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ライター 林 公代 Kimiyo Hayashiライター 林 公代 Kimiyo Hayashi

月探査新時代へ。「月ラッシュ」始まる

飛行20日目、12月5日にオライオン宇宙船が月の地平線の向こうにとらえた「地球の出」。このあと宇宙船は月から離れ、地球へ向かった。(提供:NASA CC BY-NC-ND 2.0

2022年、ついに新たな「月ラッシュ」が始まった。21世紀の月探査が20世紀と大きく異なるのは、国や政府の機関だけでなく民間企業がこぞって月を目指していること。官と民が手を携えて月へ挑戦しているのも新しい。そして月への観光旅行も民間によって実施されようとしている。

ついに発進したのがNASAが主導する国際協力プロジェクト「アルテミス」計画だ。2025年以降に女性飛行士らによる月着陸を予定、その先に火星有人探査を見据える同計画には日本も参加。その第一弾となる「アルテミス1」がたびたびの延期の後、2022年11月16日15時47分(日本時間、以下同じ)、飛び立った。全長約98mの巨大ロケットSLSの先端にはオライオン(ORION)宇宙船を搭載(今回は無人で打ち上げ)。すべての運用手順と安全性を確認し、地球帰還時の熱に宇宙船の熱シールドが耐えられるかを検証することが「アルテミス1」の主な目的だ。

2022年11月16日15時47分(日本時間)、NASAケネディ宇宙センターから飛び立ったSLSロケット。オライオン宇宙船と10基の超小型衛星が搭載されていた。(提供:NASA)

SLSロケットは何度も液体水素漏れ問題に苦しめられてきた。延期後の打ち上げ当日もロケットに液体水素を充填するバルブに漏れが確認された。そこに登場したのが「レッド・クルー」と呼ばれる決死隊。発射台に向かった彼らは見事にトラブルシュートを実施し、アルテミス計画の立役者となった。「アルテミス2」ではこの液体水素問題を解決する必要があるだろう。

発射後、SLSロケットはオライオン宇宙船、10基の超小型衛星を分離。宇宙船は月を目指して概ね順調に飛行を続けた。11月21日には月から約130kmに接近。26日には月を周回する軌道に入った。その後、アポロ13号が記録した地球から最も遠い距離(約40万km)を超え、29日には約43万5千kmに到達。これは有人用の宇宙船として地球から最も遠い距離になる。いつの日か、月を超え火星に向かう人はこんな眺めを直接目の当たりにするのだろうか。

飛行13日目、地球から約43万5千kmの地点から見た月と地球。オライオン宇宙船は月の裏側から見ているため地球より月が大きく見える。(提供:NASA)

オライオン宇宙船は深宇宙空間で様々な実験を行った後、12月2日には月周回軌道を離脱。12月5日、最後の月接近飛行でとらえた「地球の出(Earthrise)」は三日月型の地球が月平線から徐々に姿を現す様子が神々しい。

12月5日、地球に帰るための3分27秒のエンジン噴射後、月の裏側から表側に移動する際にオライオン宇宙船は「地球の出」を撮影。動画1分40秒頃から。(提供:NASA CC BY-NC-ND 2.0

オライオン宇宙船は約26日間、200万kmを超える月周回飛行後、秒速約11kmで大気圏に再突入。12月12日午前2時40分、バハ・カリフォルニア沖の太平洋に3つのパラシュートを開いてゆっくりと着水。米海軍の揚陸艦で無事に引き揚げられた。今後、ケネディ宇宙センターで機体や熱シールド、搭載された3体のマネキンのセンサーなどを徹底的に調べることになる。

着水後のオライオン宇宙船。(提供:NASA CC BY-NC-ND 2.0
オライオン宇宙船内。コマンダー席に座るのはマネキン、ムーニキン・カンポス。写真中央下にはスヌーピーの姿も。(提供:NASA CC BY-NC-ND 2.0

