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ライター 林 公代 Kimiyo Hayashiライター 林 公代 Kimiyo Hayashi

「全人類に宇宙を開く」プロ&民間飛行士がSPACETIDEで熱く議論

7月8日、「次の10年の人類の活動圏拡大」をテーマに議論した山崎直子宇宙飛行士(右から2人目)、ニコリーナ・エルリック飛行士(同3人目)、トマ・ペスケ飛行士(同4人目)、モデレーターを務めたSPACETIDE理事兼CSOの佐藤将史氏(左から2人目)

今年10周年を迎えた国際会議SPACETIDE 2025。35の国と地域から1800人以上が7月8~10日、東京に集結。宇宙開発・宇宙ビジネスのキーパーソンが東京に白熱した議論を展開した。今回紹介するのは7月8日に行われたプロ&民間宇宙飛行士によるトーク。民間飛行士は何を求めて宇宙に行くのか、あらゆる人が宇宙に行くために政府や民間ができることは何か。宇宙が私たちにもたらすものは? など、とても刺激的なディスカッションだった。

登壇したのは、山崎直子宇宙飛行士、ブルーオリジンの宇宙船で2024年8月に宇宙旅行したニコリーナ・エルリック(Nicolina Erlick)飛行士、そして2度の宇宙飛行経験があるESA(欧州宇宙機関)のトマ・ペスケ(Thomas Pesquet)飛行士だ。

宇宙飛行士の定義とは?

ニコリーナ・エルリック氏はスコットランド人初の宇宙飛行士で、シンガポールに帰化。シンガポールの国旗を宇宙にもっていった。

宇宙は急速に開かれつつある。2021年より前に宇宙に行った民間人はわずかのべ8人。ところが宇宙旅行元年と呼ばれた2021年以降、民間宇宙飛行士はのべ約150人にのぼる。2021年、そして2024年に宇宙に到達した人を比べるとプロフェッショナル宇宙飛行士よりも民間の宇宙飛行士の数が上回った。そして今年も。民間宇宙飛行の勢いは止まらない。

ただ、11分間の宇宙飛行を体験した起業家・投資家、そしてがんサバイバーでもあるニコリーナさんは「批判もたびたび受ける」という。世間では民間宇宙飛行士が単に娯楽のために宇宙に行っていると思われがちだが、彼女はそうではないと反論する。

投資やブランディングが目的であり、そのために10年以上にわたり、準備してきたのだと。

「ウェブスターやコリンズ英語辞典には、宇宙飛行士に『何分間飛行した』とか『どこまで到達した』という定義はない。ただ宇宙に行くというだけ。だから私は誇りをもって自分のことを宇宙飛行士と呼ぶ」と語る。

宇宙飛行士の定義について明確に説明したのが、山崎直子宇宙飛行士だ。「1960年代後半に宇宙条約が発効された時代には、国家による有人宇宙飛行のみが行われ、その後、商業飛行がこれほど活発化するとは想定していませんでした。ニコリーナさんは拡大する宇宙飛行士の象徴のような存在です。(そうした時代の流れを受けて)、3年前(オランダにある国際シンクタンク)ハーグ研究所が、ワシントンコンパクト(商業宇宙活動の行動規範に関する原則)をまとめました。これは宇宙条約の考え方を商業的な宇宙活動に拡大したもの。私たちは、人類の活動領域拡大のために、共に宇宙飛行士として協力していきます」と政府と民間の飛行士が協力する重要性を訴えた。

ワシントンコンパクトを調べてみると、人類の宇宙進出は「政府および非政府機関の宇宙飛行士によって推進される」と明記され、次世代の若手起業家などを鼓舞する「宇宙文化の創造」まで言及している。国連の新たな条約を作るには全会一致が必要で事実上困難だが、ワシントンコンパクトは多数の宇宙関係者が署名賛同することで、ソフトローとしての役割が期待されている。

11分間の宇宙飛行がその後の人生を変えた

2024年8月29日、ブルーオリジンの宇宙船(NS-26)で宇宙飛行を実現したニコリーナ・エルリック宇宙飛行士。(提供:Blue Origin)

民間宇宙飛行士・ニコリーナ・エルリックさんは「たった11分の宇宙旅行が、その後の人生を変えた」と話す。

彼女が世界に発信した非常に強いメッセージの一つは、「がんサバイバーである」ということ。「健康上の問題から、私は政府機関から宇宙飛行士に選ばれることはないだろうが、商業飛行のおかげで宇宙に行く機会を得た。そして私は自分の限界を試すことができたのです」(ニコリーナさん)。

「いつか宇宙飛行ができるという目標がモチベーションとなり、精神的肉体的な健康に良い影響を与えるという行動科学研究にもつながる」。彼女はがんを克服し、現時点で再発もしていないそうだ。

そして彼女が目指すのが宇宙と地上の医療革命。「月や火星に行く際に病気になることもある。私たちはその時、どんな風に体や血液が反応するかを調べようとしています」

「私は661番目の宇宙飛行士ですが、商業宇宙飛行でさらに300人が飛び、彼らの血液検査やメンタルヘルスなど、より多くの検査を行えるようになれば、(月や火星への)宇宙飛行でどのようなことが起こるかという観点から、そして地球上の医療にとっても革命を起こす可能性がある。商業飛行ならそれが可能になる」と。

