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ライター 林 公代 Kimiyo Hayashiライター 林 公代 Kimiyo Hayashi

宇宙を快適空間に
—初の民間宇宙飛行で行われた日本唯一の実験

4月9日午前0時17分(日本時間)、4人の民間飛行士を乗せてISSに向け打ち上げられたクルードラゴン。Axiom Spaceによる初のミッションとなった。(提供:SpaceX CC BY-NC 2.0)

また宇宙飛行の新たなページが開かれた。4月9日午前0時17分(日本時間)、4人の民間宇宙飛行士を乗せたクルードラゴンが打ち上げられ、同日21時29分にISS(国際宇宙ステーション)に到着。このミッションは米国の企業Axiom Spaceによるもので、「Ax-1」と呼ばれる。コマンダーは同社副社長で、4回の宇宙飛行経験(うち1回はISS長期滞在を含む)をもつ元NASAのベテラン飛行士、マイケル・ロペスアレグリア氏。そして米国、カナダ、イスラエルの投資家らが搭乗している。旅行代金は一人当たり5500万ドルと推定されている。

発射前、クルードラゴンの中の民間飛行士たち。左からマーク・パシー(カナダ人)、ラリー・コーナー(アメリカ人)、マイケル・ロペスアレグリア(アメリカ人)、エイタン・スティッベ(イスラエル初の民間宇宙飛行士)。(提供:SpaceX CC BY-NC 2.0)

ISSへの宇宙旅行はソユーズ宇宙船で既に10回行われているが、往復のソユーズ宇宙船の操縦はロシア人のプロ宇宙飛行士が担っており、宇宙旅行客は各回1~2名に留まっていた。一方、Ax-1ミッションに参加した4人は全員民間人である。その意味で、ISSへの民間人だけによる世界初の宇宙飛行と言える。そして、このミッションは単なる宇宙旅行とは異なる目的がある。Axiom Space社は2024年頃、ISSに商業モジュールをドッキング、徐々に拡張していき、将来的にはISSから分離させ、独立した民間商業ステーションを構築する計画をもつ。そのため、今回のAx-1ミッションは、彼らの商業ステーション実現への「重要な一歩」と位置付けられているのだ。

4人のクルーは10日間の宇宙飛行中、25以上の科学実験を100時間以上かけて実施する計画だ。彼らはNASAの訓練フローに従って700~1000時間もの訓練を受けた、初の民間飛行士たちである。2020年2月に書籍の取材で米国テキサス州ヒューストンにあるNASAジョンソン宇宙センターを訪問した際、宇宙飛行士訓練施設でISS実物大模型を案内して下さった副施設長さんが「ISSを訪問する民間の宇宙飛行士たちの訓練もここ(NASA)で行うことになって、大忙しだよ。でも宇宙開発のヴァラエティが広がるのはいいことだよね」と言っていた。それがついに実現したのだ!

NASAジョンソン宇宙センターにあるISS実物大模型で訓練を受けるAx-1のクルーたち。(提供:Axiom Space CC BY-NC 2.0

民間飛行では実験もユニークなものが多い。例えば飛行4日目、カナダ人ミッションスペシャリスト、マーク・パシーはISSから初となる双方向のホロポーテーションに成功したと発表されている。またMITメディアラボの実験(TESSERAE)では平らに梱包されて打ち上げられたタイルを起動すると、自律的に組み立てを始め、自己組織化されたロボット群を形成する。宇宙空間で様々な構造物を作ることを目的としているそう。

そして、Ax-1では日本の実験も一つ実施されている。「空気浄化の技術実証実験」だ。有人宇宙システム株式会社(JAMSS)、東京理科大学、東京農工大学の共同研究だ。なぜ実施に至ったのか?狙いは?どんな実験なのか?JAMSSでこの研究を担当する佐藤巨光さんに伺った。

日本の研究者が効果を発見した「光触媒」を用いて空気をクリーンに

4月9日、Ax-1のクルーがISSに到着、ISSに滞在していた宇宙飛行士たちに歓迎された。(提供:NASA)

そもそも、なぜ宇宙空間で空気清浄の実験を?宇宙は広大だが、人が暮らすISSのような居住施設は基本的に閉鎖空間だ。ISSの外は真空の宇宙空間であり、窓を開けて換気することはできない。それどころか、小さな穴があけば船内の空気が減圧して命取りになる。そんな閉鎖空間で長い間暮らしているうち、呼気による二酸化炭素、腸で作られるメタン、尿や呼気、皮膚からでるアセトアルデヒドなど「臭い」の原因となる揮発性有機化合物(VOC)が蓄積されていく。

