1分間に40回転する大型アンテナ。「GOSAT-GW」のここがすごい!「あむさー3」の巻
いよいよH-IIAロケットの最終号機(50号機)が打ち上げられる。ロケットに注目が集まりがちだが、ぜひ搭載される衛星GOSAT-GW(ごーさっと じーだぶりゅ)にも注目してほしい。水循環を観測するセンサー(AMSR3:あむさー3)と温室効果ガスを観測するセンサー(TANSO-3:たんそ3)の2つの大型センサーを搭載。実はそれぞれ別の衛星に搭載されていたセンサーで、両方が搭載されたハイブリッド衛星がGOSAT-GWなのだ。両センサーの開発とともに、GOSAT-GW全体の設計・製造・試験を担ったのが三菱電機だ。
今回と次回、この2つのセンサーの開発秘話をたっぷりお届けする。まずは地球の水循環を観測する高性能マイクロ波放射計3(AMSR3:あむさー3)。地表や海面、大気などから放射されるマイクロ波を観測するセンサーだが、特徴は2mもの大口径アンテナが、宇宙で1分間に40回転もの高速回転をするという!
そもそもなぜ回転するの?
- —お2人はAMSR3で何を担当されたのか教えてください。
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新谷亨さん(以下、新谷):
電気システム設計担当です。開発初期の2020年頃から担当しています。
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三原学さん(以下、三原):
衛星搭載用アンテナの試験担当です。入社11年目で、ずっとアンテナの試験を担当してきました。AMSR3の試験が始まった2023年10月頃から携わっています。
- —そもそも、AMSR3はなぜ回転するのでしょう?
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新谷:
AMSR3のアンテナは口径が2mあり大口径です。アンテナが大きいとピンポイントに細かいところまで観測できるんですが、見える範囲はそれほど広くありません。アンテナをぐるぐる回すことでより広い範囲をスキャンし、約1500kmの観測幅を実現できる。
- —観測幅を広くするために回転させるんですね。開発で大変だったことはなんでしょう?
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新谷:
AMSR2から開発インターバルが概ね10年間あいてしまったことですね。人ががらっと変わってしまいました。AMSR3の電気システム設計担当は3人いたんですけど、3人とも過去のAMSR開発を経験していない。しかも我々はAMSR3の全体を取りまとめる立場でもあったのですが、3人ともミッションシステム開発の経験もない。どうやって開発を進めればよいかもわからない状態からのスタートでした。最初は会議に出ても質問に答えきれずに持ち帰るしかなく、後で調べて回答するのを繰り返して、肩身の狭い思いをしました。
- —大変でしたね‥。どうやって乗り越えたんですか?
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新谷:
設計については、AMSR2の膨大な資料や、解析ツールに使われている計算式の一つ一つを地道に確認して理解していくほかなかった。社内の数少ない経験者に聞いたり、JAXAさんに恥を忍んで教えて頂くこともありました。
- —JAXAさんに聞くのは恥ずかしいことなんでしょうか?
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新谷:
エンジニアのプライドかもしれませんが、本来は我々が設計するものだから我々がよく知っていて、お客さんであるJAXAさんから設計について聞かれたら「こうなります」と見せないといけない。でもJAXAさんに何年もAMSRを担当して詳しい方がいらしたので、初めの頃は逆に設計のアドバイスを頂くこともありました。そのおかげもあって段々と提案ができるようになり、開発終盤では腹を割った話をして「同じ船に乗る」ような良い関係が築けたと思います。
回転するアンテナが、もう一つのセンサーに影響を与えないために
- —今回、別々の衛星に搭載されていた、二つの大きなセンサーがGOSAT-GWに搭載されましたよね。AMSR3が1分間に40回転することで、TANSO-3に影響は?
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新谷:
AMSR3の回転部分はセンサユニットと呼ばれ、250kgぐらいの質量があります。それほど大きな質量の物体が回転することで衛星の姿勢そのものに影響を与えてしまう。そのためAMSR3内部に小型モーターが4台あって、影響を打ち消すように逆回転させ衛星の姿勢をあまり動かさないようにしています。でも高速回転させると、モーターから高い周波数の微小な揺れ(擾乱)も発生してしまう。今までの衛星は別のセンサーと一緒でなかったので気にしなくてよかったのですが、今回は(TANSO-3に)いわゆるデジタルカメラの手振れのような揺れを発生させないか、確認する必要がありました。
- —具体的には?