今回の帰還では大気圏突入後、バウンドするように一時的に浮上。その後に再び突入する「スキップエントリー」という方式が採用された。宇宙船にかかる負荷を減らそうという目的だ。その効果はどうだったのか、熱シールドは大気圏突入時の数千度の熱から船内を守ることができたのか等も含めて全データを検証し、いよいよ宇宙飛行士が搭乗し月周回軌道を回る「アルテミス2」に反映される。「アルテミス2」は2024年の実施が予定されている。

HAKUTO-Rミッション1、月を目指し順調に飛行中

オライオン宇宙船が地球に向かう頃、月をめがけて飛び立った月着陸船があった。ispaceの民間月面探査プログラム「HAKUTO-R」ミッション1のランダー(月着陸船)が世界の顧客の荷物7つを搭載して、米国フロリダ州ケープカナベラルから12月11日16時38分(日本時間)発射された。打ち上げ約47分後、ランダーが無事分離されたことがNASAテレビの映像で確認されると、中継を見守っていたispaceの社員らが大歓声を上げた。

HAKUTO-Rミッション1のランダーが無事に分離されると、拍手や歓声が上がった。(提供:ispace)

発射約4時間半後に行われた記者会見でispace CTOの氏家亮氏は、東京にあるMCC(ミッションコントロールセンター)とランダー間の通信を確立、ランダーは姿勢も電力も安定していることを確認したと報告。「色々なことがあって、サッカーW杯の日本のグループリーグのような状態だったが、無事に通信・電力・姿勢の確立を報告できて喜ばしい。MCCやispaceメンバー全員に『ブラボー』と言いたい」と満面の笑み。様々なトラブルをチームで乗り越えてきたことが伝わってきた。

管制室で初期クリティカル運用完了を喜ぶispaceエンジニア達。(提供:ispace)

ロケットからの分離約2時間後と19時間後に、遠ざかる地球をランダーに搭載したカメラがとらえた映像も公開された。ランダーは12月15日12時には初回の軌道制御マヌーバを完了し、予定軌道に投入することに成功。既に月軌道を一度通り過ぎ、地球から約55万kmの地点(15日時点)を航行しているとのこと。またispaceは16日までに搭載した顧客の荷物すべてに不備がないことを確認、月着陸までの技術的な関門である10のマイルストーンのうち、Success3とSuccess4を達成したと発表した。ミッション前半の大きな山を越えたことになる。初飛行にしての快挙達成、ブラボー!

ロケットからランダーが分離された約2分後に撮影された地球と分離されたロケット。Canadensys社のカメラが撮影。(提供:ispace、Canadensys)
同じくロケットから分離約19時間後にispaceのカメラがとらえた遠ざかる地球。(提供:ispace)

ispace CEOの袴田武史氏は「着陸船の開発は2017年から本格的に始めたが、着陸船という複雑なシステムを我々のような小さなチームが作り上げたのは大きな達成。今、宇宙でしっかり設計ができたことが示されつつあり、努力が報われることをうれしく思う。今後も気を抜かずしっかり運用して着陸を目指したい」と語った。

飛行計画。月軌道を離れ今後数か月間は深宇宙空間を飛行予定。(提供:ispace)

ランダーは2023年1月20日頃には地球から約140万km地点まで航行予定。その後、軌道制御マヌーバを行って月周回を目指す。月着陸は4月末の予定だ。月着陸について、民間一番乗りが可能なのかを会見で問われた袴田氏の回答が印象的だった。「商業的な月の輸送ミッションについては我々が世界初の打ち上げになった。(ライバル社は)来年頭に打ち上げ予定で、その通りなら似たようなタイミングで月着陸になるだろう。我々は世界で一番乗りを目指したいが、一番乗りが究極のゴールではない。最初のグループに入っていることが大事。月に産業を築くには一社ではできない。複数で競い合い、より良いサービスを目指すことで大きな産業を一緒にリードしていけたら」

2005年頃、宇宙の賞金レースXプライズに刺激され、宇宙に関心を持ち始めた袴田氏の究極のゴールは「宇宙開発が人類に貢献すること」。宇宙開発を持続させるには、宇宙が産業として確立していくことが重要と考えている。そのためには「技術はもちろん、資本と経営の3つの要素でシステムを作らなければならない」。宇宙ビジネスというと利益重視と思われがちだが、産業にすることで持続可能性を高めるという大きな視点が彼の原動力になっていると改めて知った。その目標に向かい、今後のミッションが順調であるように見守っていきたい。

