輸送機と宙飛ぶ実験室の「二刀流」。HTV-X、10月21日に宇宙へ!
世界の宇宙ファンがこの宇宙船の登場を待っていた、と言っても過言ではないだろう。2009年から9機連続成功で、ISS(国際宇宙ステーション)への物資補給を担った宇宙ステーション補給機「こうのとり」(HTV)が、2020年に引退してから5年。新型宇宙ステーション補給機 HTV-Xが、いよいよ2025年10月21日に打ち上げられることが発表されたのだ。
「こうのとり」の技術力を世界が認識したのは2015年のことだった。宇宙先進国である米ロの貨物船が2014年後半から3機連続で失敗。ISSでは当時、油井亀美也宇宙飛行士が滞在していたが、生活用品やトイレの汚物を詰めるタンクなどが不足していた。「こうのとり」打ち上げ前にNASAからの緊急物資が種子島に運び込まれ、失敗が許されない状況で見事、ISSにドッキング成功したのが「こうのとり」5号機だった(しかも油井飛行士がキャプチャ担当!)。ISSの窮地を救った「こうのとり」は日本の技術力を世界に示した。日本に対する信頼の証として、ISSの運用延長の要となる新型バッテリーの運搬が、NASAから「こうのとり」に依頼された。
そんな「こうのとり」のレガシーを受け継ぐHTV-Xはパワーアップしただけでなく、他のISS補給機にない「二刀流」の宇宙船となって、今秋デビューを果たす。その注目点をまとめました。
輸送能力は「こうのとり」の1.5倍
二刀流の宇宙船とは? 一つ目の刀は従来通り、ISSに貨物を運ぶ補給機としての役割。将来は月周回基地ゲートウェイへの補給機に進化する可能性もある。そしてもう一つの刀は、荷物を届けた後に最長1年半にわたって、さまざまな実験や技術実証を行うことができる「宙飛ぶ実験室」(技術実証プラットフォーム)としての役割だ。二つの役目を終えた後は、大気圏に再突入して燃え尽きる。
まず、一目見てわかる「こうのとり」との違いが2枚の羽。つまり太陽電池パドルを広げていること。「こうのとり」は縦に長細い円筒形(缶ビールに似てると親しまれた)で、太陽電池が周囲に張りめぐらされていたが、HTV-Xは2枚の太陽電池パドルを広げた形になった。これによってHTV-Xは「こうのとり」の1.5倍の電力を得て、搭載した物資に電力を供給したり、ISSに物資を届けた後の長期間の技術実証ミッションに対応することが可能になる。
さて、輸送機としての特徴その①は「輸送能力の増大」だ。HTV-Xは空気が満たされた「与圧モジュール」(宇宙飛行士が内部に入って作業する)と、宇宙空間に晒された「曝露カーゴ搭載部」にそれぞれ荷物を搭載できるが、輸送能力は「こうのとり」の約4トンから約1.5倍の約6トンに。容積も1.6倍に増え、大型の荷物も搭載できる。輸送量は「今のところアメリカの輸送機より多い」とJAXA伊藤徳政HTV-Xプロジェクトマネージャは説明する。
特徴その②はユーザーにやさしいこと。例えば宇宙飛行士に野菜やフルーツなど生鮮食料品を届ける際、できるだけ新鮮なうちに届けたい。また実験サンプルには温度管理が厳しいものや、空調が必要な生物サンプルもあるだろう。このような荷物はなるべくロケットに搭載している時間を短くしたい。発射前ギリギリに搭載する「レイトアクセス」の荷物について、「こうのとり」では80時間前がタイムリミットだったが、HTV-Xでは24時間前に。さらに、ISSに届けるまで荷物への電源供給ができるようになり、冷凍庫や冷蔵庫の搭載や、空調も可能になった。ISSで多様な実験をしたい研究者にとって朗報だ(冷凍庫の隙間に、もしかしたらサプライズのアイスを搭載したりするかも! )。
1号機に搭載するのは実験装置や生鮮食品、NASAの宇宙食などだ。
発射からISS到着までの日数も短縮され、HTV-Xは種子島宇宙センターから発射後おおよそ3日以内にISSに到着予定。ただし1号機は初号機ということもあり、慎重に確認を進めながら接近するため、打ち上げ後3~4日でISSへの到着を目指す。
宙飛ぶ実験室 1号機は3つの技術実証を予定
そして二刀流のもう一つの機能が「宙飛ぶ実験室」。「こうのとり」はISSに物資を届けたあとはISSに再突入していたが、HTV-XはISSに最長約半年間係留したあと、ISS内の廃棄物を積んでISSから離れ、地球の周囲を飛行しながら、最長約1年半にわたってさまざまな実験や技術実証を行う。
1号機では3つの技術実証を予定している。その一つは高度約500kmからの超小型衛星放出だ。
