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ライター 林 公代 Kimiyo Hayashiライター 林 公代 Kimiyo Hayashi

宇宙で作曲する衛星「ハモるん」—NASAで見送ったサラリーマンたち

NASAケネディ宇宙センターまで打ち上げを見届けに来た、リーマンサット・プロジェクトの皆さん。最初は15人ほどの予定が延期もあり3人に。右端が縣美千子さん。(提供:縣美千子)

8月24日(日)午前2時45分(アメリカ東部時間)、フロリダ州ケープカナベラル宇宙軍基地の40射点(SLC-40)からISS(国際宇宙ステーション)に向けて、ドラゴン補給船が打ち上げられた。たくさんの荷物の中には小さな衛星が数機。サラリーマンたちが趣味で作るリーマンサット・プロジェクトの衛星「ハモるん(RSP-03)」もその一つ。「ハモるん」は、世界で初めて宇宙でAIが作曲する衛星だという!

宇宙で作曲する衛星「ハモるん」。リーマンサット・プロジェクトの衛星で、打ち上げられたものとしては3機目。10cm3で前面にカメラを搭載。外観は星座と音楽をイメージした美しいデザイン。(提供:リーマンサット・プロジェクト)

その「ハモるん」旅立ちの瞬間を、現地の発射台から約20km離れた場所で、見守っている人たちがいた。縣美千子(あがたみちこ)さんら3人で、みなさん趣味で人工衛星を作る人たちの集まり「リーマンサット・プロジェクト」のメンバーだ。縣さんは「自分が関わった衛星の打ち上げを見るのは人生最初で最後かも! 現場で絶対に見届けたい」という気持ちで、休暇をとってフロリダまでやってきたという。

実は縣さんと私は2024年2月、H3ロケット打ち上げ時に、種子島のある宿でたまたまご一緒した。当時、縣さんはロケットの打ち上げを見るのは初めて。車の運転も久しぶりだというのに、細いくねくね道を果敢に攻め、宇宙スポットはもちろん、地元のカフェや銭湯などアグレッシブに動き回っていた。それなのに残念ながら打ち上げが延期され、仕事の都合で、縣さんはH3ロケットの打ち上げを見ることが叶わなかった。今回のフロリダ行きはそのリベンジも兼ねていた。

星を音楽に変える衛星「ハモるん」のしくみ

「ハモるん」製造の様子。外注せず、ソフトもハードも自分たちで作っているそう。すごい!(提供:リーマンサット・プロジェクト)

縣さんの打ち上げ見学を詳しく紹介する前に、超小型衛星「ハモるん」を紹介しよう。

宇宙で「ハモるん」が星々のシンフォニーを作り出すプロセスは、主に3つのステップから構成される。まずは「星座判定」。「ハモるん」が搭載した高性能デジタルカメラで星の画像を撮影する。その画像を解析し、星を特定。恒星カタログから星の位置を割り出し、どの星座に属するかをデータと照らし合わせて判定する。高速で動く衛星から星の画像を撮影するのは難しいはずだが、高度な姿勢制御システムが搭載されているそうだ。

2つめのステップが「モチーフ(旋律)の作成」。88星座には、星座ごとにあらかじめテンポ、音符の長さや音名(ドレミなど)の候補等の要素が入った基本フレーズが用意されている。その中から特に重要な音名を決めるのが「衛星の状態」。衛星の温度や圧力など状態によって、どの音かが決まる。例えば衛星の温度が高ければ「ラ」、低ければ「レ」という風に。「同じ星座を見ても、衛星の状態によって違う曲ができる仕組みです」(縣さん)。なるほど! これは面白い。こうして2~4小節の旋律が作成される。

そして3つめのステップが「AI作曲」。作成されたモチーフをもとに、AIがメロディを紡ぎ出す。さらに複数のパートがプログラムによって合成され、多重音の音楽(星のシンフォニー)を作りあげていく。

