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DSPACE 林 公代「読む宇宙旅行」連載20周年特別企画 矢野顕子さんと宇宙を語るDSPACE 林 公代「読む宇宙旅行」連載20周年特別企画 矢野顕子さんと宇宙を語る

宇宙をもっと開かれた場に
- Part 1

  • 宇宙ライター 林 公代
  • ミュージシャン 矢野 顕子

宇宙ライターの林公代さんが、DSPACEで連載中の人気コラム「読む宇宙旅行」は、2002年7月の連載スタートから20周年を迎えました。これを記念して2022年9月4日、林さんと以前から親交が深いミュージシャンの矢野顕子さんを招き、トークイベントが開かれました。イベントではこの20年を振り返り、林さんが世界を駆け巡った思い出話で盛り上がるとともに、現在進行中の数々の宇宙プロジェクトや、あの宇宙飛行士が作った詩に矢野さんが曲をつけて披露した話など、興味深いエピソードが次々登場。宇宙への熱い思いに満ちあふれた対談となりました。ここではその様子をお届けします。

きっかけは、病院プラネタリウム

お二人が「読む宇宙旅行」をきっかけに親交を持つようになったのはいつ頃ですか。
林公代(以下、林):

もう7年近く前のことです。2015年6月のコラム「病院がプラネタリム—変化していく子供たち」を矢野さんが読んで、病院プラネタリウムを一緒に見たいとツイートしてくださった。そして矢野さんはその年12月、毎年なさっている「さとがえるコンサート」が終わったあとの貴重なオフの日に、本当にきてくださったんです。それが初めての出会いですね。

矢野顕子(以下、矢野):

すぐに「もう、行きます!」と。埼玉県の熊谷の病院で、電車とバスを乗り継いでやっとたどり着いたのですが、時間をかけてでも行く価値がありました。

林:

記事を読んで「病院プラネタリウム」を見てみたいという言葉はよくいただくのですが、本当に見にきてくださったのは矢野さんだけ。しかもアメリカに住んでおられるのに。その行動力にはビックリしました。

20周年、振り返るといろいろな思い出がありますよね。
林:

2000年にフリーランスライターになり、最初は単発の仕事ばかりだったので、やっぱり連載が欲しかったんですね。そのとき、三菱電機で宇宙に関する新しいWebサイトを立ち上げるので「やりませんか」とお声掛けいただいたんです。もう20年になりますけど、矢野さんは昨年がデビュー45周年で、まだその半分にも及んでいませんが。

矢野:

いやいや、続けていればそのくらいにもなるということですよ。毎回テーマをどうしようというのは林さんが決めているんですか?

林:

はい。ありがたいことにほぼ自由にさせていただいて、海外取材にも行かせていただきました。

その第1回が、アポロ8号が撮影した、月面から見た地球の写真についての「宇宙に行かなきゃわからないコト」というコラムでした。
林:

最初ということで何を書けばいいのかわからず、自分としてはインパクトが強かったその写真を選びました。コラムの最後に、宇宙で一番衝撃を受けるのは「圧倒的な暗闇なのかもしれない」と書いています。それは今も同じように思っているので、あまり進歩していないのかもしれません(笑)。矢野さんは、このアポロ8号の写真やアポロ11号の月面着陸で印象に残っていることはありますか?

矢野:

もちろん強く印象に残っていますし、いつか自分も月面に立って、サラサラとした砂の感覚を味わってみたいなという憧れもあります。このアースライズ(月から見た“地球の出”)の写真を見たとき、自分たちが実は宇宙空間に浮かんでいるんだっていうことを再認識させられ、その点でもこれは画期的な写真でした。

アポロ計画から半世紀を経て

月は私たちにとって一番身近な天体ですが、謎多き天体でもありますね。
林:

皆既日食は月と太陽の見かけの大きさが重なるから起こるわけですけど、そんな奇跡的な条件になるのは太陽系の中でも地球と月だけなんですよね。つまり太陽と地球と月の関係は、ものすごく絶妙なバランスの上にあると。おもしろいのは、月は今、1年に約3センチずつ地球から遠ざかっているんです。だから、皆既日食を楽しめるのも今だけということ。

矢野さんは、月で何かしてみたいと思ったことはありますか?

矢野:

月から地球を眺めたい……それで十分です。林さんが言う通り、地球と月の関係って「どうしてこんなに?」というくらいうまくできているので、私としてはそれだけでもう十分。あまりいじらないでほしいなという思いもあります。

林:

ビジネスの場にしてほしくない?

矢野:

そうそう、それ、すごく思いますね。

アポロ11号が初めて月面着陸して以降、人類は半世紀以上も月に行っていません。これは何か理由があるのでしょうか?
林:

アポロ計画のそもそもの目的が米ソの宇宙競争で、どちらが先に月へ旗を立てるかに集中していたので、きちんとした月面探査の目的がなかったのでしょう。今、半世紀ぶりに人類を月へ戻そうという「アルテミス計画」が動き出しています。その最初の打ち上げが今日予定されていたのですが、残念ながら延期になってしまいました。

矢野:

私もツイッターで経緯を見守っていました。

林:

月にたくさんの人が行き、月からアースライズを見て、地球のかけがえのなさを実感する……月にそういう社会ができればいいのですが、資源開発競争になってしまうとあまり良くないと思います。要は目的次第。月を探査することで地球生命の起源の解明につながる可能性があるところにはロマンを感じるし、単純に月面ホテルに泊まってみたいという希望もあります。

2022年は月ラッシュ、注目のミッションが目白押し

林:

