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ライター 林 公代 Kimiyo Hayashiライター 林 公代 Kimiyo Hayashi

温室効果ガス観測のトップランナー「GOSAT-GW」のここがすごい!「たんそ3」の巻

TANSO-3の光学システム設計を担当した黒川正人さん(右)と光学試験を担当した鮫島卓さん。指さしているあたりがTANSO-3。試験期間中、連日発生する課題を共に乗り越えてきた。

GOSAT-GWが、いよいよH-IIAロケット最終号機で打ち上げられる。GOSAT-GWは水循環を観測するセンサー(AMSR3:あむさー3)と温室効果ガスを観測するセンサー(TANSO-3:たんそ3)の2つの大型センサーを塔載したハイブリッド衛星だ。前回はAMSR3について詳しく紹介した。今回、紹介するのはTANSO-3。

日本は世界に先駆けて、温室効果ガスを専門的に観測する衛星を打ち上げたのをご存じだろうか。その衛星とは、2009年、温室効果ガス観測センサー(TANSO)を塔載した「いぶき」。「いぶき」は「いぶき2号」(TANSO-2を塔載し2018年打ち上げ)と共に現在も現役で、地球全体の温室効果ガス(二酸化炭素やメタンなど)を観測中だ。

そして、GOSAT-GWには、進化したTANSO-3が搭載される。TANSO-3の特徴は大きく二つ。一つ目が「面的観測」。TANSO、TANSO-2は温室効果ガスを点で観測していて、どうしても観測エリアに抜けている部分があった。TANSO-3は面的に観測することで地球全体を網羅する。二つ目が二酸化窒素が観測対象に加わったこと。それによって、人為的に排出された温室効果ガスの割合が推定できるという。画期的であるがゆえにTANSO-3の開発や試験は過酷だった。苦楽を共にした二人にじっくり伺った。

入社後初の仕事が「TANSO-3」

黒川さんはいつ頃からGOSAT-GWに関わっていらっしゃるんですか?
黒川正人(以下、黒川):

2020年に入社してから、ずっとTANSO-3の光学システムの設計を担当しています。

黒川正人さん 三菱電機鎌倉製作所衛星情報システム部 技術第三課。入社6年目で入社後からTANSO-3の設計に携わる。
入社してすぐですか! 何人ぐらいのチームなんですか?
黒川:

全体としては15人程度で、そのうちTANSO-3の光学システム設計をメインで担当しているのは3人程度です。先輩に教えてもらいながら、仕事を進めています。

鮫島さんは試験ご担当ということですが、どんな試験を?
鮫島卓(以下、鮫島):

僕は今年入社11年目ですが、これまでシステム試験とかが多くて、(TANSO-3のように)光で観測して撮像する光学系の試験に携わるのは初めてでした。

鮫島卓さん 三菱電機鎌倉製作所宇宙製造部 品質管理第一課。TANSO-3の光学試験を担当。試験では可能な限り細部まで考えておく事前準備を徹底。
TANSO-3の開発や試験で大変だったことはなんですか?
黒川:

まったく知見がないセンサーで、初めての開発要素が多くて、日々新しい問題が勃発してましたね‥。

え、でもTANSOやTANSO-2の知見があったのでは?
黒川:

GOSATシリーズは3機目で二酸化炭素を測定するTANSOセンサーも3代目になるんですけど、実は三菱電機が二酸化炭素濃度を測定するセンサーを作るのは初めてなんです。試験の機材も試験の方法も初めて実施するものが多かったですね。

TANSOは3代目。面的観測ができるようになり広域観測モードと精密観測モードがある。(提供:JAXA 温室効果ガス・水循環観測技術衛星(GOSAT-GW)記者説明会発表資料)
GOSAT-2(いぶき2号)は三菱電機さんが開発・製造されてますが、センサーは他社製だったんですね。
黒川:

はい。GOSAT-2の二酸化炭素濃度を測るセンサーは海外調達製で、三菱電機は設計仕様の決定や、組み立て後の試験から軌道上の性能評価を担当していました。今回、内作しているTANSO-3は面的に観測するので、(点観測だった)1、2と観測方式が全く異なっているんです。初めての開発の中で新しい問題が次々と出てくる。