「ハモるん」が作曲したシンフォニーは専用サイト(欄外リンク参照)で聞くことができる。また、「ハモるん」が作曲した曲をBGMにした音声メッセージを、アナログFMで聞くことができるそうだ(デジトーカというらしい)。音声メッセージはリーマンサットのメンバー(縣さんの声も含まれている)を中心に18人分を搭載しているが、ロケットアイドルVtuberの宇推くりあさん、宇宙タレントの黒田有彩さんの声も搭載されているという。437.050MHzのFMが受信できる設備があれば受信は可能。アマチュア無線をやっている方は挑戦してみてはいかがだろうか(詳しい受信方法は欄外リンクを)。

また、リーマンサットは手書きの願い事を宇宙に届ける「宇宙ポスト」を毎回、実施している。願い事を撮影したデータを衛星に搭載。地球を周回し、大気圏に再突入する際に流れ星になる。「ハモるん」には約5万1千通の願い事が搭載されているそうだ。

2024年12月、JAXAのクリーンルームで。引き渡し証明書と共に。(提供:リーマンサット・プロジェクト)

リーマンサットはどんな人の集まりなのか?

縣さんの説明を聞いて、10cm立方の小さな衛星が「世界初の宇宙で作曲する」ことに、心底驚いた。リーマンサットは趣味で衛星づくりをする人たちの集まりと聞くが、どうやって作っているのだろう。相当な専門知識や技術が必要ではないだろうか?

まず、どうやってミッションを決めたのか。スタートは2022年頃。メンバーが宇宙でやってみたいミッションの候補を出し合い、提案者がプレゼン。最終的には投票で決めたという。「ハモるん」のミッション系の開発については「作曲が得意な方とプログラミングに詳しい方が、ものすごいやりとりを重ねて出来上がっていったと聞いています」(縣さん)。「ハモるん」に関わったのは約50人。ロケットを作っていた人がはんだ付けを担うが、エンジニアは宇宙関連ではない人がほとんどだし、文系も含めて様々な職業の人がいるという。

衛星の開発・製造は町工場をもつメンバーが、毎週日曜日をリーマンサットのために開放する。さらに平日夜は担当ごとにオンラインでミーティングを重ねている。宇宙に放出する衛星は3機目であり、過去の2機分の知見が蓄積されているそうだ。打ち上げ費用などはクラウドファンディング2回とカンパで工面した。

縣さん自身は2023年にリーマンサットにジョイン。広報を担当している。きっかけはポッドキャストでリーマンサットのメンバーが話しているのを聞いたことだった。でも「理数系が苦手な人生をずっと送っていたので、半年ぐらい寝かせてました」。その間、オンラインでSpaceXの打ち上げ生中継を見て、「画面のデザインもかっこいいし、なんでずっと中継で(ミッションの一部始終が)見られるんだろうと魅せられてしまった」。やっぱり(宇宙を)やってみたいという気持ちが強く、思い切ってリーマンサットの定例会に参加。フロリダに行くまでになってしまった。

小さな太陽が上がっていく

8月21日に打ち上げ見学したフロリダ州タイタスビルのSpace View Park。多数の人が集まってにぎわっていたそう。(提供:縣美千子)

さて、アメリカでの打ち上げ見学の話。縣さんは今回、フロリダで2回の打ち上げを見ることができた。1回目は8月21日。アメリカ宇宙軍の無人スペースプレーンX-37Bの打ち上げ。そして2回目が8月24日のドラゴン補給船の打ち上げだ。1回目は、ファルコン9ロケットの第一段ブースタが戻ってくる様子を肉眼で見て、ソニックブームの爆音も聞けた。当日は木曜23時50分の打ち上げだったが、見学したインディアンリバー沿いのSpace View Parkには多数の人が集まり、拍手や歓声が沸き起こったそう。

