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ライター 林 公代 Kimiyo Hayashiライター 林 公代 Kimiyo Hayashi

月で生き生きと暮らす家—竹中工務店TSXが挑む宇宙建築

月に人が住む時代の象徴が月の地下空間からそびえたつ全長約150mのルナタワー。通信やエネルギー供給などの役割も担う。440個のCFRPリングからなる材料はロケット1回の打ち上げで運搬可能。
月面は放射線が降り注ぎ温度変化が激しいことなどから、人が最初に住むのは月の地下になる可能性が高い。地下空間には月の住人が集うルナドーム。右端には月探査初期の有人拠点、Lunar BASE CAMPが見える。

展覧会の冒頭に書いてあった言葉にしびれた。

「宇宙飛行士のためだけではなく、私たちも住まう空間の作り方を示す
宇宙空間に行き着くだけではなく、そこで生き生きとくらし時に安らぎ(中略)
私たちは、月に向かって共に歩むクルーである
そして月で暮らす人々は増えていく
だから私たちは実現可能な宇宙建築を本気で考える」

その展覧会とは12月10日~14日まで東京都内で開催された、竹中工務店の「宇宙のくらしを作る建築展」だ。竹中工務店は2023年に宇宙建築タスクフォース(TSX:Takenaka Space eXploration)を立ち上げた。発起人は子供のころから宇宙好きで2022年の宇宙飛行士候補者選抜にも応募した佐藤達保さんと田中匠さん(二人とも一級建築士)。社内コンペを勝ち抜き、社内横断的に様々な分野の専門家を集めた精鋭集団だ。

TSXコアメンバー。左から構造が専門の大畑勝人さん、建築設計が専門の佐藤達保さん(TSXリーダー)とドイツ駐在の田中匠さん、空気の質の研究等が専門の谷英明さん。

TSXの特徴は宇宙飛行士はもちろん、民間スペシャリストが月に行く時代に快適に暮らせる家、つまりQOL(生活の質)の高い居住空間について、素材や建設方法まで実現性を追求していること。つまり快適性×実現性の両立にある。実は1月に出す新刊「宇宙にヒトは住めるのか」でTSXの皆さんに全面協力して頂き、QOLの高い月の家の詳細についてがっつり紹介しているのだが、この記事では展覧会で展示された模型や画像を中心に最新情報を紹介したい。

段階的に進む「月の家」

TSXのロードマップ。2040年代には一度に40人以上が滞在できる快適な月面建築の実現を目指している。

TSXでは2050年代には地球と同等以上のQOLを月で実現することを目標に掲げる。計画は段階的に進む。2030年代前半の月探査初期(フェーズ2)では2人用、または4人用のベースキャンプ(Lunar BASE CAMP)を提案。着陸機は凸凹な月面や斜面でも着陸可能で、折りたたみ式のベースキャンプを月着陸後に展開する。2人用は超軽量コンパクトでありつつ個室を備える。4人用はさらにシャワーや植物栽培エリアも備え、水や空気をリサイクルする。

これらは国土交通省および文部科学省連携のプロジェクトであり、東京大学佐藤淳研究室とTSX他が共同で進めているが、2026年度は極小型の月面実証試験機を作る予定だという。(月の地下にベースキャンプをどうやっておろすかも面白いのだが、詳しくはぜひ、本で!)

2人用Lunar BASE CAMP。右端が個室でベッドが見える。真ん中にトイレ。画像奥に見えるのがベースキャンプを運び月で展開実験させる実証機のモックアップ。羽のように広げているのはソーラーパネル用フレーム。
こちらは4人用。植物栽培エリアではサツマイモやレタスなどの作物を育てる。最長6か月の滞在が可能。

月の荒野を行くキャラバンLunar LOTUS

ユニークなのがフェーズ3のLunar LOTUS。現在、日本は国際探査計画アルテミスの元、月面を移動しつつ探査する2人乗りの有人与圧ローバーの開発を進めている。だが長距離の移動時、4畳半(実質、宇宙飛行士が使えるのは約3畳)の空間でずっと2人で顔を突き合わせているのは厳しいかもしれない。また何らかのアクシデントが発生する可能性もある。そんな時の可搬型多機能シェルターがLunar LOTUSだ。有人与圧ローバーが複数のキャビンを引っ張り移動する。キャビンにはシェルターのフレームやパネルを積んでいて、簡単に組み立てることができる。その後はローバーが長距離移動する場合の中間拠点(月の道の駅)として使える可能性もある。「これ、実際にあるといいですよね」と展覧会に来ていたJAXA関係者にも高評価だった。

