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ライター 林 公代 Kimiyo Hayashiライター 林 公代 Kimiyo Hayashi

「火の玉」から逃げろ!
傘で「ふわり」大気圏突入、実験成功。

宇宙から地球に帰る時の「最難関イベント」が大気圏再突入だ。手に汗握る一大イベントを、大西卓哉宇宙飛行士はGoogle+で次のように語っている。

「窓の外が、オレンジ色のプラズマで一気に明るくなりました。火花のようなプラズマが、窓の外で自分たちの後方に流れ去っていきます。(中略)やがて窓の外側が焼けこげ、真っ黒になってしまいました。振動が一段と激しくなりました。もし、この場面を外から見ることが出来たなら、私たちのカプセルは文字通り火の玉状態になっているに違いありません」

2014年8月、シグナス貨物船が大気圏に再突入する様子を国際宇宙ステーションに滞在中の宇宙飛行士が撮影。シグナスは無人貨物船で大気圏で燃え尽きる(提供:NASA)
モスクワ郊外のエネルギア博物館に展示されていたボストーク宇宙船の実物。1963年にテレシコワ飛行士が搭乗したが、黒く焦げて断熱材がめくりあがり、大気圏突入の激しさを生々しく物語っていた。大気圏突入は今も宇宙飛行の大きな課題だ。

大西飛行士は極めて冷静に語っているが、宇宙旅行の帰り道、できるなら「火の玉」体験はしたくない。そもそも火の玉状態はなぜ起こるのか。宇宙船が猛スピードで大気圏(高度約100km以下)に突入すると、宇宙船にぶつかってきた大気の分子がせき止められて運動エネルギーが熱に代わり、宇宙船は高温の機体に包まれる。これが「火の玉」状態。火の玉状態からいかに人や荷物を守るかが、宇宙飛行にとってもっとも厳しい技術的ハードルの一つなのだ。

従来は、この火の玉状態に対して、「いかに性能のいい『鎧』を作るかという方法で技術開発が進んできた。しかしそれだけが解決方法ではない」と説明するのは東京大学の鈴木宏二郎教授。鈴木教授らは「どうやって困難な状況に遭遇しないで帰ってくるか。(つまり)『火の玉からいかに逃げるか』に着目して20年近く研究してきた。答えは出ている」という。その答えとは、宇宙で開く「傘」だ。

空気の濃いところ(=高度が低い場所)を、猛スピードで宇宙船が突入するから「火の玉」ができる。それなら、できるだけ空気が薄い場所(高度が高い場所)で宇宙船のスピードを下げておけばいい。スピードを下げるために「傘」を広げる。ただし高度の高い場所では空気の密度は小さいから、できるだけ大きな傘を広げて、たくさんの空気分子を受けるようにする。そんな実験が超小型衛星「EGG」によって行われた。

宇宙で傘を広げ、大気圏に突入する実験を行った超小型衛星「EGG」。打ち上げ時は衛星に収納し、宇宙で展開した布製の傘は直径80㎝の六角形。

国際宇宙ステーション「きぼう」日本実験棟から放出、傘を開く

2017年1月16日、国際宇宙ステーション「きぼう」日本実験棟からロボットアームで放出された「EGG」衛星。(提供:JAXA/NASA)

この壮大な実験にチャレンジするのは、わずか11センチ角×34センチ、片手で持てそうな超小型衛星「EGG」だ。東京大学や日本大学、JAXAなどのチームによって開発・運用が行われた。小さな衛星の中には直径80センチの傘(エアロシェル)、GPSや通信用アンテナ、6台のカメラなどが仕込まれている。2016年12月に「こうのとり」6号機で国際宇宙ステーション(ISS)に運ばれ、2017年1月16日にISS日本実験棟「きぼう」から宇宙空間に放出。宇宙で傘(エアロシェル)を開いたのは2月11日。地球上空400km付近だった。

「EGG」のミッションシナリオ。ISSから放出後、傘を展開して高度を落とし、大気圏に突入。今回はイリジウムSBD通信で衛星運用を行ったのも大きな特徴。既存の通信ネットワークインフラを利用し、低コスト運用を実証した(提供:東京大学、日本大学、JAXA)

待てよ・・・ISSが飛行する高度400kmって空気のない「真空」ではなかったっけ?「確かにほぼ真空ですが、わずかに存在する空気の分子がぽーんと(傘に)あたって、少しだけ減速する。これを24時間何日も繰り返していると、徐々に高度は落ちてきます。塵も積もれば山ですね」(鈴木教授)

EGGに搭載したカメラから撮影した地球。画像上部に見えるのが、傘(エアロシェル)の一部。地球が弧を描いており、高高度から撮影した画像であることがわかる(提供:東京大学、日本大学、JAXA)

