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ライター 林 公代 Kimiyo Hayashiライター 林 公代 Kimiyo Hayashi

あなたが着るかも—最新の月面用宇宙服は何が新しいのか?

Axiom SpaceとNASAが発表した月面用宇宙服。2025年に予定される「アルテミス3」 ミッションで女性宇宙飛行士が月面を歩く際にこれを着るかもしれない。(提供:Axiom Space)

前回、月を歩く「アルテミス世代」の宇宙飛行士候補者が選ばれたことを書いた。月に行くには宇宙船が必要。そして月を歩くのに欠かせないのが「宇宙服」だ。宇宙服は「一人乗りの宇宙船」と呼ばれるほど様々な技術が詰め込まれた技術の塊でもあると同時に、「衣服」という点で身近でもあり興味深い。

3月15日(現地時間)、NASAとAxiom Spaceは新型宇宙服を発表。NASAのカバナ副長官は「NASAが最初の宇宙飛行士を月の南極に送るとき、Axiom Spaceから提供された宇宙服を着るでしょう」と宣言した。米国で新しい宇宙服が登場するのは約半世紀ぶりだ。

現在、ISS(国際宇宙ステーション)で宇宙飛行士が着るNASA宇宙服は、基本的にスペースシャトルのために開発したもの。シャトルは1981年に初飛行したから、使われているのは1970年代の技術ということになる。また月面を歩く想定にはなっていない。そこでNASAは2017年から新型宇宙服「xEMU(Exploration Extravehicular Mobility Units)」の開発に取り組んだものの、新型コロナウィルス蔓延や技術課題などにより開発が遅延。そこで民間企業に資金を提供し開発を委託、NASAは宇宙服を購入する方針に転換した(会見でNASAは車を所有するように宇宙服を所有していたが、今後はレンタカーを借りることになるようなものと説明)。

2022年6月に宇宙服開発企業に選定された2社のうち1社がAxiom Space。そのAxiom Spaceが開発中の「AxEMU(Axiom Extravehicular Mobility Unit)」のプロトタイプが今回、披露された。ダークグレーのカバー素材が目を引くが、これは宇宙服の独自デザインを隠すためのもの。実際は熱を反射し、極端な高温から宇宙飛行士を保護するために表面は白い素材になる可能性が高いという。

特徴は「動きやすさ」「機動性」

3月15日の宇宙服発表イベントでは、膝を曲げたりかがんだりなど、宇宙服の柔軟な動きが披露された。(提供:Axiom Space)

新しい宇宙服の特徴としてアピールされたのは、安全性に加えて「機能的であり、(月面での)パフォーマンスを向上させること」

アポロ宇宙飛行士が月面上で飛び跳ねるように移動(バニーホッピング)したり、時に転んだりした映像を見たことはないだろうか。実はアポロ時代の宇宙服は肩や下半身などの関節の動きが制限されていた。この課題を解決したのが、新宇宙服(AxEMU)の最大の特徴と言えるだろう。

アポロ17号で月面に立つユージン・サーナン宇宙飛行士。1972年12月。(提供:NASA)
同じくアポロ17号で2回目の船外活動中、バランスを失ったハリソン・シュミット飛行士。この宇宙服は関節の動きが制限されていた。(提供:NASA)

発表会では、AxEMUに身を包んだAxiomのエンジニアがしゃがんだり、横歩きしたり体をねじって見せたりし、新型宇宙服がいかに柔軟で動きやすいかをアピール。同社ウェブサイトにはその特徴について「機動性と敏捷性がAxEMUの設計の核。(関節部に)革新的な柔らかい素材と硬い素材を使用し可動域を広げることで、宇宙飛行士は月面をより楽に歩き、より正確な地質学的・科学的タスクを実行することが可能」と記されている。

現在、ISSで使われている宇宙服の課題も解決された。例えばヘルメット。今のヘルメットは視野が広くない(胸元の装置も手首につけた鏡で見なければならないほど)。その点が改善され、広い視野が確保されたという。もちろん月の南極で太陽光が差さない永久影での作業も想定し、ライト等も装備。サイドにはHDビデオカメラが装着され、作業を記録する。

2020年1月、ISSで船外活動するNASA宇宙飛行士。無重力状態の作業では足はほとんど使わない。足は前後に自由に動かせるが、横にはほとんど開かないそう。(提供:NASA)

そして宇宙服装着の仕方。船外活動は実際に宇宙空間に出る宇宙飛行士本人だけでなく、チームメンバーにとっても大仕事だ。船外活動をする宇宙飛行士が宇宙服を着るのを別の飛行士が助け、装着後もチェックリストに基づいて空気漏れがないかなど細やかにサポートしている様子をNASAテレビの中継で見ることができる。NASA宇宙服はヘルメット、上半身、下半身などのパーツに分かれていて一人で着るのは難しい。しかし、これでは機動性に欠ける。