前澤友作氏、月旅行の参加クルーを発表

2018年10月9日、月旅行を発表する前澤友作氏。(撮影:林公代)

そして2022年12月9日、実業家の前澤友作氏は、月周回旅行プロジェクト「dearMoon」に参加するクルーを発表した。249の国と地域から約100万人の応募者(実は私も応募した)から選ばれたクルーは8人、バックアップクルーも2人(うち1人は日本人のダンサーMiyuさん)選ばれている。

月へのチケットを手にしたのはアメリカ、韓国、インド、アイルランド、チェコ、日本など世界中で活躍する写真家やミュージシャン、映像作家、YouTuberダンサーなど。BIGBANGのメンバーT.O.P氏は「小さいころから宇宙や月に空想を抱いてきて、新たな刺激や知識を得たくて応募した」と言い、合格を告げられた時は涙を浮かべた。「韓国のアーティストとして、『dearMoon』が世界をインスパイアし、人々に希望を与えられるよう願っています」と語り、「月に行くことは全く怖くない」と飛行を楽しみにしている。

自然写真家や環境保全に関するドキュメンタリーフィルムを手掛けてきた映像作家、アーティストらが参加することから、人類にとって貴重な月飛行体験をどんな作品にして私たちにシェアしてくれるかが本当に楽しみだ。私が特に注目するのはYouTube「Everyday Astronaut」(チャンネル登録者137万人)で宇宙ファンの間で有名なTim Dodd(ティム・ドッド)氏。彼は前澤氏がSpaceX社で月旅行を発表した会見の場にいて、応募を即決したという。一方、月飛行に使われる宇宙船Starshipの飛行実験で爆発する場面を目の当たりにしているだけに「怖いし、リスクも知っている」と打ち明ける。しかしISSと往復する有人宇宙船クルードラゴンと同じように、SpaceX社はStarshipについても堅牢なシステムを作り上げるはずと確信しているそうだ。

「dearMoon」打ち上げは2023年を予定している。ただ、打ち上げに使うスーパー・ヘヴィロケットや宇宙船Starshipの開発状況をみると遅れる可能性は高い。だが、SpaceXは「dearMoon」の次の月周回旅行の乗客も発表している(2000年に国際宇宙ステーションに旅行したデニス・チトー氏と妻のアキコ氏)。安全性を重視し実現させてほしい。

月周回飛行のイメージ図。(提供:SpaceX CC BY-NC 2.0

月ラッシュは今後も続く。もちろん「Space is hard(宇宙は厳しい)」。うまくいくことばかりではない。「アルテミス1」でSLSロケットから分離された超小型衛星のうち「OMOTENASHI」は、分離後に想定外の速さで回転。発電できず通信が確立できなかったことから、月着陸を断念した(日本の「EQUULEUS(エクレウス)」(超小型月近傍探査機)は地球-月のラグランジュ点目指し順調に飛行中)。

「OMOTENASHI」は既に月を通り過ぎ太陽を公転する軌道で旅を続けている。2023年1月中旬以降太陽電池に太陽光が当たれば、充電でき再起動する可能性がある。残念ながら月着陸は不可能だが、JAXAは地球磁気圏外の放射線計測、固体ロケットモータ点火実験、UHFアマチュア無線通信実験(比較的近距離で実施できる場合)などを実施したいと準備中だ。

2022年は他にもたくさんの宇宙の話題があった。日本では13年ぶりに宇宙飛行士候補者の募集が始まった。2023年には月探査への参加を目指す「アルテミス世代」の宇宙飛行士が誕生する。新型ロケットH3も飛び立つ予定だ。そして若田光一宇宙飛行士は今、5度目の宇宙飛行を行っている。2023年もよりたくさんの人が宇宙を楽しみ、その恩恵を受け、少しでも明るい未来が開けますように。

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