具体的にどんなことが大変でしたか?
黒川:

例えば過酷なスケジュールでの試験対応が大変でした。光をセンサーにあてて狙った通りの性能が出ているか画像を見て評価しないといけないんですが、TANSO-3は面的に観測するために新しい方式を採用していて、画像が特殊です。その画像を評価するのが一苦労で。それでもスケジュールを守らないといけないから毎日のように新しい試験をして、できた絵を見ると「なんか変な光が入っているな」とか、課題が出てくるわけです。

思ったような性能がなかなか出ないってことですか?
黒川:

そうですね。思ってる値が出ない。何がおかしいんだろうと。今回は試験装置の光の設定がおかしかったね、とかTANSO-3自体に問題があったから改修しないとだよねとか、試験系に原因があるのか、センサー側に問題があるのか、原因を切り分けていくのがスタートラインです。すべての可能性を列挙して現場の方たちに追加の試験でデータをとってもらって、その情報をもとに地道に一つ一つ可能性を潰していく。毎日新しいデータをとらないといけないけど、そのたびに何か新しい課題が見つかる。

光学センサーならではの特殊な試験。「せきぶんきゅう」とは!?

その試験を鮫島さんが担当なさっていたわけですね。先ほど光学試験は機材も方法も初めてだったと伺いましたが、例えばどんな機材を使うんですか?
鮫島:

光学試験で使うメインの装置に「積分球(せきぶんきゅう)」があります。光を球の内面で多重反射させ、光の強度を均一にして射出する装置です。そこから出た光をTANSO-3の開口面にあてます。

TANSO-3の試験で活躍した積分球。(提供:三菱電機)
積分球から出た光をTANSO-3の開口部にあてているところ。(提供:三菱電機)
黒川:

ほかにもレーザーとか特殊な光をTANSO-3にあてます。光学センサーの場合は宇宙に行ったときにどういう見え方をするか、要求されている性能を満たしているかを判断する必要がある。光を実際に入れてみることは、他のコンポーネントや衛星はしないと思うので、鎌倉製作所の中でもなかなか特殊な試験だと思います。

24時間体制で試験を実施

世界の温室効果ガス(GHG)濃度は増加している。これまでは点観測だったが面的観測が可能になると地球全域を把握できる。パリ協定で各国は自国の温室効果ガス排出量を報告することが義務付けられ、客観的データを提供するGOSAT-GWの活用・貢献が期待される。(提供:JAXA 温室効果ガス・水循環観測技術衛星(GOSAT-GW)記者説明会 国立環境研究所谷本浩志氏の資料)
GOSAT-GWの開発は2019年12月から始まって約5年半ですよね。試験スケジュールはなぜそんなに苛酷になるんでしょう?
黒川:

センサーと衛星本体の詳細設計が固まってから製作・試験フェーズに入るんですが、そもそも全体のスケジュールが厳しい中で、設計や製造が遅れたのを最後の試験段階で吸収しないといけない。

鮫島:

スケジュールを遵守するために、2交代制、3交代制を取り24時間試験することも多々ありました。

その試験で色々なトラブルが出てくる‥。
黒川:

はい。得られたデータの詳細な評価は先輩にやってもらうんですが、その場でできることはしないといけないので、条件を変えてやってみて原因を突き止めていく。でも24時間ずっと現場にはいられないので、条件出しに技術指示が必要な測定は、予めデータ取得条件をフローチャート化して夜中に取得してもらいました。

鮫島さんは夜中に試験をしたりしていたんですか?
鮫島:

私は早朝勤務でした。夜勤帯と確実に引き継ぎをしてデータ取得を続けたり、次の試験準備をしたりしていました。何人も試験担当がいて試験スケジュールを含めたシフトを組んで試験系を構築し、昼夜データを取得します。そのデータを朝渡して処理してもらってる間に、次の試験項目に入ります。フル稼働です。

黒川:

ほんと、フル稼働でしたね。

フライト品で試験されるんですよね。プレッシャーじゃないですか?
鮫島:

僕ら宇宙製造部は唯一製品をさわる部門で、すごく神経質になりますね。簡単に言うと、静電気でも物を壊してしまいますので。

静電気で壊れるんですか!
鮫島:

はい。静電気の放電によって電子部品が損傷します。だから必ず静電気対策をして作業をしています。我々が使用する試験ケーブルや試験装置も、一つの操作ミスで高価な製品を故障させてしまいます。

黒川:

試験手順を間違えると、ワンクリックで1億円の機器が壊れる可能性があるとか、そういう世界で現場の方たちは仕事をしているので、ものすごいプレッシャーだと思います。

真空チャンバーで行う前代未聞の試験にドキドキ

開発や試験の中で印象に残っていることはありますか?
黒川:

熱真空試験ですね。

あの大きな真空チャンバーでやる試験ですね?
真空チャンバーに入ったTANSO-3。(提供:三菱電機)
黒川:

さきほど、TANSO-3に積分球から光を当てて撮像する試験があって衛星としては特殊な試験だとお話しましたが、それをさらに真空チャンバーの中で1~2週間やっていて。

へぇ! 真空チャンバーって宇宙の熱環境を試験するんですよね。
黒川:

チャンバー内部を真空にしないといけないので一度ふたを閉じたら、だれも触れない。もしチャンバー内でトラブルが起きたら試験を一回中断しないといけなくなって、コスト的にもスケジュール的にもインパクトが大きい。だからチャンバーの中であまりチャレンジングなことはせず、熱的な特性だけ見ようという試験がオーソドックスです。でもTANSO-3の場合は、宇宙の真空状態にあるという想定で光源をおいて、さらに光を色々な方向から入れるために、光源が動くような機構も作って試験をしました。

光源を動かす!
黒川:

そうですね。なかなかチャレンジングなことをしました。

それはどういう状況を想定した試験なんですか?
黒川:

TANSO-3自体は宇宙空間にあります。空気のあるところと真空状態では屈折率が変わってくるんです。真空の宇宙でちゃんと観測できるように設計していますが、本当に真空中でうまくいくか評価するには、真空チャンバーの中でTANSO-3に光を当てないといけない。さらにTANSO-3は視野が70度と広いので、中心からだけでなく端のほうから光を当てても大丈夫だと確認するために、積分球を動かす機構を入れました。

鮫島:

あとは宇宙の温度環境にさらすと物が変形するんです。ピントが合う位置に検出器を置くんですけど、物が変形するとピントの位置がずれてしまいます。チャンバー内で低温と高温間を行き来する間に、ピントがずれないかを確認しました。

黒川:

検出器の位置調整は0.01mmとかの精度でやっている分、熱変形もシビアに効いてきますからね。

求められる精度が高いし、それを確認する試験自体、ものすごくチャレンジングですね。
鮫島:

今までそういう試験はやってないし、おそらく他でもやってないです。だから試験の準備も慎重にやりました。実際に積分球を可動ステージ上に乗せ、チャンバー内の端と端に移動させて、どの位置までTANSO-3に光が入るか確認しました。さらに積分球の高さ調整もしました。試験が始まってから光が見えない! となると試験を止めないといけないので、怖かったところです。事前準備で色々なパターンを想定しておくことが大事です。

試験系の構築も知恵と技術の塊ですね。熱真空試験はうまくいったんですか?
黒川:

TANSO-3を支えている架台が熱でぐにゃっと変形して、TANSO-3が下の方を見ちゃいましたってことにならないかとか、やってみないとわからなかったのでドキドキして、怖かったりしました。すべて設計通りうまくいってくれた時の喜びは、今でも覚えていますね。

現場で生まれた一体感

試験は大変なことばかりのようですが、お2人はとっても仲がいいですね。
黒川:

現場はユニークな人ばかりで。試験期間が長くてずっと試験してたんですけど、試験撮像中の待機時間はいろんな話してましたよね。

鮫島:

