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星空の散歩道

国立天文台 副台長 渡部潤一 Junichi Watanabe国立天文台 副台長 渡部潤一 Junichi Watanabe

 Vol.122

3度目の七夕を楽しもう

8月ももう終盤という時期になるのに、七夕の話題というのは、いささか間が抜けているように感じられるかもしれない。ところが、今年に限ってはそうでもない。というのも、今年はなんと8月28日が旧来の七夕の夜となるからである。

ご存じのように、七夕というのは7月7日に行われる星祭りである。ところが、昔使っていた暦、いわゆる旧暦と呼ばれている暦は、現在我々が使っているものとはまったく異なっている。旧暦は月を基準としていたため、日付が月齢とほぼあうようにつくられている。すなわち毎月の1日が新月、15日がほぼ満月になるのだ。いまでも1日を「ついたち」と呼ぶが、これは月が立つと言う意味であり、また満月近い丸い月を十五夜などと呼ぶが、これらはいずれも旧暦の名残である。

その旧暦での7月7日は、現在われわれが使っている、太陽を基準とした暦とは当然ながら日付は一致しない。いわゆる旧暦の7月7日は、8月上旬から下旬のどこかに相当するのである。国立天文台では、この昔ながらの七夕を「伝統的七夕」と称して、広く報じることにしている。旧暦は明治5年に廃止され、日本では公式に月に準拠した暦は存在しないものの、独自の計算によって、伝統的七夕を定義・計算し、公表しているのだ(参照:Vol.45「伝統的七夕を楽しもう」)。それが、今年は8月28日になるわけである。

そう考えると、なんだか得した気分になる。なにしろ、七夕は3回も楽しめるのだ。現在の暦での7月7日、そして、いわゆる月遅れの8月7日前後、そして本来の伝統的七夕である。最初の七夕は、もちろん学校行事などでもお馴染みだし、月遅れの七夕は仙台などの大規模なお祭りとして定着している。そして、今年は3度目の七夕が8月28日となるのだ。

伝統的七夕の夜には、南西には必ず月齢が7前後の月が輝いている。上弦前のやや細身の月となるが、その月が沈む頃には夏空を分かつ天の川が現れ、その両岸に織姫星と彦星を眺めることができる。もちろん、光害の強い都市部では天の川は見えないが、少なくとも一等星である織姫と彦星は見えるはずである。また、今年は、それに加えて月齢7の月はその左側、西の地平線近くには木星が明るく輝いている。さらに、その月の左側には、夏を代表するさそり座がどーんと居座り、その上には土星が輝いている。それぞれ一等星よりも明るいので、ぜひ眺めてみたい。

七夕の行事はもともと中国が起源だが、現在の中国ではそれほど大きなお祭りとしては伝わっていない。日本では、平安時代には貴族の間で星祭りとして受け入れられ、特に平和な時期が続いた江戸時代には庶民のイベントとして定着していったようだ。その頃の江戸市中の七夕祭りは、とても盛大に行われていて、どの家でも軒の上高くに竹を飾り、その装飾や長さを競っていたという。その様子は、歌川広重の「大江戸市中七夕祭」や、葛飾北斎の富嶽百景「七夕の不二」に描かれている。また、松本や姫路など、地方によっては七夕にちなんで人形を飾ったりしたところもあるようだ。それぞれ地方色豊かな伝統的七夕をぜひ楽しんでみてはいかがだろう。

名所江戸百景 市中繁栄七夕祭(めいしょえどひゃっけい しちゅうはんえいたなばたまつり) 歌川広重(うたがわひろしげ)(初代)画 安政年間(1854~1860)刊(都立中央図書館特別文庫室所蔵)