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ライター 林 公代 Kimiyo Hayashiライター 林 公代 Kimiyo Hayashi

コスト半額、待望のH3ロケット「新形態」が最終リハーサルへ。注目点は?

2020年1月に行われたH3ロケット用第1段厚肉タンクステージ燃焼試験(BFT)の様子。LE-9エンジン3基を束ねて燃焼させたが「意外なほどに問題がなかった」(有田プロマネ)。5月8日開催「H3ロケット6号機(30形態試験機)及び1段実機型タンクステージ燃焼試験(CFT)概要」記者説明会資料より。(提供:JAXA)

ロケット発射といえば、もくもくと沸き上がる噴煙、おなかに響く轟音、大地を揺さぶる振動が見る人を感動させずにはいられない。私は2023年から5回以上、DSPACE取材班としてロケット打ち上げを現地取材させて頂いているが、ロケットの形態、雲や光などの条件が一度として同じことはない。見飽きることはないどころか、その魅力にはまっていくばかり。

その意味で、2025年度はロケットファンにとって大注目の年だ。H3ロケットの3つの形態のうち、2つ新形態を含む全形態の打ち上げを予定しているのだから。H3ロケット6号機として打ち上げられるのは30形態(さんぜろ形態)。これは見ものだ。日本の大型ロケットとして初めて、ロケット本体の両脇にある固体ロケットブースタがない、すっきりした形のロケットだ。

5月8日開催「H3ロケット6号機(30形態試験機)及び1段実機型タンクステージ燃焼試験(CFT)概要」記者説明会資料より。(提供:JAXA)

これまで4機連続してきたH3ロケットは22形態で、固体ロケットブースタ(SRB-3)が2本、そして第一段主エンジン(LE-9)が2基搭載されていた。一方、30形態は固体ロケットブースタがなく、LE-9エンジンが3基搭載される。

H-3 30形態のメインターゲットは日本の観測衛星

記者からの質問に答える有田誠H3ロケットプロジェクトマネージャ。

30形態はH-IIAに比べて打ち上げコストが約半分。当初H3ロケット2号機で打ち上げを目指していたが、試験機1号機の失敗で延期されていた。

そもそもH3ロケットの目標は大きく2つ。一つ目が自国の衛星を打ち上げたいときに、自国のロケットで自由に打ち上げること、つまり、自立性の確保。そして2つ目が国際競争力をもつ打ち上げサービスの実現。

その中で30形態のメインターゲットは?有田誠H3プロジェクトマネージャによると「日本政府の衛星であり、自立性の確保を目標とします」とのこと。「30形態は一番シンプルな形で、打ち上げ能力も(H3ファミリーの中で)一番小さいが、例えば地球観測衛星はそれほど重い衛星ではない。地球観測衛星が飛行する太陽同期軌道に適したロケットで、コスパよく衛星を軌道に投入できる。また振動条件は固体ロケットブースタがついている方が大きく、30形態は静かで衛星にとって乗りやすいロケットと言えるのではないかと期待している」。

5月8日開催「H3ロケット6号機(30形態試験機)及び1段実機型タンクステージ燃焼試験(CFT)概要」記者説明会資料より。(提供:JAXA)

ちなみに、国際競争力のあるロケットはどの形態になるのか?「いわゆる商業マーケットで需要があるのは、コンステレーションも含めてほとんどが通信系の衛星です。とにかくたくさんの衛星を一気に打ち上げてほしいというご要望は強くて、打ち上げ能力はできるだけ高い方がいい。それに対応するのが24形態(LE-9×2、固体ロケットブースタ×2)で売れ筋になります。一方、スペースXのファルコン9ロケットに対応するのが22形態。これらのロケットが今まさにマーケットに出ようとしています」(有田プロマネ)

2025年度は、30形態デビューのほかに、22形態で準天頂衛星「みちびき」5号機と7号機の打ち上げ、さらに24形態で新型宇宙ステーション補給機HTV-Xの打ち上げを予定。今年度でH3ロケットファミリーがすべて出そろうことになる。

30形態の最終関門―打ち上げリハーサルCFTに注目

30形態の打ち上げ日はまだ決まっていない。打ち上げ前の最終関門が残っているからだ。それがCFT(Captive Firing Test、1段実機型タンクステージ燃焼試験)と呼ばれるリハーサル。打ち上げ当日と同じ手順でロケットを射点に移動して推進剤を充填し、エンジンを25秒間、実際に燃焼させる。ロケットが飛び立たないように、しっかり発射台に固定した状態で行う燃焼試験であり、ロケットと地上設備の機能を確認するのが目的だ。