宇宙で傘を開いた「EGG」は、いったいどんな旅をしたのだろう。

「EGG」に搭載されたGPSで得られた高度と日数の図を見てほしい。確かに高度約400kmから約90日間かけて、徐々に高度が下がっている。そして高度300km付近からは急激に高度が落ちる。

「火の玉」から逃げられたのか、気になるところだが、今回の実験は大気圏に突入したところで終了させた。なぜなら「EGG」は超小型衛星であり、狙った場所に落下させる軌道制御用エンジンを搭載していなかったからだ。つまり、どこに落ちるか「風まかせ」状態。安全面から大気圏突入時に燃え尽きるよう設計され、5月15日に大気圏に突入し消失した。(チームが2012年に観測ロケットを用いて行った実験では、高度150kmから大気圏に突入し、内之浦沖に着水している)

「EGG」は燃え尽きたが、記者会見場には「EGG」と同型の実験モデルが用意されていた。傘(エアロシェル)を触ってみると薄い!こんな薄さで宇宙を飛んで大丈夫?と思うほど。素材は東洋紡のザイロン。耐熱性と強度があり消防服や防弾チョッキ、ヨット等に使われている(ウェブサイトを見ると「世界一の強度と驚異の難燃性」との謳い文句が)。実際に大気圏を通り抜け地上に帰す際は、耐熱性をさらに向上させるために、耐熱用のジャケットを重ね着して対処する予定だそう。

EGGに搭載されたGPSで得られた高度と飛行日数。高度400kmから空気ブレーキ効果が働いてゆっくりと高度を下げている様子がわかる。(提供:東京大学、日本大学、JAXA)
傘を広げた感じがシイタケに似ているということで、広報室の方が生シイタケを用意されていた!手前はEGG本体。長さわずか34cm。
傘を下から見るとこんな感じ。

宇宙から物を持ち帰る超小型衛星。火星探査への夢

今回の「EGG」実験では宇宙で傘(エアロシェル)を展開できること、傘により空気ブレーキが働いて高度を落とし、大気圏突入できることが確認された。

冒頭で「火の玉」状態から逃げるために傘を開く、と書いた。実は、傘の空気ブレーキ効果は二つに分けて考えることができる。①ISSが飛ぶような高高度(約400km)の真空に近い環境から、空気ブレーキ効果を使って高度約100kmに下げること。ただしこの高度付近は空気があまりにも希薄なため、減速量自体はそれほど大きくない。②高度約100km以下の大気圏飛行で、空気の薄い(なるべく高度の高い)場所ですみやかに減速すること。そうすれば、厳しい「火の玉」に遭遇しなくてすむ。

今回のEGG実験では①を実施、②については初期段階までの実施となった。鈴木教授らのチームは「宇宙から帰還し、物を持ち帰る小型衛星」を将来展望に掲げている。そのためには「今後、傘の耐熱性を強化することで大気圏突入後、すみやかに減速してゆっくりと高度を下げていく」技術実証を行うことで、回収衛星の実現につながる。また今回のように自然落下でなく、地上の狙った場所に帰還させるには、姿勢制御ができるエンジンが必要。鈴木教授らは電気推進エンジンを搭載した超小型衛星の飛行実験を提案中だ。

「超小型衛星や大気圏再突入の技術は世界中が切磋琢磨し、技術も日進月歩。より使いやすいシステムにするよう前進しなくてはならない」(鈴木教授)。欧米が同様の実験を行っているが、例えばアメリカはもっと堅牢なシステムを目指しているとのこと。一方、日本は「できるだけ軽く、シンプルに」。これって日本の得意分野ですよね。

ところでこの「EGG」実験、Zガンダムのバリュートシステムの原理と同じだと話題になった。さっそく近所のTSUTAYAに駆け込み「機動戦士Zガンダム第11話 大気圏突入」を鑑賞。確かに、半球状の装置に乗ってモビルスーツが次から次へと大気圏に突入している!こんな風に大気圏を通り抜けられたら楽しそうだ(それにしてもJAXAにはガンダムファンが多い。先日もある取材でエンジニアの皆さんがミノフスキー粒子で盛り上がり、帰宅後必死に調べた。やはりガンダムは必見、と今更ながら)。

さらに、この手法の面白い点は、地球に限らず大気のある惑星でも使えるところ。例えば火星。「今までは大型・高性能の火星探査機が主流だったが、小型化して10個、100個を分散させて探査することもできる。パラダイムシフトです」。鈴木教授の発表では「パラダイムシフト」という言葉が繰り返し出てくる。従来の常識にとらわれない発想の転換。小さな衛星が、宇宙開発に大きな革命をもたらすかもしれない。

いつか、多数の超小型衛星が傘を広げて火星全体に着陸するかもしれない。(提供:東京大学、日本大学、JAXA)
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