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星空の散歩道

国立天文台 副台長 渡部潤一 Junichi Watanabe国立天文台 副台長 渡部潤一 Junichi Watanabe

 Vol.146

オウムアムアに続く太陽系外からの小天体? ボリソフ彗星

9月11日、世界中を衝撃のニュースが駆け巡った。2017年のオウムアムアに続く、新しい星間空間からやってきた天体と思われる、C/2019 Q4(Borisov)という彗星の発見である。発見者の名前を取ってボリソフ彗星という名前で公表された彗星の軌道は、それまで誰一人として見たことがない軌道を持っていた。なにしろ、その軌道の離心率が3.08という、とんでもない値だったからだ。あのオウムアムアでさえ、その離心率は1.12である。これでも十分に天文学者は驚く値だった。しかし、今回はそれを遙かに超えている。誤差の影響とか、惑星の影響とかをいろいろ考えてみても、確実に太陽系の中の天体では無く、外からやってきた来訪者と言えそうだ。

離心率について、少し詳しく説明しよう。太陽系の中の小天体はほとんどが楕円軌道、つまり太陽の周りをぐるぐる回っている。完全に円軌道だと離心率の値は0である。この値が大きくなればなるほど、軌道が円から次第につぶれ、ひしゃげた楕円になっていく。いわば楕円のつぶれ方の度合いを表す数値になる。ただ、楕円軌道の場合の離心率は1を超えることはない。ハレー彗星のように細長い軌道でも、その離心率は0.97である。さらに一部の彗星は太陽から遠く離れた、オールトの雲という場所からやってくることがあり、その場合の軌道はきわめて放物線に近い楕円軌道になる。それでも、もともとはきわめて細長い楕円軌道なので、0.99と1にきわめて近いが1を超えることはない。ちょうと離心率1というのが放物線軌道で、数学的には太陽を周回するか否かのぎりぎりの軌道で、1を超えると双曲線軌道となる。離心率が1をわずかに超える値が算出される場合もあるが、たいていは太陽系内部に入り込んだときに木星や土星の影響によって軌道が変化してしまった結果だ。これまで小惑星では数十万個、彗星では1万個に上る発見があるが、その中でも明らかに離心率が1を超える双曲線軌道をもっていたのが唯一、2017年に発見されたオウムアムアだけだった。双曲線軌道というと、いわば”開いた”軌道であり、太陽に近づくのは一度だけ、つまりもともと太陽系の外からやってきて、たまたま太陽に近づき、通り過ぎて去っていく性質をもつものとなる。今回のボリソフ彗星は、オウムアムアに続く人類が見た星間空間からやってきた天体の二例目と言うことになる。しかも、オウムアムアに比べるとさらに双曲線の度合いが強いのだ。太陽に近づいても、その軌道をほんの少し曲げるだけで猛スピードで飛び去ってしまうことになる。

ボリソフ彗星の発見に天文学者は騒然としている。オウムアムアの発見以降、すぐに同様に太陽系外からやってくる天体が発されるとは誰も思ってもみなかったからだ。そういった外からの来訪者は希で、たまたま観測技術が良くなったために見つかったのだろう、と思っていた。もしかすると、これまでは全く気づかなかっただけで、実は案外多くの訪問者が太陽系を訪れているのかもしれない、と思わせる発見なのである。

いずれにしろ、さっそくあちこちの天文台で緊急の観測が始まっている。なにしろ、ボリソフ彗星は、これから太陽に近づいていくという絶好の観測条件である。近日点通過、つまり太陽に最も近づくのは2019年12月上旬とされており、その距離は約2天文単位、つまり太陽から約3億kmほどのところまで近づくのだ。そして、その頃には、明るさも15等級ほどになるのではないか、と予想されている。これは20等止まりだったオウムアムアの見かけの明るさの100倍に相当する。しかも日本を含む北半球で観測条件が良い。また、すでに明確な彗星活動を示していることから、その揮発しているガスの成分を調べることができるかもしれない。そうすると太陽系の彗星との差がわかるかもしれないのだ。期待は高まるばかりである。

マウナケアにあるジェミニ望遠鏡が撮影したボリソフ彗星の赤と緑の二色合成によるカラー画像。彗星の動きに合わせて望遠鏡を動かしているので、背景の恒星が線を引いている。
(提供:Gemini Observatory/NSF/AURA)