2022年11月7日に行われたH3ロケット試験機1号機CFTの様子。22形態だがSRB-3がない状態で試験された。30形態はLE-9が3基あるが見た目はこのような形になるだろう。(提供:JAXA)

このリハーサルで特に確認したいことについて有田プロマネは「30形態はこれまでの22形態に比べてエンジンが2基から3基に増え、推進薬の減りが1.5倍増える。燃料タンク内で推進薬がどんどんなくなる空間を加圧ガスで埋めていく。それを実際に確かめるのも大きな眼目になる」と説明。本番のLE-9エンジンの燃焼時間215秒に対して、CFTの燃焼時間は25秒。それでも推進薬は本番と同様にすべての量を注入して、加圧ガスを含めた推進系が正しく機能するかを確認する。

それから音。「エンジンが3機になるので、発する音はそれだけ大きくなります。音が大きいと機体が受ける振動も大きくなる。その環境に機体が絶えられるか確認する必要があります」。ロケット発射では固体ロケットブースタが発する「バリバリバリ」という音が印象的だが、H3ロケット30形態ではどんな音になるのだろうか?有田プロマネに聞いた。

「ロケットから出る音は推力に比例するとともに、比推力(燃費のようなもの)にも比例すると言われます。30形態は固体ロケットブースタ(SRB-3)がないので推力は減りますが、比推力はSRB-3に比べてかなり高く、大きな音を出す可能性があります。ただし、発射時の音は射点の形状にも影響を受けるので、正直やってみないとわからない」。

30形態で打ち上げられる衛星たち

5月8日開催「H3ロケット6号機(30形態試験機)及び1段実機型タンクステージ燃焼試験(CFT)概要」記者説明会資料より。(提供:JAXA)

最終リハーサルCFTが問題なく行われれば、30形態はH3ロケット6号機で打ち上げられる予定だ。貴重な打ち上げ機会をいかすために、性能確認用ペイロードのほかに、小型衛星6機を搭載する。静岡大学のSTARS-Xは宇宙テザー技術を用いてデブリ捕獲の技術実証を行うという野心的な衛星だ。革新的衛星技術実証3号機に搭載され、2022年10月にイプシロンロケット6号機で発射されるも、打ち上げに失敗。今回がリベンジとなる。

そして九州工業大学などが開発する超小型天文衛星「VERTECS」もついに宇宙へ。実は昨年8月、九州工業大学の超小型衛星試験センターでVERTECSの熱真空試験の様子を取材させて頂いた。VERTECSは超小型ながら、宇宙背景放射を広い視野の可視光望遠鏡で観測するというチャレンジングな衛星だ。

VERTECSミッションチームで科学観測を担当する當銘優斗さん(九州工業大学宇宙システム工学科博士課程)は「期待と不安がごっちゃごっちゃです」と言いながら、最後の追い込み作業中のようだ。

ところで30形態は、発射時に「ホールドダウンシステム」という新しいシステムを採用することにも注目したい。固体ロケットブースタ(SRB-3)が両脇にある22形態ではLE-9エンジンが先に点火しても、SRB-3の重みがありロケットが飛び立ってしまう心配はなかった。だが、SRB-3がない状態でLE-9エンジン3基の推力が不完全な状態でリフトオフすれば、最悪の場合、発射台でロケットが倒れてしまうこともありうる。そこで3基のLE-9エンジンが正常に立ち上がるまで、ロケットが飛び立たないように4式の金具でがしっと固定しておく。エンジンに仕込まれた圧力センサーをロケットのコンピューターが監視し、3つのエンジンが規定値以上になっていると判断すると、固定を外してロケットを飛び立たせるしくみだ。

ホールドダウンシステムについては、工場や射点で発射時のロケットを模擬した試験は行っているものの、実際の作動は本番一発勝負になる。

まずは近々行われる予定のリハーサルCFTに注目。「30形態を打ち上げるにあたって最終関門。確実に仕上げて自信をもって打ち上げに臨めるようにしたい」。日本の大型ロケットで初めて、固体ロケットブースタなしで飛ぶロケット。そのデビューが成功するよう、見守りたい。

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