有人与圧ローバーが複数のキャラバンを引っ張り月の砂漠を行く。
キャビンはそれぞれベッドルームや生命維持装置拡張機能、ラボなどの機能をもたせて、中央の居住エリアにプラグインする。広い空間で宇宙飛行士は宇宙服を脱いでくつろぐことができる。

月面に花開いていく居住施設「Lunar COSMOS」

そして2040年代のフェーズ4で、一度に40人以上がくらす快適な家が「Lunar COSMOS」だ。ただしいきなり大きな空間を作るのではなく、畳1畳分(90cm×180cm)を基本単位に拡張していくことを考えているのが面白い。個室には4畳半タイプと3畳タイプがあり、8つの個室をつないで一つのおむすび型ユニットを作り、リビングルームを取り囲む。

2040年代に実現を目指すLunar COSMOS。おむすび型ユニットを連結拡張していき、ワークステーション、カフェテリア、スポーツ施設などを周囲に配置する。月面上を想定するためレゴリスで覆うが、天頂に窓をおき自然光が注ぐ。
基本ユニット詳細。4畳半タイプと3畳タイプがあり、中央にはリビングルーム。個室には基本ユニットの外側に面した窓もあり、パブリックスペースの様子や植栽を眺めることもできる。
基本ユニットと個室の模型。4畳半タイプの個室を二つ連結すると長さ約7.2m。H3ロケットロングフェアリングなら1回で搭載できる大きさだ。

住居ユニットの外側にはカフェテリアや公園など「外の空間」を作る。お風呂にはサウナや寝湯も! これらの材料もロケットで運搬可能な部材を組み合わせ、分解・拡張・代替できるよう考えられている。

Lunar COSMOSのお風呂空間。暖簾やサウナや寝湯もあって銭湯感がありくつろげそう!

そしてフェーズ5ではルナタワーやルナドームなど、大規模で月に新しい社会ができたことを象徴するような建築物が登場することになる。

宇宙分野以外の民間スペシャリストの力

TSXの皆さんと話していて思うのは、宇宙に憧れつつ、別の道で専門を極めた人たちの強さと勢いだ。例えば佐藤さんは、宇宙と再び出会った今のタイミングがベストだと語った。

「建築設計のキャリアを重ねてそれなりのことができる自信があるし、自分の労働時間もある程度測れるからTSXのリーダーも務められる。これがもっと若手で目の前のビルを作るのに一生懸命だったら(宇宙の仕事は)できなかったかもしれない」

「現代の建築は、1920年代以降のモダニズムの延長上にあり、強・用・美(構造・機能・意匠)とも高度に発展してきたので、これ以上大きなパラダイムシフトを起こすのは難しい。でも月でなら全く新しい発想の建築物ができる。地球以外で初の宇宙建築を自分たちの手で作れるかもしれないなんて、めちゃくちゃワクワクするじゃないですか」。

建築を極めたからこそ、その技術が月にも地上にも使える。そんな様々な分野のスペシャリストが次の宇宙時代を切り拓くのだろう。

2025年も宇宙への果敢な挑戦があった。ISSでは大西卓哉飛行士から油井亀美也飛行士にバトンが渡されて宇宙長期滞在は進行中だ。月への挑戦ではispaceが2度目の月着陸に挑むが成功には至らなかった。だが既に次のミッションに向けて始動している。HTV-X初号機成功も記憶に新しい。H3ロケットは試練の時だが、原因を究明しさらに安全性の高いロケットとなり復活するのを応援したい。2026年はいよいよ「アルテミス2」で月周回有人飛行が行われる予定。宇宙への歩みは止まらない。皆さまどうぞよいお年を!

「宇宙にヒトは住めるのか」(ちくまプリマ―新書)1月7日発売。月の家については音やニオイ、照明の問題などQOL向上に必要な点をTSXに取材、本書で紹介しています。ぜひご覧ください。
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