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新谷:
モーターのメーカーから擾乱のデータを入手して、その揺れがアンテナや衛星内部にどう伝わっていくかを計算して問題ないことを確認することができました。
- —実際にアンテナを高速回転させてみたりしないんですか?
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新谷:
細い棒とアンテナがつながった構造物を、地上で高速で回すのは難しいですね。宇宙の無重力状態では展開できますが、地上で高速で回せばアンテナが損傷する可能性があります。だから解析で評価するしかない。
- —1分間に40回転、40RPMって想像以上に速いですね!センサユニットを高速回転させる試験は実物大模型を使っているのですか?
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三原:
いえ、本物です。
- —これだけ高速回転させる試験ってなかなかないんじゃないですか?
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三原:
そうですね。普段私たちが扱う一般的な製品の試験だと、見た目は何も変化しないことが多いです。でもAMSR3の回転試験の時は組み立て作業者の方たちも集まってきて、最初に動かしたときはみんなで「どんな感じで回るの?」って確認したり(笑)。1辺が1mほどあるセンサユニットがぐるぐる回る様子は、インパクトがありましたね。
観測チャンネル追加—海外メーカーとの必死の交渉
- —今回、AMSR2から進化した点の一つとして観測チャンネルが増えましたよね。台風の進路予報の精度が向上したり、高緯度地方の降雪を観測できたり、イワシやサバ、アジの漁業に活かすことが期待されていますよね。
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新谷:
新しいチャンネルの追加は、最も印象に残っていることです。高周波チャンネル(166、183GHz帯)の受信機器は海外のメーカーから調達したんです。開発できるメーカーは日本にはほぼなく、そのメーカーは高周波のアンテナ設計に自信があったようでした。ところが実際開発が始まってみると、なかなか思ったようにはいかない。ある程度設計ができても実物を作ると試験でいい性能が出ないとか。
- —それは困りましたね。
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新谷:
その受信機をAMSR3に搭載しないといけないし、GOSAT-GW全体のスケジュールを守らないといけない。ところがなかなか進まず「現地で交渉してくれ」と言われて..。
- —その頃って、新型コロナウイルスが猛威をふるっていた時期では?
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新谷:
最初にメーカーを訪問したのが2022年でだいぶ収束していた時期ではありましたが、羽田空港にはぜんぜん人がいませんでしたね。
- —そんな状況でも海外へ。顔と顔を合わせて話すとやはり違うんですか?
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新谷:
はい。オンラインの会議だとやっぱり多少固い感じになります。お互いの顔がわかると話しやすくなるし、何回も行くと打ち解けてくる。2回の予定が2年間で7回も行きました。交渉は総力戦でJAXAさんからも「GOSAT-GWは非常に重要なプロジェクトでアメリカの海洋大気庁NOAAもこの衛星のデータを使う」と説明して頂いたところ、メーカーの社長が「私のプライドをかけて最速で絶対にやり切る」と本気になってくれた。
- —おぉ!
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新谷:
たぶん、現場の人たちはなかなか開発がうまくいかず時間がかかってまずいなという躊躇があったと思います。でも社長が「ちゃんとやる」と言ったことで現場はすごく協力的になって、お互いに何でも相談できる関係になった。それでAMSR3に新しいチャンネルを追加することができたんです。
液体窒素を何度も運ぶ—大変だった試験
- —一時は半導体の入手が困難になりスケジュール的にも大変だったが、三菱電機さんが頑張ってくれたとJAXAのGOSAT-GWプロマネさんが記者会見で言われていました。
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新谷:
私が直接担当した機器は大丈夫でしたが、さまざまな機器について半導体がなかなか入ってこなくて苦労したと思います。私は新型コロナウイルス蔓延の頃、個人的に大変で..。
- —どうしてですか?
