモスは最近の90日分の雲の動きを8分半の動画にまとめて投影していた(最新データは約2日前に撮影されたもの)。それに加えて、新生ジオ・コスモスではSSECから雲頂高度データ(雲の高さを表す数値データ)を送ってもらい、雲の立体感を得られるようになった。

リアルさの追求は雲だけではない。ベースマップとなる世界地図について、従来は衛星観測をもとに作成された1枚の全球画像を使っていた。つまり季節変化はなし。今回は、NASAのBlue Marble Next Generationの各月の画像や別の科学データをもとに、極域の氷や海の色など微妙な季節変化も追加。「氷床が冬は伸び、夏はなくなる。季節によって地球の様子も変わっていく」(瀬口氏)。このあたりも是非注目して欲しいポイントだ。

どんなコンテンツを? 7月に公開予定

刻一刻と変化するリアルな地球は見飽きることがない。ぜひ今の地球と向き合ってほしい。

よりリアルに、よりみずみずしくなった「命の地球」と対峙できる新生ジオ・コスモス。今後、どんなコンテンツが投影されるのだろう。人工衛星の進化はめざましく、環境問題をはじめとする様々なデータを詳細に、広域に取得できるようになった。一方、今、地球では課題が山積している。分断、戦争、環境問題、人口爆発、食糧危機‥これらの課題に宇宙からの視点はどんなヒントを与えてくれるのだろうか。担当の瀬口さんと浅川館長に尋ねた。

「まずは、ありのままの地球を見てもらいたい。次のコンテンツの制作については、7月頃に出そうと計画中で今動いているところです。内容については、地球全体で起きている様々な課題を、人の視点から見つめるきっかけとなるようなコンテンツも考えている」(瀬口氏)

「これからの日本科学未来館は、人の視点から地球を、宇宙を見ていく。人を中心に様々なコンテンツや映像を作っていきたいと考えている。分断、平和、地球温暖化、ダイバーシティの問題なども取り上げていきたい」(浅川館長)

浅川氏は2021年4月に館長に就任。就任時に発表した「Miraikanビジョン2030」では「月を超えて火星へ。人生は100年へ。人もロボットも街もかしこく。地球はずっと美しく」という4つのテーマを提示。「これらのテーマをこれからの未来館は追求していきたい。一日も早く具体的な活動や展示を示していけるよう、スタッフ一丸となって頑張りたい」と熱を込めた。

違いに左右されない社会の実現へ—未来館を実験場に

浅川館長らがIBM時代から開発し、未来館で今年から体験会を行う予定のAIスーツケースを囲んで。AIスーツケースは目的地をスマホアプリで指示するとナビゲーションしてくれるナビゲーションロボット。障害物の認識・回避や、展示の音声での解説も可能。(提供:日本科学未来館)

新生ジオ・コスモスの点灯式が行われた同じ日、日本科学未来館は新たな挑戦を発表した。それが「日本科学未来館アクセシビリティラボ」だ。浅川智恵子館長が提唱する、障害や年齢、国籍といった違いに左右されることのない、インクルーシブな未来社会の実現を目指した取り組みのひとつである。具体的には障害者の未来の生活を支える技術の研究開発を、外部の研究機関と共同で進める研究室を館内に設けた。メンバーには日本IBMが参加。今後はAIやロボティクスの技術を持った企業などの参加を募り、視覚障害者が街を自由に移動し、情報を認識し、街で自立して生活するための技術の研究開発を共同で進めていく。

ユニークなのは、未来館の展示フロアを実証実験の場として活用すること。視覚障害者が一人で移動するためのナビゲーションロボット「AIスーツケース」を今年、館内での体験会に活用するなど本格的な活動をスタートさせる。

浅川館長は「アクセシビリティ、つまり障害者支援の研究開発で日本は遅れている。研究論文の数でも欧米がダントツであり、日本は本当に少ない。日本はこれから超高齢社会を迎えます。アクセシビリティの技術はあらゆるニーズにつながり、活性化していかないといけない。重要であると伝えたい」とプロジェクトの目的を語る。