とくに2022年は月ラッシュといわれています。例えばJAXA(宇宙航空研究開発機構)の「OMOTENASHI」は世界で一番小さい月着陸機で、月面へのセミハードランディングをとても楽しみにしています。政府や宇宙機関だけでなく、民間の月探査機も次々打ち上げられようとしています。「YAOKI」はエンジニアがたった一人で開発した月面ローバー(探査車)。これも今年度上がる予定です。

アルテミス計画では、月に着陸するだけでなく、月の周りに「ゲートウェイ」という有人の拠点も作ります。そこに荷物を運ぶ貨物船として、これまで国際宇宙ステーション(ISS)に物資を運搬していた無人補給機「こうのとり」(HTV)の後継機となる新型宇宙ステーション補給機(HTV-X)の1号機も、実証実験に向けて打ち上げ準備を進めています。

また、JAXAと民間企業が開発している有人与圧ローバーには、普通の服で過ごせる四畳半ほどの部屋があって、2人で42日間暮らせるそうです。

矢野:

2人で!そこが一番問題ですよね。夫婦だって大変なのに。人選が開発よりも難しいんじゃないでしょうか。

林:

確かにそうですね(笑)。
それから、SLIMという小型の月着陸実証機を日本が開発していますが、これは三菱電機が製造しています。新しいウィンドウが開きます 今年度中に打ち上げ*、100m程度の範囲にピンポイントで着陸する予定です。足を広げて垂直に着陸するのではなく、あえて斜面に倒れ込む形で着陸するので、その姿がかわいいんですよ。

矢野:

私もツイッターで見ましたが、月なら重力も少ないので大丈夫ですね。

  • *

    今年度中に予定していた小型月着陸実証機「SLIM」の打ち上げは、来年度に延期されることが2022/9/26に発表されました。

林:

「OMOTENASHI」に関しては、着陸したかどうかの確認をアマチュア無線家に頼らなければならなくて、ちょっとドキドキではあるのですが。

矢野:

でも、それはそれでいいんですよ。いろんな人の力で協力できるというのが。私なんかそのニュースを聞いたとき、アマチュア無線の免許を取ろうと思ったくらいですから(笑)。

取材で様々な場所へ

ここからは「読む宇宙旅行」の20周年を記念して、林さんが撮影した写真を見ながら話を進めていきます。この20年、取材で本当にいろんなところへ行きました。
林:

はい。旧ソ連のガガーリンの時代からロシアのロケットを打ち上げているカザフスタンのバイコヌール宇宙基地で、ソユーズの打ち上げをぜひ取材したいとお願いしたところ、三菱電機の協力で2013年に実現しました。

このときは若田光一さんが初めてISSの船長の任務を担うということで、気合を入れて写真も撮りましたね。現地でレポートを書いてすぐ公開ということも初めて試みましたが、回線状況が悪く写真1枚送るのも大変でした。DSPACEスタッフの方たちが時差を超えて協力して下さったおかげで実現できました。発射場のまわりは一面何もない赤茶けた大地で、火星のようだと感じた記憶があります。若田さんは今年10月の頭にアメリカの宇宙船クルードラゴンで宇宙へ行き、ISSに滞在します。矢野さんは打ち上げを見に行かれますか?

矢野:

まだ検討中ですが、いざとなったら打ち上げが見える海岸に車を止めてでも見ようと思っています。

林:

2010年4月には、山崎直子さんの打ち上げをケネディ宇宙センターで取材しました。このときは明け方の打ち上げで、発射後にちょうど夜が明け、ハート形の雲に朝日が当たってピンク色に染まり、とにかく美しかった。祝福された打ち上げという感じがしました。打ち上げ時は音に注目する、光に注目するなどいろいろな楽しみ方があるので、ぜひ矢野さんにも味わってほしい。

矢野:

ぜひぜひぜひ!

次は日本の種子島の写真ですね。
林:

種子島は海がすぐそこまで迫り、世界一美しい発射場といわれています。天の川もとても綺麗に見える場所で、私は種子島の取材で初めて天の川を見ました。また、島の人たちがみんなで応援する温かい雰囲気も印象的です。

林さんは、この20年の間に、様々な場所で取材をしてきました。
地図の場所をクリックして取材写真をご覧ください。

バイコヌール宇宙基地
種子島宇宙センター
ケネディ宇宙センター
アタカマ砂漠
  • 本文中における会社名、商標名は、各社の商標または登録商標です。

林 公代「読む宇宙旅行」連載20周年特別企画 数字でみる読む宇宙旅行
提供:
NASA, NASA/JPL, NASA/Alexander Vysotsky, NASA/Tony Gray and Kevin O’Connell, Axiom Space, Blue Origin, SpaceX

プロフィール

宇宙ライター
林 公代
福井県生まれ。神戸大学文学部英米文学科卒業。日本宇宙少年団の情報誌編集長を経てライターに。NASA、ロシア等現地取材多数。
「さばの缶づめ、宇宙へいく」(小坂康之氏と共著、第34回読書感想画中央コンクール中学校・高等学校の部指定図書)、「宇宙へ行くことは地球を知ること」(野口聡一宇宙飛行士、矢野顕子さんと共著)、「星宙の飛行士」(油井亀美也飛行士、JAXAと共著)など著書多数。
ミュージシャン
矢野 顕子

無類の宇宙好きを公言しており、宇宙に関する楽曲も多数発表している。「病院がプラネタリウム」の記事を読んだ矢野さんがツイートしたことをきっかけに、林さんと矢野さんの親交が始まる。野口宇宙飛行士との共著「宇宙に行くことは地球を知ること」は、林さんが取材、執筆を行なった。