みちびき7号機機体公開 スマホで精度1m実現へ—「一人一人に恩恵を」
12月1日、三菱電機鎌倉製作所で日本の測位衛星みちびき7号機の機体が公開された。打ち上げ目標は2026年2月1日。2010年に初号機が打ち上げられてから15年。現在、「みちびき」は5機が飛行し、アメリカのGPS、欧州のガリレオなどの測位衛星と組み合わせて測位を行っている。みちびき5号機、7号機が打ち上げに成功し、みちびき7機体制になれば、他国に頼らず「みちびき」だけで測位を完結することができる。内閣府準天頂衛星システム戦略室室長・三上建治氏は「一つのクライマックス」と感慨深げだ。
さらに注目すべきは、その測位精度。今、私たちのスマートフォンなどで測位衛星からの信号を受信し、自分の位置や目的地までの経路を調べるナビゲーションなどに使用しているが、その精度は5~10m程度。CLASなどの専用受信機を使った場合は、精度約6cmもの高い精度を実現し、自動運転のアシストやスマート農業などに活用されている。だが、専用受信機を使わずに、私たちのスマホで「みちびき」の電波を受信し精度1mを実現しようという目標が掲げられている。それが、JAXAが行う高精度測位システム(ASNAV アスナブ)だ。5~7号機ではASNAV実現に向けた技術実証を行う。
機体公開で語られた7号機の特徴や将来計画について説明しよう。
フル体制になることの意味
人工衛星が私たちの暮らしに使われていることは、ふだんの生活であまり意識しないかもしれない。たとえば天気予報にひまわりなどの気象衛星が使われていることはお馴染みだ。一方、私たちはスマホやカーナビで目的地までの経路検索を頻繁に行っているが、その際、測位衛星が使われていることはあまり意識しないかもしれない。測位衛星の活用は近年、格段に広がっている。資料によれば2025年8月末時点で「みちびき」(高精度測位サービス等)に対応する製品数は465品目、50分野にわたるという。
金融市場などで使われる正確な時刻情報も、みちびき等測位衛星が担っている。位置や時刻の情報は、現代社会にとって重要なインフラ。それを他国に頼らず、自国の衛星だけで確立することの意味は大きい。
2029年に1.6m測位実現へ 2026年初頭から実証実験スタート予定
現在、専用受信機を使わず、スマホで受信した際の測位精度はおおよそ5~10m。衛星測位の精度は衛星の位置と時刻をどれだけ正確に特定するかによって決まる。ASNAVではみちびき間の距離を測ること、また衛星―地上間で双方向に電波を受信することによって、より正確にみちびきの位置と時刻を特定し、測位の精度を上げる。将来的に7機すべてにASNAVを搭載すれば、スマホでの測位精度が1mに向上する見込みだ。
実証実験は順次行っていく。現在、みちびき6号機は宇宙を飛行している。次に5号機が打ち上げられると、その1~2月か月後に実証実験が開始される予定だ。さらに7号機が来年2月に打ちあがれば3機の間で実証実験をスタート。実証実験は3年間を予定。2029年頃には、精度1.6mが実現する見込みだという。
みちびき11機体制へ。みちびき衛星2機をロケット1機に搭載!?
