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星空の散歩道

国立天文台 副台長 渡部潤一 Junichi Watanabe国立天文台 副台長 渡部潤一 Junichi Watanabe

 Vol.140

月に地球の石?

昨年の夏、国際天文学連合の総会でウィーンにいった時、ここぞとばかりウィーン自然史博物館を訪問した。この博物館は、隕石コレクションでは、研究機関を除けば世界一を誇る規模で、隕石のコーナーを見て回るだけで日が暮れるほど様々なタイプの無数の隕石が展示されている。そのあと、売店に立ち寄ると、いろいろな隕石が適正な値段(とはいってもかなり高価ではあるが)で売られており、なかでも火星隕石や月隕石もあったので、おもわずいくつか買ってしまった。火星隕石というのは、文字通り火星からやってきた石であり、月隕石も月からやってきたものだ。

月の表面を天体望遠鏡で覗くと、無数のクレーターがある事がわかる。これらは小天体が衝突した痕跡である。いまでも火星と木星の間には、それこそ無数の小惑星があり、ときどき地球の方までやってくる。すると、なかには月や地球に衝突するものがでてくる。地球に衝突して拾われると隕石となるわけである。地球に落下する隕石は、ほとんどが小惑星起源である。月の場合は大気がないため、そのまま月面に衝突し、その表面を掘り起こしてクレーターを残す。こうしてクレーターが出来るときに破片が飛び散る。規模が大きい場合は、その破片の一部が脱出速度を超え、宇宙空間へ飛び出してしまう。こうして、小惑星のように宇宙を漂うこととなる。火星の場合は重力が強く、大気も存在するので、月の場合よりも宇宙へ飛び出しにくいものの、やはり長い間には同様の現象は起こる。こうして宇宙へ飛び出した月や火星の破片が、さらに地球にぶつかって、拾われたものが月隕石や火星隕石となるわけである。隕石に含まれている成分を詳しく分析することで、出自がわかるのだ。

こうしたことを考えると、月や火星から地球へと、わずかな破片レベルではあるが、物質がやってきているのである。こうなると逆、すなわち地球から飛び出した石が月や火星に落下している例もあるのではないか、と想像がつく。おそらくそういうこともあるのだろう。ただ、とてもではないがその証拠をつかむのは難しそうだ。なにしろ、地球の場合は隕石そのものが珍しく、すぐに地球外のものと判定できるのだが、月や火星の探査で、隕石そのものを探し出すことさえ難しいからだ。たとえ、隕石を見つけても、それが地球起源である可能性は限りなく低い。大部分が小惑星起源だからである。実際、火星探査車は火星表面で隕石を見つけたが、さすがに地球の石では無かった。確率的に、そんな偶然があるわけは無い。

ところが、1月末のニュースでは、アポロ14号が月から持ち帰った資料の中に地球起源と思われる石が含まれていた、というのである。岩石を調べると、石英や長石、ジルコニウムといった物質が発見された。これらは地球では普通だが、月の石にはほとんど見られない。さらに、化学的には酸素があるところで結晶化したものであることもわかった、という。40億年程前に、この岩石が地球で結晶化して形成され、その後の天体衝突で破片が宇宙に飛び出し、月面に再び衝突した可能性が強い。もともと、月は当時は現在よりもずっと地球に近かったはずで、地球から破片が飛び出せば月に到達する可能性も高い。こうして月の石と混じった地球の石は度重なる天体衝突で融合し、アポロ14号によって採取されたわけである。50年前に比べて分析技術は格段に進んでおり、今後も新しい研究結果が月の石からもたらされるかもしれない。

アポロ14号で持ち帰った石のひとつ。地球起源と思われる珪長岩が矢印で示されている。(提供:NASA/Modified by LPI)