強調したのが、社会実装への取り組み。「研究開発と社会実装は車の両輪だというのが私の信念です。ところが、新しい技術を社会に実装することがすごく大変です。人々が(技術の内容や目的を)知らなければ『あれはなんだろう』と感じてしまうようです。たとえば様々なセンサーが街中にあることに対する抵抗感がすごく大きい。『社会実装の壁』があるのが現実です」

だからこそ日本科学未来館という「実験場があること」の意味は大きいという。「企業や研究機関と研究するだけでなく、未来館という実験場をつないで社会実装を促進する。まずは事例を作って徐々に世の中を変えていきたい。それができることがここの強みだと思っています」

副館長兼研究推進室長の高木啓伸氏は、アクセシビリティラボの他に、インクルーシブな社会の実現に向けて、日々行われている活動について教えてくれた。未来館では年齢や性別、障害の有無に関わらずすべての人に開かれた公共のミュージアムとして、施設や展示体験・コミュニケーションにおけるアクセシビリティ向上に取り組むプロジェクトを進めている。

たとえば、科学コミュニケーターが特別支援学校の先生方と相談しながら、複数回の授業を学校に直接出向いて行うなど、障害について、またコミュニケーションの手法について知見を深めている。

「様々な障害、例えば聴覚障害や視覚障害、広汎性発達障害がある来館者をいかにお迎えして説明していくのか、スタッフが日々試行錯誤し改善をしている。今後は『触って喋る展示』を拡充していく。インタラクティブに情報を提示するものや、五感を使った展示の研究開発を進めていく」(高木氏)。未来館の展示手法の進化もウォッチしていきたい。

新展示「セカイは微生物に満ちている」では視覚に障害のある方も展示を楽しめる工夫を取り入れた。シリコンで出力した細菌、入口から出口までの経路を触って理解できる展示エリアの模型を示した浅川館長は「今後は触りつつ音声情報と合わせてより展示が理解できるようにしていきたい」と語る。

なぜ「心の垣根」が存在するのか

浅川館長は子供の頃の事故が原因で、中学生で両目の視力を失った。「夢を持ってあきらめなければ道は開ける、不可能は可能になる」をモットーに挑戦を続け、日本IBMの研究者として音声ウェブブラウザ「IBMホームページリーダー」を開発。視覚障害者の課題解決に取り組んできた。現在も米カーネギー大学客員教授を務める浅川館長に、日本における障害者と周囲の間の「心の垣根」について尋ねた。

「日本は統合教育が進んでおらず、障害者と接する機会が少ない。知っていれば理解できることが、社会に出て初めて出会うととまどってしまう。一方、アメリカでは統合教育が基本であり、障害を持った多様な人がいるのは当たり前という感覚です」。まず教育の課題にふれ、次に社会実装についても言及した。「社会実装の壁が日本で大きいのは、何かあった時に誰が責任をとるのかという問題。サービス精神が高いばかりに、自己責任でリスクをとるという点において、ボーダーが高い気がします」。

そんな現状をふまえ、解決に向けできることとして、「未来館の活動で触れる展示を増やし、『なんでこんなものがあるのかな』と子供たちに考えてもらうきっかけになれば」と語る。そして「ジオ・コスモスでもインクルーシブな社会に向けての営みが、1年後にどれだけ進んだか表していけるといい。夢はいくらでも語れますが一歩ずつ進めていきたい」

テクノロジーを研究開発すること、それを社会に実装していくこと、そしてあらゆる人々が垣根を越えてつながり、ともに未来を作ること。人の視点で地球を、宇宙を見つめる。ジオ・コスモスを含めた日本科学未来館の取り組みとビジョンを聞いて、共感するとともに期待が大きく膨らんでいる。

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