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星空の散歩道

国立天文台 副台長 渡部潤一 Junichi Watanabe国立天文台 副台長 渡部潤一 Junichi Watanabe

 Vol.132

月面にアルファベットを探してみる

昔から見慣れている天体でも、時代が変わるとその楽しみ方も変わってくることがある。その代表といえば月だろう。いにしえから多くの文人が表現してきたこともあり、肉眼で見た美しさは言うまでもないが、天体望遠鏡の時代になると、その表面にたくさんのクレーターや海や山脈やらを眺めることができるようになって、天文ファンのいわば入門天体となった。大小様々のクレーターが折り重なっている様子を子細に観察していると、実に興味深く、時間を忘れて、いくらでも眺めていられる気がしてしまう。

ただ、月は天文ファンにとっては入門天体のひとつではあるが、ファン度が進むと次第に邪魔者扱いされるようになる。なにしろ、月の明るさが他の淡い天体を見えづらくするからだ。満月近い月明かりは、肉眼で見える天の川や、星雲など淡く広がった天体を見えにくくしてしまう。流星群でも、暗い流星がかき消されてしまうため、月明かりがある時には観察条件が悪くなる。ただ、ファン度がさらに進み、一応いろいろな天体を楽しんだ後、次第に歳を取ってくると、邪魔者としていた月を再び楽しむようになってくることがある。なにしろ、それほど暗い夜空に移動して眺める手間もなく、都会でも、家でも手軽に楽しめるからだ。月を眺めながら、杯を酌み交わすなどというしゃれた楽しみ方も可能だ。筆者はしばしば、その様子を「天文ファンは月に始まり、月に終わる」と言うことがある。(いわゆる釣り仲間が言う「鮒に始まり鮒に終わる」の天文版のつもりだが、若干ニュアンスが違うという声もある。)

ところで、最近になって、月の楽しみ方にも変化が起きている。表面に特定のアルファベットが見えると世界的に話題になっているからだ。その文字というのがAだったり、Vだったり、Xだったりする。しかも、いつも見えるわけで無く、特定の月齢の、限られた時間だけ現れる。こうした文字に見える場所は、クレーターの縁の盛り上がり具合や、複数のクレーターの重なり具合が絶妙らしく、そこに太陽光が斜めから当たり始める時期、つまりその月面上の場所で、日の出を迎える時期に現れる事が多い。日が昇りすぎると、全体が明るくなって文字が消えてしまうのだ。文字として見えるのが数時間と限られるため、毎月のように見えるわけではない。その意味では、かなり珍しい現象といえるだろう。

いまでは表面にアルファベット模様が見える日時の予報が出されたりしており、ちょっとしたブームとなっている。特に、以前から知られていたのはAで、満月の少し前に西側の縁に見えることがある。Aよりも見えやすいのは、上弦の頃に見えるXだろう。どちらも知られるようになったのは比較的新しく、ここ10年ほどである。なかでもXは明瞭で見やすいので、「月面X」などと呼ばれて、親しまれるようになっている。このXが見える前後にVの文字も見えることがある。

さらに、最近驚くべき報告を受けた。月面Xと月面Vが見える時に、さらに南側にLという文字がみえるというのだ(写真)。発見したのは愛媛県のアマチュアの方々である。写真を見る限り、確かにLに見える。つまり、この月齢の時期には、月面の上に3つのアルファベット模様が同時に見えることになる。同じ月齢でも、月は微妙に向きが変化しているので、全く同じ条件とはならないのだが、今後のチャンスは7月20日の16時10分、あるいは9月17日16時20分、そして11月15日18時40分頃となる。7月と9月は日没前で厳しいかもしれないが、月そのものは望遠鏡で眺められるので、挑戦してみて欲しい。

2018年3月24日に撮影された月面X、月面V、そして月面L。(提供:愛媛県・えひめ星空キャラバン隊)