黒川さんと僕ら試験現場の人たちって年齢が近くて、コミュニケーションとりやすかったです。

どんな話をするんですか?
鮫島:

試験でわからないこととか、これどういう目的なの? っていうところもすごく聞きやすくてよかったなって思います。

黒川:

さすが先輩、模範解答(笑)。たとえば休憩時間はドラゴンボールが手に入ったら何したいですか? とか(笑)。それは冗談として仕事関係の悩みとか聞いてもらったりしましたね。

いいですね。それだけ試験が過酷だと人間関係が辛いと厳しいですよね。
黒川:

過酷だからこそ、仲間感が芽生えたのもあるかもしれない。みんなで乗り越えようと。

楽しかったこと—クリーンルームの外で光を浴びる

TANSO-3開発で楽しかったことはなんですか?
鮫島:

積分球とかレーザーとかTANSO-3に色々な光を入れるという話をしましたが、実際に太陽光を観測するっていう試験もあったんです。それで太陽光導入装置を、真夏の炎天下で屋上に設置しに行ったことがありました。ふだん、僕ら試験部門は温度湿度や清浄度が整ったクリーンルームの中にいますが、窓もない部屋にいるのはけっこう苦痛な時もあって(笑)。外に太陽光導入装置を設置しに行くのが、すごく気分転換になりましたね。

黒川さんは?
黒川:

TANSO-3の中に、自分が設計して3Dプリンタで製造した部品が使われているんです。ばねみたいな小さな構造物ですが、その設計作業が特に楽しかったですね。

3Dプリンタの部品が使われているなんて意外です。
黒川:

あまりないと思いますね。宇宙で使われる部品は実績を重要視されますから、3Dプリンタを使った製造が採用されるには、要求される項目や試験がいっぱいあります。でも設計を任されて自由にやらせてもらえて設計者冥利に尽きます。

3Dプリンタで製造した部品。この辺にあるかな? と指さす黒川さん。(左 提供:三菱電機)

打ち上げへの期待

GOSAT-GWやTANSO-3のここに注目してほしいというポイントは?
黒川:

面的観測になって観測域が圧倒的に広くなった点に注目してほしいです。地球全体の二酸化炭素濃度分布がわかって、二酸化炭素の流れを地理的にとらえることができる。例えばこの辺で増えて、この森で吸収されてるんじゃないかという流れが見えるのが一番の推しどころかなと。それから、二酸化窒素(NO2)の観測も可能になりました。二酸化炭素濃度が分かった時にそれが自然由来なのか人為的に出されたものなのか、(従来は)すみわけができなかった。でもNO2は化石燃料の燃焼で二酸化炭素と同時に出るので、同時に観測できれば人為的に出された二酸化炭素の排出源を特定できるんじゃないかと思います。こういう同時観測は大型衛星ならではですね。

鮫島さんが期待することはなんですか?
鮫島:

学生時代からモノ作りで人の役に立つことに携われる仕事がしたいと思っていました。その頃、東日本大震災や海外の大洪水の発生で多くの命が失われるのをメディア等で知り、災害について考えるようになったんです。就活の時に、自然災害に対する人工衛星の働きを知って、そんな仕事に携われたらと思って三菱電機に入社しました。地球環境や気候変動対策に貢献するGOSAT-GWに期待しています。

鮫島さんは試験に携わるのは今回の衛星で何機目ですか? 打ち上げへの想いは?
鮫島:

5機種目です。他機種へ支援という形で携わることも多々ありますが、今回みたいに長くやっている衛星は愛着ありますね。H-IIAは今回が最終号機なので、最後まで仕上がってほしいという思いと、無事に軌道投入までもっていってほしいという気持ちしかありません。

黒川さんは入社して設計したものが形になって打ちあがるって、どんな気持ちですか?
黒川:

まだ実感がわかないですね。ずっとパソコン上で見ていたものが初めてものができたときは素直に嬉しかったですね。たぶん、打ち上げもきっと嬉しいんでしょうね。テレメトリが届いたら「へぇ、動いてくれてる」と感動するだろうし、画像が届いたらきっとすごい嬉しいと思います!

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