21日の打ち上げは39A射点からだった。本命である24日の打ち上げは40射点からだったため、「絶対に打ち上げ見学に詳しい人がいるに違いない」と、21日に集まったたくさんの人に「どこがお勧めですか?」と聞きこみをした。そして写真家の女性から2つの見学場所を教えてもらった。一つは発射台からの距離も近く魅力的だったが、下見に行くと「ワニに注意!」という看板があり暗かったことから断念。約20km離れたKennedy Point Parkで見ることに決めた。

打ち上げ前にバスツアーでドラゴン補給船を確認!(提供:縣美千子)

23日の昼間はNASAケネディ宇宙センターのバスツアーで、打ち上げ前のロケットに搭載されたドラゴン補給船をしっかり確認。縣さんは「一度JAXAさんに引き渡したハモるんだけど、地球の裏側でまた近くに来られたのだなと思うと嬉しかったです。ハモるんに『応援しに来たよ』と声をかけてあげたい気持ちになりました」。仮眠をとり、2時45分の打ち上げに向けていよいよ見学場へ。渋滞すると思いきや、全く渋滞なし。「ここではロケット打ち上げは日常なんだと思いました」(縣さん)

現場に20人ぐらいいただろうか。街灯がほとんどなく頭上には満天の星。そして目の前の海には時々夜光虫が幻想的な青い光を放つ。カウントダウンもなく、突然打ちあがるロケット。「手前の水辺が噴煙で照らされて、ちっちゃな太陽が昇っていくみたいで、ものすごく綺麗だった」。ロケットがだいぶ上がっていった後に、ロケットの轟音が届いた。こんなに遅れてくるんだと体感できて、「見に来た甲斐があった」としみじみ思った。

ドラゴン補給船の打ち上げ。GO!ハモるん!!

フロリダで1週間ほど滞在すれば、打ち上げはかなりの確率で見られると聞く。見学客の中には大きなキャンピングカーで駆け付けた人もいて、車内を見せてくれた。ロケット打ち上げが好きでよくキャンピングカーで駆け付けるという。「そういう宇宙好きな人と出会えたり、地元の親切なおっちゃんと話すのがすごい楽しかった」と縣さん。羨ましい~! ぜひとも行ってみたい。なお、打ち上げ日によってはNASAケネディ宇宙センターの観光施設(ビジターコンプレックス)で打ち上げ見学のチケットが販売されることもあるようだ。

衛星放出は9月19日!

ISSにドッキングする直前のドラゴン補給船。この中に「ハモるん」ら超小型衛星が。(提供:NASA)

打ち上げ翌日の25日、ドラゴン補給船はISSに無事に自動ドッキング。「ハモるん」は宇宙に到着した。そして放出の日が9月19日に決定! 油井飛行士が送り出してくれるのだろうか。宇宙に放出された「ハモるん」が、宇宙で星空を見ながら、どんなシンフォニーを奏でてくれるのか、楽しみだ。

そして12月には、縣さんが企画した「ハモるん」のイベントが開催される(墨田区アートプロジェクト「隅田川 森羅万象 墨に夢」の採択企画)。12月6日(土)には、ユートリヤすみだ生涯学習センター(マスターホール)で「ハモるん」が作曲した曲を、弦楽四重奏や木管五重奏で演奏してもらう室内楽コンサートを企画中。また、墨田区内のポイントを回りながら、スマホをかざすと「ハモるん」が作った曲を聞ける「街巡り×ハモるん」のイベントも12月いっぱい実施できるよう計画している。詳細は決まり次第、リーマンサット・プロジェクトのウェブサイトやSNSに掲載予定。こちらもぜひご参加を。

9月8日(月)から始まったNHKドラマ「いつか無重力の宙で」は超小型衛星がテーマの一つで、リーマンサット・プロジェクトも協力している。超小型衛星をきっかけに、縣さんは世界を広げていった。大人になっても好きなことを追求する。そんな人たちが増えればいいな。小さな衛星の大きな力にわくわくが止まらない。

NASAケネディ宇宙センターのサターンVロケットの展示前で。(提供:縣美千子)
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