「すべての宇宙飛行士は、世界をよりよくするという目標のために宇宙に行くのです」。彼女はそう言って胸をはる。

障害を持った人を宇宙へ—ESAのパラアストロノートの取り組み

ESAのトマ・ペスケ宇宙飛行士は2度目の宇宙飛行中、東京オリンピックの閉会式でISSからサックス演奏を披露した(上の画像中央)。

多様な人を宇宙へ、という観点ではESA(欧州宇宙機関)のトマ・ペスケ飛行士の発言も特筆に値する。宇宙飛行士に求められる役割や資質が時代と共に変わり、選抜方法もそれに伴って変化してきたと説明。今後は「宇宙のストーリーを語ることができる人材」がより必要になると語り、ジャーナリストやアーティストの役割が大事になるとの発言も。

民間の役割については米企業Axiom Spaceの商業飛行がISS(国際宇宙ステーション)に果たした貢献について、次のように話した。「当初、Axiom Spaceのビジネスモデルは、億万長者が宇宙旅行のチケットを買うというものでした。でも今では、宇宙飛行士を輩出したことがない国や、宇宙開発を行ったことがない国の宇宙飛行士をISSに送りこんでいるのです。世界には200近い国があるのに宇宙飛行士を輩出している国はまだ限られている。大きな可能性を示しました」。

確かにISSに参加する国は15か国であり、商業宇宙飛行が始まる前は、ISSに宇宙飛行できる国は限られていた。それがAxiom SpaceなどがISSへの商業飛行を始めたことにより、サウジアラビアやインドなど、より多くの国の人たちに開放されたのだ。

そして、ペスケ飛行士はESAが体にハンディキャップを持っている人を宇宙に送る取り組みをしていることを紹介した(「Fly!」計画と呼ばれている)。2022年の宇宙飛行士選抜の際に、足に障害をもつ宇宙飛行士(パラアストロノート)であるジョン・マクフォール氏が選ばれた。「彼はまだ宇宙に行っていないが、どうしたら宇宙に行くことができるかを考えることは、非常にクリエイティブかつ挑戦的で、我々に多くのことをもたらしている」とペスケ飛行士は情熱をもって話す。

有人宇宙飛行の多様化が進んだ背景には、民間企業の躍進に加えて、政府機関の施策(商業軌道輸送サービスや商業宇宙ステーション計画などによる民間委託)の後押しもあった。今後も政府と民間企業のパートナーシップが重要ということで、登壇した宇宙飛行士たちの意見は一致した。

白熱した議論に山崎直子飛行士は「私の夢は宇宙飛行士だけでなく、宇宙エンジニア、研究者、宇宙料理人、宇宙農業家、宇宙教師などすべての人が宇宙で活躍し、宇宙を身近に感じられるようにすること。私たちはとてもエキサイティングな時代に生きています」と締めくくった。

山崎直子飛行士は代表理事を務める一般社団法人スペースポートジャパンの取り組みについても説明。「都市計画や建設会社など宇宙に関わってこなかった人たちも関わり、地域経済活性化につながる」と話した。

モデレーターを担ったSPACETIDEの佐藤将史氏は「ニコリーナの話を聞いて(前澤友作氏が進めていた、アーティストによる月周回飛行)『Dear Moon』プロジェクトを実現してほしかったと改めて思った。世界に対して価値観を変える発信をアーティストにしてほしかった。そうした国際的な活動をする民間人が日本から出てもらえたら」と話してくれた。

パラアストロノートは宇宙に行けるのか

グループインタビューでどんな質問にも真摯に答えて下さったESAのトマ・ペスケ宇宙飛行士。

SPACETIDE 2025で宇宙飛行士たちが議論した翌日、トマ・ペスケ飛行士へのグループインタビューの機会を頂いた。そこでFly!計画について詳しく聞いてみた。

ペスケ飛行士によると、「Fly!計画は障害を持つ人たちを宇宙に連れていくことを目的としていたが、障害と一口に行ってもその範囲は幅広い。どんな種類の障害を持つ人なら宇宙飛行が可能なのかを徹底的に調べる期間があり、パラリンピックの事例も参考にした」という。その結果選ばれたジョン・マクフォール氏は、19歳の時に事故で右足を切断、下肢障害をもっていた。

次のステップとしてマクフォール飛行士をISSに送ることが可能かどうかについて、詳細な実験や調査が行われたとのこと。「ISSのハードウェア、手順、医療サポート、宇宙服などあらゆる側面が検討された結果、ジョンは宇宙に行く医学的な資格を完全に満たしていると判断された」とペスケ飛行士は言う。

「ではいつ頃行けそうですか?」と聞くと、今年の11月に、マクフォール氏をはじめとするパラアスリートが宇宙に行けるかどうかの選択肢が、議論されるとのこと。ただし、実際にマクフォール飛行士がISSに行くにはNASAの支援が必要であり、NASAの予算削減など状況が変化しているため、不透明な部分もあるとのこと。

義足付けた状態で無重力飛行を行うESAのジョン・マクフォール宇宙飛行士。(提供:ESA/Novespace)

まずは、マクフォール飛行士が実際に宇宙に飛ぶことを期待したい。成功すれば、他の種類の障害を持つ人に宇宙の扉が開かれていく可能性もあるそうだ。宇宙を全人類に開く。その目標に向かうための議論や取り組みを聞き、大きな希望を感じた。

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