「いぶきGW」H-IIA最終号機で宇宙へ。私たちの生活にどう貢献する?
6月29日午前1時33分、「いぶきGW」(GOSAT-GW)を搭載したH-IIAロケット50号機が、種子島宇宙センターから打ち上げられた。
DSPACE取材班は、種子島宇宙センターから6.3kmの距離にある長谷公園にいた。南種子町指定のロケット打ち上げ見学場の中で最大の広さがある長谷公園には、全国からたくさんのファンが集まるだろうと考えたのだ。みんなで打ち上げの感動を共有したいと。
現地には、想像を超える人たちが集まっていた。打ち上げ予定時刻の2時間半前の28日23時に到着するも、既に駐車場は満車。少し離れた有料パーキングに何とか駐車することができた。(後日、南種子役場に聞いたところによると、当日、長谷公園には1318人の見学客が訪れたそうだ。前回のH3ロケット5号機の時の見学客は894人だと言うから、1.5倍以上の人が訪れたことになる)。
久しぶりの夜の打ち上げ、そしてH-IIA最終号機、さらに土曜の夜と3つの条件が重なったためだろう、会場には多くの人たちの期待と熱気が充満していた。
発射10秒前、1300人によるカウントダウンの大合唱が始まった。ゼロになると、それまで天の川が支配していた暗い空に、突如としてまばゆい閃光が現れ、昼に変わる。少し遅れて届く轟音。人類が作り出した「星」がぐんぐんと押し上げられていく。約2分後に固体ロケットブースタが分離されると、観客から「おめでとう!」「ありがとう~」「ばんざ~い」という声とともに、大きな拍手が起こった。
最前列で打ち上げを楽しそうに見守る女子グループがいた。声をかけると西之表市役所で働く大河舞子さんと小学生のお子さんたちだった。その中に福岡から来た大学院生が1人。須田紫野さんは、2年前に西之表市が実施した大学連携プロジェクトで初めてH3ロケットの打ち上げを見て感動、必ず種子島に戻ってきて打ち上げを見ると決めていた。
須田さんは、今回のH-IIA打ち上げ前日、夜9時半ごろに西之表に到着。当日は歩いて見学場に向かおうとしていたという。そんな須田さんを大河さんが見かねて、一緒に見学することに。須田さんは東京大学の大学院生だが、現在、福岡のロケット関連のスタートアップでアルバイトをしている。打ち上げ後に感想聞くと、「前の打ち上げもすごかったけど、その後、ロケットのアルバイトで少しだけ図面を書いたり、ロケットの技術を勉強すると、53mの(H-IIAの)機体のすみずみまで準備を整えて、設計通りに軌道に投入することの大変さを実感した。ロケットがみんなの夢とか希望を載せて上がっていくことも今日、体感できた。少しだけロケットに近づけたような気がしました」と。感極まりながらも一生懸命言葉にしてくれた。
小学生たちはふだん、校庭からロケット打ち上げは見ていたものの、夜の打ち上げは初めてだった。「朝みたいだった」。「すごく明るかった」と感動した様子。大河さんは「会場のみんなと歓声をあげたり拍手したり、一体感があって嬉しかったし、種子島はこんなに素晴らしいロケットの打ち上げがされていて、全国からこんなにたくさんの人が来ているんだよ、と子供たちに認識してもらえたらいいなと思います」と語ってくださった。
いぶきGWは順調! どう役立つの?