ISSは築20年以上経ち、初期に建設されたある実験棟は「体育会系の部室の匂いがする」と宇宙飛行士から聞いたことがある。民間宇宙旅行が始まり、より多くの人により快適に宇宙で生活してもらうために、場所を選ばずにおけるコンパクトな空気浄化装置が必要になるはずだ。その時に着目したのが光触媒。光を照射することで触媒作用を示し、VOC(揮発性有機化合物)などを水、二酸化炭素等に分解することができる。さらにシンプルな構造とメンテナンスフリーという特徴をもつ。JAMSSは光触媒で世界をリードする東京理科大と東京農工大と共同研究を進めた。

Ax-1クルーによってISSの米国実験棟に設置された光触媒空気浄化装置の技術実証機。1台あたり幅76mm、長さ130mm、高さ80mm、質量約500g。(提供:NASA/Axiom Space)

JAMSSはISSの日本実験棟「きぼう」の運用管制や宇宙飛行士訓練、「きぼう」を使った宇宙実験のプラン立案から実現までをサポートするなど日本の有人宇宙開発で長年の実績と経験をもつ。日本国内でAx-1で実験を行ったのはこの1件だけ。どうやって実施に至ったのだろうか?

「Axiom SpaceとJAMSSは2017年にMOUを締結。LEO(地球低軌道)商業化や商業宇宙ステーション時代の協力を長年協議してきました。今回のAx-1への装置搭載はLEO商業化に関わる協力関係の一環として行うものです。Ax-1以降の民間宇宙飛行ミッションや、ISSに設置する商業モジュールでの事業などでのコラボも協力しています」(JAMSS佐藤巨光さん、以下同様)とのこと。

気になるのは、JAXAに提案して行う従来の宇宙実験との違いだ。具体的には実施までの期間やコストについて聞いてみた。「(Axiom Spaceとの)契約から実験装置打ち上げまで半年程度でした。一方、宇宙機関による実験では公募からミッション実現まで年単位でかかることもあります。Axiom担当者が全面的に支援してくれたこともあり、NASA審査に必要なやりとりは容易でした。一方、商業ミッションのため打ち上げ費用やクルータイム(民間飛行士の作業時間)などにコストがかかっています」

民間企業ならではのメリットはなんでしょう?
「手続きがシンプルで、短期間で実現できること。ISS搭載の安全性などの要件を満たす必要はありますが、顧客がやりたいことが迅速かつ柔軟に実施できるのが民間ミッションと言えます」

なるほど。実験の計画や今後について教えて下さい。
「今回2台の装置を打ち上げました。1台は光触媒の効果があるもの。もう1台は比較用に光触媒の効果がないものです。1か月程度ISS内で運転を行い、2台の装置内部に設置した吸着剤を地上に持ち帰って質量分析を行い、VOC量を比較します。光触媒効果が十分に働けば、VOCの値に違いが出るはずです。実証結果を反映し、改良を加えた後にISSや今後の商業宇宙ステーションの居住環境向上のために活用することを考えています」

Axiom Spaceが2024年から建設を始める商業ステーションのイメージ図。(提供:Axiom Space)

商業ステーションへの期待は?「利用の多様化です。研究開発以外にエンターテインメントの要素など、宇宙環境を生かした活動が活発になることを期待しています」

Ax-1の4人の民間飛行士たちは4月21日以降の帰還を予定している。さらに次のミッションAx-2は2022年秋から2023年春頃行われることをNASAが発表している。コマンダーはNASAの元ベテラン飛行士で現在Axiom Space有人宇宙飛行部門ディレクターであるペギー・ウィットソン氏(NASA女性飛行士の宇宙滞在最長記録(376日)保持者)。2度のISS長期滞在経験があり、2度目はISSコマンダーとして2008年3月の「きぼう」船内保管室取り付けを率いた。仕事が早すぎることで知られる超やり手の宇宙飛行士だ。彼女がどんな民間宇宙ミッションを率いて、熟知したISSを再訪するのか。その姿を見るのが今から楽しみである。

商業宇宙ステーションを計画しているのはAxiom Spaceだけではなく、複数の計画がある。そして中国も独自の宇宙ステーションを年内に完成させる予定だ。宇宙を様々な人が幅広い用途で活用する宇宙時代、宇宙の視点が地球社会の平和に資することを願ってやまない。

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