新しい宇宙服は、着脱が簡単だ。背中に搭載した生命維持装置にハッチ(扉)があり、宇宙飛行士はその扉から入り自分でハッチを閉めることができる。この方式は「リアエントリー」と呼ばれ現在のロシア宇宙服と同じやり方である。

そして、活動時間も現在の約6時間から8時間に長くなった。

月ならではの課題—レゴリス対策

ところで、宇宙服と一口に言っても様々な種類がある。大きく分けて宇宙船に乗り込むときの船内宇宙服、そして宇宙船の外にでる船外活動用宇宙服だ。船外活動用宇宙服は、真空の宇宙空間で長時間作業ができるように酸素や二酸化炭素除去装置などの生命維持装置を背負い、デブリや放射線、過酷な温度変化に対応できるよう14層もの布地(NASA宇宙服の場合)で作られている。

そして船外活動用宇宙服の中でもISS用と月面探査用では、異なる点がある。例えばブーツ。無重力状態のISSでは足をほとんど使わず、手すりを手で伝って移動する。ブーツは足を保護する役割はあるが、積極的に活用するのはロボットアームに固定する時など限られたケースだ。一方、月探査では月面を歩いて移動する。アルテミス3では月の南極に着陸する。太陽光が差さない場所はマイナス約200度にもなるし、クレーターの中を歩き、岩を掘って調べるなど危険な作業も想定される。ブーツの役割はISSとはかなり異なる。AxEMUでは月の南極の温度変化にも対応できるよう、保温性などが強化された。

船外活動の後、アポロのルナモジュールに戻ったアポロ17号のサーナン飛行士。宇宙服に月のダストが付着していることに注目。(提供:NASA)

そしてやっかいなのが月の砂、レゴリスダスト。アポロ宇宙飛行士はこれに悩まされた。レゴリスは尖った形状で宇宙服を傷つけることもあり、付着して船内に持ち込まれ吸い込むことで、花粉症のような症状が出た宇宙飛行士がいたことなど様々な事例が報告されている。

このダスト対策が重要だと会見でAxiom担当者も語っている。まずはダストが宇宙服につかないように、次に付着した場合でも宇宙船内に持ち込まないように。具体的にどんな工夫があるのか詳細は語られなかったが、キー技術の1つであることは間違いない。

NASAリリースによると、「Axiom Spaceは開発が進むにつれて、生命維持システム、アビオニクスなどに最新の技術革新を適用し続ける」と書かれている。例えば、過去のNASA宇宙服の開発項目には、宇宙服の自動点検機能や宇宙服内の気圧を選べるなど興味深い項目が列挙されていた。宇宙服内の気圧は操作性(気圧が低いほど操作性がいい。現在のNASA宇宙服の気圧は0.3気圧)や機動性(船外に出る前に宇宙服の減圧を行うが、気圧が低すぎない方が時間がかからない。ロシア宇宙服は0.4気圧)にも関わるため、新型宇宙服が気圧をどう設定しているか気になる。そのあたりも今後の情報に注目したい。

NASAの「xEMU」時代の開発項目。「AxEMU」には長年のNASAの宇宙服プロトタイプ開発の知見が反映されている。(提供:NASA)

商業ステーションへの展開

今回発表された宇宙服はオーダーメイドではなく、細やかなサイズ展開が可能であり、アメリカ人の9割の人口に対応できるそうだ。アルテミス計画では女性の宇宙飛行士を着陸させることを掲げていることもあるが、Axiom Spaceが見据えるのはそれだけではない。

NASAとAxiom Spaceの契約ではAxiom Spaceは宇宙服を商用に利用することが可能だ。同社によると、ブーツなどのパーツを変えることで、ISSや商業宇宙ステーションに使うこともできるという。Axiom Spaceは今後、ISSに同社のモジュールをドッキングさせて拡張し、ISSが廃棄される前に分離して独自の商業宇宙ステーション(Axiom Station)として多彩な活動を行う計画を発表している。2022年4月には元NASA飛行士が3人の民間人を率いISSへの17日間の民間宇宙旅行を実現した。宇宙ステーションに滞在する民間人が、この宇宙服を着用する機会が訪れる可能性もある。

今後、この宇宙服はISSでのデモンストレーションを行う計画だ。そしてNASAから新型宇宙服開発に選定されたもう1社、Collins Aerospaceも宇宙服を発表するだろう。宇宙服も選べる時代に。遠く思える宇宙も「宇宙服を自分が着るとしたら?」という目で見ると、少し身近に感じられるのではないだろうか。

Collins Aerospaceも月面用宇宙服を開発中だ。(提供:Collins Aerospace)
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