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ライター 林 公代 Kimiyo Hayashiライター 林 公代 Kimiyo Hayashi

大分、北海道…どこから旅立ち、どこに帰る?
宇宙港を選ぶ時代へ

宇宙から帰還し、宇宙港に着陸する宇宙往還機ドリームチェイサーのイメージ図。(提供:Sierra Space)

2030年代、商業宇宙ステーションで実験を行った研究者がその成果を抱えて、あるいは宇宙旅行を楽しんだツーリストがたくさんの想い出と共に、宇宙船ドリームチェイサー(Dream Chaser)に乗り込む。行き先は日本のOITA。数時間後に大分宇宙港に着陸すると、実験試料はすぐラボに運ばれ解析が始まり、観光客は出迎えた友人らと感動を分かち合う・・。こんな未来が実現するかもしれない。

2022年12月12日、日本航空(以下、JAL)は「宇宙港」を目指す計画への参画を発表した。大分県×兼松×シエラスペース(Sierra Space)が、2022年2月から宇宙往還機ドリームチェイサーの活用検討を進めるパートナーシップにJALが加わったのだ。

2022年7月の記事(欄外リンク参照)で紹介した通り、大分県は「アジア初の水平型宇宙港」の実現を目指し、二つのプロジェクトの準備・検討を進めている。そのうちの一つが航空機による人工衛星の打ち上げ。ヴァージン・オービット社の航空機が人工衛星を搭載したロケットを取り付けた状態で離陸。高度約10kmでロケットを分離・空中発射し、宇宙空間に達したロケットが小型衛星を放出する。2023年1月10日(日本時間)、ヴァージン・オービット社による航空機離陸&ロケット空中発射がイギリスのコーンウォール空港から行われた。米国以外では初めてだ(離陸、ロケット分離、空中発射、第一段エンジン燃焼・分離などは正常に行われた。その後の異常で衛星の軌道投入は実現できず、詳細を解析中)。解析結果をふまえ、今後、大分空港からの打ち上げに向けた取組が加速することを期待したい。

米国カリフォルニア州モハベ空港から離陸するヴァージン・オービット社の航空機。こんな光景が大分空港で見られると期待される。(提供:Virgin Orbit)

そして大分県の宇宙港に関するもう一つの取り組みが、宇宙往還機ドリームチェイサーのアジアでの着陸拠点を目指すというもの。ドリームチェイサーを開発するシエラスペースは2024年末までにISSに物資を輸送することでNASAと契約している。ドリームチェイサーは翼をもった宇宙往還機で全長9m。初期は無人輸送機として使用されるが、将来的には人を乗せる計画もある。打ち上げ時はロケットの先端に搭載され垂直に上昇、帰還時はスペースシャトルのように滑走路に水平着陸する。3000m級の滑走路があれば、物理的には世界のどこでも着陸できることになる。

今まで日本の大学や企業がISSで実験を行った際、その成果を持ち帰るのは米国やロシアだった。大分空港に直接、実験試料を持ち帰ることができれば、日本の研究者は迅速にラボで作業を進めることができ、宇宙実験の成果がより一層社会に還元されることが期待できるだろう。そして宇宙旅行後に日本に帰ることができれば、宇宙がもっと近くなる!

しかし宇宙港専用でない、既存の空港に宇宙機が着陸するとなれば安全性はどうか、環境面は?そもそもどのくらいの経済波及効果があるのか、など検討課題は多岐にわたる。宇宙事業に20年以上携わる商社・兼松に加えて航空運送で約70年の経験とノウハウをもつJALが参画したことは計画を具体化し、前進させる大きな推進力になるに違いない。

JALは「グランドハンドリング」で宇宙港に貢献

宇宙港目指す大分空港(大分県国東市)。3000mの滑走路が見える。

そもそもなぜ、JALは宇宙事業へ参画を決めたのか。日本航空執行役員でデジタルイノベーション本部長の野田靖氏は「新型コロナウイルス蔓延後、従来の航空運送そのものの事業が厳しくなっている。あらゆる領域にチャレンジしていく。宇宙業界は非常に可能性のある領域であり、果敢にチャレンジしていきたい」とその理由を説明する。

具体的に宇宙業界の何に可能性を見出しているのだろう。全日空はヴァージン・オービット社の航空機による衛星打ち上げや宇宙機開発ベンチャー・PDエアロスペースへの出資などを行っている。一方、JALは民間月着陸機の開発・打ち上げを行うispaceに出資。「宇宙は広い領域。月もあれば、地球周回低軌道もある。輸送についてもISSへの輸送もあれば(宇宙経由で)地上の2か所を移動する2地点間輸送もある。あらゆる可能性を追求したい」としつつ「将来的には宇宙旅行に繋がるような発展を期待している」と語った。

高速2地点間輸送は高度約100kmの宇宙を経由して地球上のどこでも約1時間で移動でき、いずれ現在の飛行機に替わる移動手段になるかもしれないと期待される。文部科学省の資料によると、その市場規模は日本発着ベースで2040年に年間約5.2兆円。大きな市場であり見逃すわけにはいかない。「(2地点間輸送に挑戦する)可能性は十分にある」と野田氏。

2022年12月12日、宇宙往還機ドリームチェイサーの活用検討に向けたパートナーシップについて記者発表を行う日本航空執行役員・野田靖氏、大分県商工観光労働部長・利光秀方氏、兼松上席執行役員・城所僚一氏(右から)。(提供:兼松株式会社)

宇宙であれ地上であれ、人を運ぶ際の基本に変わりはない。「お客様を運ぶ際の地上での取り扱い業務(グランドハンドリング)や検疫などの知見でお役に立てるのではないか。それ以外に(JALには)多数の上位顧客がいるので2地点間輸送の営業面でもお手伝いできると考えている」。乗客を安全に効率的に目的地に運びつつ、満足できるサービスを提供するという点でも、JALの知見は活かされるのではないだろうか。楽しみだ。