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新谷:
子供の小学校が休みになってしまって、誰かが家で子供たちをみないといけない。妻が医療従事者の一端を担っていたので仕事に行かざるをえませんでした。日中、家でずっと子供たちを見て、夜から働いていた時期があって、初期の頃は在宅勤務の制度もインフラもそれほど整っていなかったので、本当に気が狂いそうでしたね。
- —大変でしたね。三原さんは新型コロナウイルスで影響を受けたことはありましたか?
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三原:
私は製造現場で仕事をしているので製品を持って帰るわけにもいかない。普通に出勤して対応していました。
- —二つのセンサーの試験時期が重なったりしませんでしたか?
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三原:
TANSO-3は光学センサー、AMSR3はマイクロ波のセンサーなので試験で同じような機器を使うことはありません。ただ(宇宙空間を模擬する)チャンバーを使った熱真空試験はスケジュール調整が大変でしたね。
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新谷:
トラブルがあったりして試験のやり直しで1週間のびますと言われて「一週間も待てない」とか(笑)。調整する人はすごい大変だったと思います。社内では色々な衛星を抱えていますからね。
- —確かに! 準天頂衛星みちびきもあれば、新型宇宙ステーション補給機HTV-Xとかもありますよね。苦労した試験はたくさんあったと思いますが、どんな試験が大変でしたか?
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三原:
AMSR3は回転して観測するんですが、技術者と調整しながら、観測対象のデータがちゃんととれるか回転させてデータをとる試験がありました。温度分解能の試験では常温と低温の観測対象をどれだけ細かく見ることができるか、細かいパラメーターの調整をしながら、1時間おきぐらいに何度も観測を繰り返しました。
- —実際に何かを観測させてみるんですか?
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新谷:
ターゲットと呼ばれる試験用の観測対象をおきます。常温のターゲットと液体窒素で低温にしたターゲットの2つに対して、どのくらいデータがとれているか確認するんです。パラメーターをうまく設定しないと観測範囲を外れてしまう。周囲のちょっとした電波にも影響を受けるし、観測チャンネルがたくさんあってパラメーターの調整がすごく大変で。もう1回もう1回と繰り返すたびに、三原さんに極低温の液体窒素をターゲットに入れて冷やしてもらった。三原さんは何の躊躇もなく液体窒素を注入されてすごいなって思いました。
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三原:
最初は液体窒素を扱うのがすごく怖かったですけど、上司も含めてどうやったら安全にできるかを話し合って。何回もやって終盤は慣れましたね。
- —設計したセンサーがちゃんと機能するか、試験で何度も確認調整した上で衛星が出来上がっていくんですね。試験する側から「こんな無茶な設計して!」とか内心思うことは?
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三原:
AMSR3のセンサユニットの箱の中がけっこうぎゅうぎゅう詰めで。自分の手が分厚いかもしれないんですけど(笑)、手のひらぐらいの隙間しかないところがあって、試験で試験ケーブルをつなぐときに全然手が届かないとか。
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新谷:
設計段階で手が入るとか届くとか考えますが、確かに実際に触ると手は入るけど無理な姿勢っていうのはありますね(笑)。調整しますけど。
打ち上げに向けて
- —今、小型衛星が多数打ちあがっていますが、大型衛星ならではのメリットは?
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新谷:
AMSR3は全体で約350kgありますが、小型衛星だと衛星だけで350kgというのもあると思うので、大型アンテナを搭載するのは小型衛星では難しいと思います。大型衛星だからこそ、高い分解能と広い観測エリアをカバーする世界トップクラスの性能を実現できます。
- —いよいよ打ち上げですが、衛星への期待は?
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三原:
GOSAT-GWの試験を始める半年ほど前に、「だいち3号」の打ち上げ中継を事務所で見ていたんです。打ちあがってみんなでよかったねという話をしたら、軌道投入できなかったことがあったので、無事に軌道に投入されてほしいですね。衛星については水産分野で今までマグロやカツオ漁業に利用されていたのに加えて、陸地に近いサバやアジが好む海面水温まで観測できるようになるので、活用されるといいなと期待しています。
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新谷:
AMSR3の高速回転、新しく追加した高周波チャンネルがちゃんと観測できるかドキドキしつつ期待しています。5年間苦労してきたので、それが報われると信じています。
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