リフトオフから16分7秒後、「いぶきGW」は正常に分離され、打ち上げは成功。H-IIAロケットは2001年から50機中49機の打ち上げを成功、98%という高い成功率を達成。日本の宇宙開発の信頼性を高め、自律性の確保に大きな貢献を果たした。
いぶきGWは太陽電池パドルの展開、搭載したセンサー「AMSR3(あむさー3)」の直径2mアンテナ展開などを完了し、クリティカルフェーズを無事に終了。この段階をクリアしないと衛星の仕事は始まらないため、関係者はほっと胸をなでおろしたはずだ。
いぶきGWは、私たちの暮らしにどう貢献してくれるのだろうか。大きく2つのセンサーを持っている。水循環を調べるAMSR3と温室効果ガスを観測する「TANSO-3(たんそ3)」だ。どちらも重要な役割を担うセンサーだ。
今年は梅雨が例年より早く明けた地域もあり、既に猛暑が始まっている。また記録的短時間大雨もしばしば観測され、地球温暖化や異常気象の影響が肌身で感じられるのではないだろうか。いったい地球環境に何が起こり、これからどうなるのか。まずは事実を把握することが肝要になる。
温室効果ガスを観測するのがTANSO-3だ。世界では、2050年に温室効果ガスの排出と除去のバランスがとれた状態「ネットゼロ」を目指すという目標を掲げている。
環境省地球環境局の岡野祥平氏によると、いぶき初号機が温室効果ガスの観測を始めてから約16年で、世界の温室効果ガス排出量は二酸化炭素換算で約90億トン増えていると言う。一方、日本は約1億トン減らしている。「ネットゼロに向かって、世界が温室効果ガスを減らしていく状況を科学的に確認するのがTANSO-3の役割。これまで『いぶき』1号2号では、国レベルでの温室効果ガスを確認していたが、いぶきGWでは解像度がすごく向上するので、地域や企業など細かい単位で観測でき、温室効果ガスを減少させることに対して科学データを提供できる」と述べた。
一方、国立環境研究所の谷本浩志氏は、「TANSO-3で地球全体にわたって面的に観測し、しかも1点1点細かく見ることができる事は大きな進歩」と期待する。「ビジュアルで見られることで政策にも活かされ、民間企業の(温室効果ガス)削減インセンティブにもなる。また一般市民にとってもわかりやすい」点を挙げた。
食卓に直結—漁業への貢献
「地球温暖化の兆候がいち早く現れるのは、海氷や氷床、また海面水温などだ」といぶきGWの小島寧プロジェクトマネージャは説明する。アメリカ海洋大気庁(NOAA)のステファン・ボルツ氏も、AMSR2からAMSR3への改善点の注目ポイントとして挙げたのが、極地域の降雪の観測だ。これまで雪や氷で覆われた北極や南極などの高緯度地域で降雪を観測する事は困難だったが、AMSR3で初めて観測できることに。温暖化による海面水位上昇の予測精度向上への貢献が期待されている。
その点から、AMSR3の観測に期待を寄せる大学生がいる。2023年夏に月着陸機SLIMの打ち上げで出会った東京大学の岡本沙紀さんだ(種子島で再会できた!)「私の所属する水文学の研究室では、洪水の被害予測や地球温暖化などのシミュレーションを行っています。 寒い地域の気候は海面上昇など全球規模の現象に直接関係するとともに、太陽光を反射してアルベド(=温まりにくさ)を上昇させる効果があり、その影響は計り知れません」とAMSR3のデータが研究に活かせるのを楽しみに、打ち上げ前日に急遽種子島にやってきたそう。
より私たちの暮らしに密接するのは漁業での利用だろう。動物が通る獣道があるように、海には魚が通る魚道があると言う。具体的には、魚が好む海面水温がある。それを人工衛星から観測することができるのだ。例えばマグロやカツオは暖かい水温を好み、タラは冷たい水温を好む。漁師は経験や勘に加えて、現在様々なデータを活用するスマート漁業を行っており、その中でも人工衛星のデータは欠かせないと言う(詳しくは欄外リンクを)。海面水温やクロロフィル濃度から魚がいそうな漁場に直行することで、船の燃料費を節約することができる。それは魚の価格にも直結するのだ。
さらにAMSR3では沖合や遠洋漁業だけでなく、大陸棚周辺(沿岸から約30km以遠)の観測も可能になり、イワシ、サバ、アジなども新たな対象に加わった。
また、AMSR3の観測データを数値気象予報に組み込むことで、豪雨、台風の範囲や進路の予報精度が向上するだろう。現在の予報結果では台風中心位置の誤差が200km以上あるが、その中心をより正確に特定できると期待される。この点はNOAAのボルツ氏も「きわめて重要なツール」と賞賛。台風の目の位置を特定し、予報精度が向上する事は、住民の避難行動や被害拡大を防ぐ点でも非常に重要だ。
いぶきGWが活躍する範囲は非常に大きい。これまでAMSRは20年、TANSOは約15年以上にわたり、観測データを蓄積してきた。それらは、地球観測において「ゴールドスタンダード」となるデータを提供している。いぶきGWはそれらを受け継ぎつつ、さらに性能をアップ。地球全体のため、そして私たちの安全な暮らしのために貢献することを期待したい。
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