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ライター 林 公代 Kimiyo Hayashiライター 林 公代 Kimiyo Hayashi

打ち上げ待つ「だいち3号」
—解像度3倍×広域観測で災害に対応

2022年9月、三菱電機鎌倉製作所で公開された先進光学衛星「だいち3号」。衛星上部に「広域・高分解能センサ」を搭載、0.8mの分解能と観測幅70kmを実現。衛星前左はJAXAプロジェクトマネージャ匂坂雅一氏、右は三菱電機、大野新樹氏。

高さ5m×奥行3.6m、太陽電池パドルを広げた時の幅16.5m。質量約3トン。最近は超小型衛星の取材が多いから、こんなに大きな衛星と対峙するのは久しぶりだ。その大型衛星とは、三菱電機鎌倉製作所で9月22日に記者公開された、先進光学衛星「だいち3号」。

「だいち3号」公開前に、衛星内部などについて説明があった。

近年は各地で自然災害がふえ、甚大な被害をもたらしている。2006年に初号機が打ち上げられたJAXAの「だいち」シリーズは、災害の監視や状況把握、地理空間情報の整備・更新などを目的とした地球観測衛星だ。観測手段は光学センサやレーダセンサ(SAR)。初代「だいち」(光学センサ、レーダセンサを搭載)は2006年に打ち上げられ、2011年に運用を終了した。東日本大震災(2011年3月)では緊急観測を実施し、国や地方自治体などに情報を提供、被害状況の把握や災害対応計画の立案に貢献した。「だいち2号」はレーダセンサを搭載し2014年に打ち上げられ、水害の状況把握や全国の地殻変動の監視などに活用されている。

(提供:JAXA先進光学衛星「だいち3号」ミッション概要説明資料より)

レーダセンサは昼夜天候を問わず観測できる一方、一目ですぐわかる絵を作ることが難しい。一方、光学センサは雲があるときや夜間は観測できないが、人間の目と同じように画像から直感的に情報が得られるという利点がある。2つのセンサを相補的に使うことで、被災地の状況をより確実に把握できる。だが光学衛星は初代「だいち」が運用終了した2011年以来、打ち上げられていない。「防災関係者から後続衛星がずっと要望されていた」とJAXA「だいち3号」プロジェクトマネージャ匂坂雅一氏は語る。

分解能は3倍に。観測幅は広く。パワーアップした「だいち3号」

JAXA筑波宇宙センターを撮影した画像。左が初代「だいち」(2.5m分解能)。右が「だいち3号」(0.8m分解能シミュレーション画像)で車1台1台が識別できる。(提供:JAXA)

光学画像については海外の衛星に頼らざるを得ない状況の中、ようやく約10年ぶりに光学センサを搭載した「だいち3号」が打ち上げられる。防災関係者のニーズを受け、3号は初代から大きくパワーアップしている。たとえば細かなところまで見分ける能力である「分解能」。初代「だいち」は2.5mだった。「当時はよかったが現状では厳しい。防災関係者からは1m以下の分解能が欲しいという要望がある」(匂坂氏)。建物の倒壊や道路が通行可能か否かを識別するには高い分解能が必要だ。そしてもう一つの要望が「観測幅」だった。災害発生時は広い範囲全体を迅速に観測することが望ましい。たとえば南海トラフ巨大地震や津波を想定すると、最低でも50kmの観測幅がほしいと。

そこで、「だいち3号」は分解能0.8mを実現。初代に比べて約3倍の分解能を達成したことになる。駐車場に何台の車が停まっているかを識別できる。さらに高分解能をもちながら、観測幅70kmを達成した。海外の商用観測衛星(光学)の観測幅はおおむね10kmとされ、これほどの広い視野と高分解能を両立する光学衛星は世界的にもまれだという。

さらに観測波長帯は初代「だいち」の4つから6つに。沿岸域の観測や、マツ枯れなどの植物の健康状態の把握など、さらに幅広い分野での活用が可能となる。

広域×高分解能をどうやって実現したのか

ではどうやって、高分解能と広域性の両方を実現したのか。肝は新規開発した「広域・高分解能センサ」だ。4枚の鏡をもつセンサで、鏡(1次鏡)を大きくして光をたくさん集めた(1次鏡は幅約1m。有効開口径比は初代の2倍)。さらに4枚鏡にすることで焦点距離を長く(初代比3倍)とりながら、2割の小型化に成功した。衛星の中に大きな望遠鏡があるとイメージしてもらえばわかりやすいかもしれない。望遠鏡のように焦点距離を筒状に長くのばすと、ロケットに搭載できない。4枚の鏡を使って光を反射させることで、コンパクトでありながら長い焦点距離を実現した。