商業宇宙ステーション「オービタルリーフ」とドリームチェイサー

商業宇宙ステーション「オービタルリーフ」にドッキング中のドリームチェイサー(イメージ図)(提供:Sierra Space)

シエラスペース社は宇宙往還機ドリームチェイサーだけでなく、ブルーオリジン社などと共に商業宇宙ステーション「オービタルリーフ」を開発中で、2020年代後半に打ち上げる計画だ。ドリームチェイサーは「オービタルリーフ」に人や物を運ぶ可能性もある。シエラスペースと業務提携を結び、商業宇宙ステーション利用事業を担う兼松の担当者は「日本政府はISSの参加を2030年まで延長すると発表した。そのあとはシエラスペースをはじめとする米企業が新しい宇宙ステーションを打ち上げる。民間企業が主体的に事業を行うことが期待されており、兼松は地球低軌道での事業を推進していく」と意欲的だ。

一般社団法人スペースポートジャパンの山崎直子代表理事は「将来的に、人も宇宙から日本に直接帰還できる可能性がある。日本の宇宙産業や地域の産業が発展し、幅が広がっていくことに期待している」とメッセージを寄せた。

大分県は、スペースポート関連のサプライチェーンを地元で構築すること、衛星データの活用、宇宙食や宇宙葬などのビジネス創出など、スペースポートを核としたエコシステムの創出を目指しているそうだ。どんなユニークな事業が大分から起こるか注目だ。

北海道スペースポート、垂直発射・水平離着陸に対応するアジア初の民間宇宙港へ

2023年度完成予定の人工衛星用ロケット発射場「LC-1」の完成イメージ図。(提供:SPACE COTAN)

大分県は既存の空港を活用することでユニークだが、宇宙港計画は日本各地で進行中だ。例えば北海道では新たな宇宙港計画が着々と進められている。

2022年9月、北海道十勝地方の大樹町は、町内の北海道スペースポート(HOSPO)で、人工衛星打ち上げ用ロケット発射場「Launch Complex-1(LC-1)」を着工。大樹町と言えば、インターステラテクノロジズ(IST)の観測ロケットMOMOが2019年に打ち上げに成功した場所。国内では鹿児島県の内之浦、種子島に続いて稼働する3番目の発射場であり、宇宙への玄関口。今もロケット打ち上げだけでなく、JAXAや大学、企業などが航空機、ドローン、大気球実験など様々な目的で活用している。

MOMOを打ち上げたのは現在稼働しているロケット発射場「Launch Complex-0(LC-0)」。LC-1はその隣の敷地約26,800m2に建設され、ロケット組立棟や、燃料等の供給プラント等を備え、2023年度内に完成予定だ。ISTが開発中の人工衛星用ロケットZEROはここから飛び立つことになる。高度300~600kmに約150kgの衛星を打ち上げる能力をもつ全長25mのロケットZERO。その開発は現在、佳境を迎えているそうだ。

(提供:SPACE COTAN)

HOSPOが目指すのは「民間企業も使える世界に開かれたロケット射場」。世界中で500kg以下の小型衛星が続々と打ち上げられているが、日本企業などの商業衛星の多くは海外のロケット射場で打ち上げざるを得ない状況。その理由は日本(そしてアジアにも)民間の衛星打ち上げ用ロケット射場がほとんどないからだ。HOSPOはこの課題解決に乗り出す。ロケットや宇宙船(スペースプレーン)の実験、打ち上げ設備、滑走路をもち、燃焼試験から打ち上げまでをトータルにサポート。ロケットのような垂直打ち上げ型に加えて水平離着陸するスペースプレーンにも対応できるアジア初の宇宙港となる。

垂直型の人工衛星打ち上げ用ロケット発射台は二つ。昨年着工したLC-1は2023年度に完成予定。LC-2が2025年度に完成すれば頻度高く衛星を打ち上げられる。また現在1000mの滑走路は1300mに延ばし、将来的には3000mの滑走路を新設。高速2地点間輸送などに使いたい考えだ。

60年続いていた人口減少がストップ

大樹町は約40年前の1980年代に「航空宇宙産業基地」の候補地とされて以来、官民一体となって「宇宙のまちづくり」を進めている元祖「宇宙のまち」。2017年に大樹町にMOMOの打ち上げ取材に行った際も、町をあげて応援している姿が印象的だった。ここ数年、大樹町内の宇宙関連企業の社員の移住や、宇宙のまちづくりがHOSPOによって進展したことも功を奏したせいか、60年間続いていた大樹町の人口(約5400人)減少がストップし増加の兆しを見せているという。宇宙が街に活気をもたらしているのだ。

さらにユニークなのはロケットの燃料として牛の糞尿から液化メタンを精製し、ロケット燃料(液化天然ガス:LNG)の代替として使用する計画があり、すでにガス会社などと実証実験を進めていること。将来は新型ロケットZEROの燃料としての使用を予定している。大樹町は人口の約6倍、3万頭の牛がいる酪農の街。酪農が盛んな大樹町の特性を活かしたSDGsの取り組みだ。

北海道スペースポートの将来イメージ図。(提供:SPACE COTAN)

北海道、大分のほかにも今年は和歌山県串本町の「スペースポート紀伊」から新型固体ロケット・カイロスの初打ち上げが予定されている。沖縄県の下地島は「宇宙に行ける島、下地島」を掲げ、宇宙港構想を進行中だ。世界にも新しいスペースポート構想が多数あり、途上国も名乗りをあげている。それぞれに地元の特色をいかした宇宙港、あなたはどこから飛び立ちますか?どこに帰りたいですか?

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