7号機が2026年2月に打ちあがって7機体制が実現される2026年夏ごろからは、常に日本の上空にみちびきが4機見えることになる。高いビルの谷間などで急に測位が途切れたり精度が悪くなったりすることもなく、常時安定することになるだろう。だが、位置と時刻を特定する測位には、最低4機が必須であることを考えると、1機でも故障すると常時4機体制を維持できないことになる。そこで、みちびきは2030年代後半には11機体制を目指している。
11機体制実現に向けて、画期的な衛星開発が進められている。それはなんと、衛星をスリム化(薄型化)し、みちびき2機をロケット1台で打ち上げようという計画だ。そんなことが可能なのか? と思うかもしれない。ベースになるのは「みちびき」を開発・製造する三菱電機の標準衛星プラットフォームDS2000だ。実用衛星などの人工衛星は、ミッション機器(通信や気象、測位など)は衛星ごとに異なっても、電源系や姿勢制御系、推進系など基本的な機器は共通している。これら衛星の土台となる基本機器をバス機器と呼ぶ。
三菱電機は2002年に打ち上げられたJAXAのデータ中継技術衛星こだま、2006年の技術試験衛星8型を原型に、2006年にDS2000衛星バスを開発。人工衛星の品質と信頼性を高めつつ、開発期間とコストを低減することに成功した。みちびき衛星には初号機から7号機までの8機すべてにDS2000が採用されている。2025年11月末までに20機のDS2000衛星を打ち上げ、宇宙で累積180年以上(!)の動作実績がある。つまり1機あたり約9年以上という高い信頼性を誇る衛星システムと言える。
みちびき11機体制への取り組みとして、DS2000に革新的なチャレンジが進行中だ。具体的にはみちびき衛星2機をロケット1機に搭載して打ち上げ回数を減らし、総費用を削減する。スリム化の肝になるのは、上の図の衛星解剖図で中心にある推進モジュール。円筒形のシリンダーに燃料が入っている。現在は化学燃料を使っているが、これを電気推進に変えることで推進薬の量を約5分の1に圧縮できる。すると推進モジュールを取り囲むペイロードパネル間の距離を約半分に薄くすることができるという。
内閣府準天頂衛星システム戦略室企画官、岸本統久氏によると現在飛行中のみちびき2号機と4号機の後継機から、2機同時打上げ(デュアルローンチ)にしたいと考えているとのこと。具体的にはみちびき11、12機目あたりで2032年度ごろに打ち上げたいとのことだ。三菱電機では既にスリム化した機体を開発中で、同社準天頂衛星システムサブプロジェクトマネージャー小淵保幸氏によると、「先月、振動試験を無事に完了し、設計が正しかったことを確認した」とのこと。H3ロケットのロングフェアリングに2機同時入るサイズを開発中とのこと。薄型タイプの衛星バスはみちびき11機、12機目あたりがデビューになりそうだが、小淵氏によると今後、他の衛星にも展開していきたいとのことだ。
7号機にはメッセージサービス用アンテナ
ところで5号機、6号機と比べると7号機には大きな違いがある。上の図を見てもらうと、大きなアンテナがついている。直径3mのアンテナでメッセージサービスを行うためのものだ。2017年に打ち上げられたみちびき3号機にもメッセージサービス用のアンテナが搭載されているが設計寿命は約15年間。3号機アンテナにトラブルがあった際などに7号機のアンテナを使うことになる(3号機のアンテナは海外製だったが、7号機のアンテナは三菱電機製とのこと)。
メッセージサービスとは、地震や津波などが発生した際に防災機関から発表された危機管理情報をみちびき経由で配信されるサービス。国内だけでなくみちびきの信号が届くアジア・オセアニアにも配信可能だ(カーナビなどの受信機が必要)。また、避難所などからの安否情報を収集することにも役立てられる。12月8日夜、青森県東方沖を震源とする地震が発生、大きな地震が頻発する日本でこのサービスは心強い。
高度約3万6千kmを高速で飛行しながら、正確な位置と時刻情報を提供する「みちびき」。しかも宇宙という過酷な環境下で設計寿命は15年(家電の寿命は一般的に10年前後と言われる)。部品は約70万点にのぼるという。どうやって15年間壊れない衛星を作るのか。「そこが設計の妙で大変なところ。やはり劣化をしないことをいかに担保するか。すごく綿密な試験を繰り返し、部品等については高い品質・信頼性をもつ部品を集めて作り上げていく」(三菱電機小淵氏)。
みちびきを使った高精度測位で農機や建設機械の自動化や無人化などが進めば、労働力不足や高齢者化などの社会課題の解決が進んでいくだろう。そうした利用サービスの拡大も広がっている。
DSPACEでは2010年のみちびき初号機打ち上げから取材を続けてきた。当時、種子島でJAXAのエンジニア明神絵里花(みょうじんえりか)さん(現在は高精度測位システムプロジェクトチームサブマネージャ)に「みちびきの売りはなんですか?」と聞いたときの答えが忘れられない (参照:準天頂衛星みちびき打ち上げレポート)。それは「一人一人に恩恵をもたらす衛星です」という言葉だ。「カーナビで10mの精度が1mに、といっても違いが実感できないかもしれませんが、人が歩くときに1mの違いは大きい。路地一本違ったりしますよね」と明神さんは熱く語った。一人一人に恩恵をもたらすという目標が、長い時間をかけて実現しようとしている。
- ※
本文中における会社名、商品名は、各社の商標または登録商標です。