初代「だいち」は3枚鏡だった。一般的に光学地球観測衛星には、3枚鏡が採用されているという。4枚にすると技術的難易度は上がる。4枚の鏡の位置関係がずれないようにするのが難しい。鏡の位置が1ミリずれると集光しなくなってしまうのだ。ところが宇宙空間では太陽光が当たる時と当たらない時の温度幅が非常に大きい。温度差によって鏡の位置関係がずれないようにCFRPを用いてナノオーダーのコントロールを実現している。

2019年9月に行われた「広域・高分解能センサ」の真空試験の様子。(提供:JAXA)
真空試験中の「広域・高分解能センサ」を横から見たところ。画像左上に1次鏡、その下に3次鏡、右側に2次鏡と4次鏡がある。(提供:JAXA)

衛星は観測して終わりではない。観測データを保存し、地上に送るまでが仕事だ。高分解能で観測幅が広いという事は、とてつもない観測データを取得しているということ。そのデータ量は約1テラバイト。地上ではテレビのハードディスクなど一般家庭でも使われている容量だが、放射線が飛び交う宇宙環境では機器が影響を受けるため、保存には高度な技術が必要になる。

そして地上への通信では、保存した大量のデータを速やかにおろさなければならない。新たに開発したのがKa帯の周波数による通信。X帯伝送系(約0.8Gbps)の2.2倍の伝送レート(1.8Gbps)を実現する。また、JAXAが2020年に打ち上げた光データ中継衛星(静止衛星)を経由し、レーザ光による光衛星間通信も実施する。これにより、通信時間は約4倍に増やすことが可能だという。

H3初号機で打ち上げ—不安はない

高度約669kmを飛行する「だいち3号」イメージ図。H3ロケット試験機1号機で2022年度中の打ち上げをめざす。(提供:JAXA)

性能が大幅にアップし、運用が待たれる「だいち3号」。打ち上げるのはH3ロケット試験機1号機だ。当初の予定から2年遅れたが、その影響や打ち上げに対する不安、期待について匂坂プロマネに尋ねた。

「打ち上げが2年遅れた間に大きな災害がいくつもあり、データが提供できなかったことに対して、申し訳なく思っている。逆に『頑張ってください』と応援してくださる方もいて、本当にありがたい。実は私は以前、ロケット開発を担当していました。JAXAではロケットの1号機は成功しているという実績があります。H3ロケットを開発しているのは、よく知っている仲間たち。一生懸命やっているので不安はない。信頼して任せられます」

大型衛星だからこそ、できること

最近は衛星の小型化・高性能化が進み、たくさんの衛星で頻度高く観測する「コンステレーション」が時代の潮流とも言える。一方、「だいち3号」は大型で高性能な衛星。災害が発生してから24時間以内に観測可能だが、現状の大型光学衛星1機では次の観測まで時間があく。大型衛星ならではの強みはなんだろう?

まずはこの記事で説明した通り、一度で広域×高分解能観測データが大量にとれること。0.8mの分解能×幅70kmを1周回(約98分)で4000km(東京からパプアニューギニアあたりまで)にわたって観測できるのは大型衛星ならでは。

匂坂プロマネは位置の決定精度をあげた。「『だいち3号』は位置の決定精度が高く保てるように設計している。小型衛星では(位置決定精度が)弱い可能性もあるので、参照用に使ってもらえれば。ただし大型衛星一機で1日何回も同じ場所を観測するのは無理。そこでまず大型衛星で問題の箇所を突き止め、小型衛星で頻度高く集中的にその場所を観測するという連携をとるなど、色々な使い方ができるのではないか」とのこと。

「防災やハザードマップ作りなど『災害からいかに守るか』にぜひ「だいち3号」を活用してもらいたい。『こういう効果があって助かった』と防災関係者の方から声をかけてもらえるのがやってよかったと思える瞬間です」(匂坂氏)。

災害時に観測データを活用するためには、平時に蓄積しておいた観測データとの比較が重要だ。まずはH3ロケットで飛び立ち、「だいち3号」が宇宙で仕事を始められる状態になりますように。

衛星上部に「広域・高分解能センサ」、下部の衛星バス部には地上にデータを送るアンテナ類(X帯アンテナ1個、その下にKa帯アンテナ2個)が見える。この面が地球を向いて観測する。
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