ISSの「きぼう」日本実験棟からの超小型衛星の放出は、2012年以来多数行われ、貴重な機会となっている。だが、ISSの高度400km付近はわずかに大気があるため、衛星は約1年間で大気圏に突入するようだ。高度が高ければ運用期間は長くなることが期待される。そこで、HTV-Xは、6Uサイズ(約30cm×20cm×10cm)の超小型衛星を放出できるシステムを塔載。高度を上げて、超小型衛星を宇宙空間に送り出す。今回は日本大学の「てんこう2」を高度約500kmから放出する予定だ。
そのほか、将来の宇宙太陽光発電システムを見据えて、2.2m×4m(およそ畳4枚分)の軽量平面アンテナを宇宙で展開して挙動などを調べたり、次世代宇宙用太陽電池セルの宇宙実証などを予定している。2号機以降も、今後の宇宙探査を見据えた技術開発や社会応用につながる実験が実施されるだろう。どんなイノベーションが生み出されるか、楽しみだ。
5号機まで計画。2号機以降では自動ドッキングの技術実証も
2015年から構想をスタートしたHTV-X。現時点では2029年まで5機の運用を予定している。まずは1号機に注目だが、2号機以降では自動ドッキングの実証実験も行う予定だ。「こうのとり」ではISSに約10mの距離まで接近したところで、ISS滞在中の宇宙飛行士がロボットアームを操作してキャプチャ、ISSにドッキングさせた。
だが、将来的に月周回基地ゲートウェイへの物資補給を考えると、毎回、宇宙飛行士がHTV-Xをキャプチャするのは難しい。年間約30日間しか宇宙飛行士が滞在しないゲートウェイは、無人期間のほうが長いからだ。そこで補給船には自動でドッキングする機能が必須となる。ISS引退後の商業宇宙ステーションでも、訓練を受けた宇宙飛行士がいるとは限らないことを考えると、自動ドッキング技術を獲得しておきたい。
ゲートウェイが今後、アルテミス計画でどのような位置づけになるのか、現段階では未知数な部分はあるが「HTV-Xはどんな形であれ活躍できる」と伊藤プロマネは記者会見で胸を張った。
機体の準備はもちろん、HTV-Xの運用管制チーム約40名、技術チーム約120名も本番に向けてNASA運用チームと連携し、訓練や準備を進めている。手順書は国内手順だけでも約3500本! 初号機は何があるかわからない。HTV-X運用管制チームの手綱さばきにも注目したい。
油井飛行士がキャプチャなるか! H-3 24形態初打ち上げにも注目
さらに楽しみなのは、HTV-Xを打ち上げるH-3ロケットが新形態だという点。LE-9エンジン2基×固体ロケットブースタ4基の「24形態」が初お目見えすることになる。24形態はH-3ロケットファミリーの中でもっとも力持ち。5月の記事で有田誠H3プロジェクトマネージャの言葉を紹介したが、H3ロケットの中で24形態は打ち上げ能力が高く、「売れ筋」となるロケットとのこと。力持ちの24形態が放つ音や光、振動も見逃せない。
そして予定通り10月21日に打ち上げられれば、ISSで油井亀美也飛行士らが出迎えることになる。記者会見でISS滞在中、一番楽しみにしていることを問われた油井さんは「HTV-X君が地上から飛んできて、目の前に現れてくれたら最高だと思います」と答えている。
油井飛行士はHTV-Xキャプチャの訓練を行ってきたのはもちろん、HTV-X開発段階で宇宙飛行士の立場から意見を出し、一部の試験や審査会にも参加した。「作っていく過程をすべて見ることができた。そのHTV-Xが私がISS滞在中に到着してくれたら、涙が出ちゃうんじゃないか」と語る。日本に滞在中、油井さんはHTV-Xの運用管制チームに「HTV-Xのどんな写真を撮ってほしいですか?」と意見を聞いたらしいので、油井さんが撮影する、HTV-Xの写真も楽しみにしたい。
8月頭にISSで行われた、大西卓哉飛行士との引継ぎ式でもHTV-Xのジャケットを大西飛行士から渡され、「キャプチャの際にはこれを着て頑張ります!」と宣言したばかりだ。
見どころ満載のHTV-X。「こうのとり」の技術や知見を受け継いだとは言え、新規開発要素も多く、幾多のトラブルに直面したという。伊藤プロマネは記者会見で「地上で起こった不具合が多いほど、宇宙ではうまくいく」と先輩から教わった言葉を披露し、自信を見せた。
HTV-Xは荷物を運ぶだけでなく、新たなチャレンジで宇宙活動の可能性を切り開く。そのメイデンフライト(初飛行)を楽しみに、ウォッチしていきたい。
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