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読む宇宙旅行

ライター 林 公代 Kimiyo Hayashiライター 林 公代 Kimiyo Hayashi

スマホのように衛星のアプリを操作
—激変する人工衛星の世界

神奈川宇宙サミット「Cloud Everywhere~海外専門家が語る“宇宙システム”の次の形」フレドリック・ブルン博士投影資料より。

人工衛星の世界が大きく変わろうとしている。そう実感したのは、2月5日に開催された神奈川宇宙サミットがきっかけだ。「衛星の進化」をテーマにしたディスカッションに急遽、進行役として登壇させて頂くことになり、事前レクを受け当日を迎えた。本番では海外から招いた専門家と日本の関係者が、具体的に衛星システムがどう変わっていくのか、なぜ変わる必要があるのか、その背景と今後の展望を熱く語った。

一言でその進化を例えるなら、「スマホ化する衛星」。スマートフォンのように小型になるという意味ではない。私たちがふだん、アプリを気軽にスマホにダウンロードしたり、アップデートしたりするように、打ち上げ後の衛星に新しいアプリを入れたり、修正版のアプリにアップデートしたりできるというのだ。人工衛星と言えば、事前に徹底的に検証をくり返して宇宙に送り出し、その後は一切手を出せないというのが常識だったから、これは画期的なことだ。しかも、他社の衛星で使っているアプリで優れているものがあれば、打ち上げ後に同じアプリを入れることもできるという!

三菱電機でHTVや様々な人工衛星の開発に携わって来た小山浩 防衛・宇宙システム事業本部主席技監は「何十年も変わっていなかった人工衛星の世界が、今は激動の時代。特にこの数年、すべてが一気に変わり始めた」と話し、観測衛星を例にまず従来の運用を説明した。

神奈川宇宙サミット「衛星をアプリで進化させる時代へ~オンボード・コンピューティングの進歩とこれから」セッション、小山浩氏「オンボード・コンピューティングがなぜ必要か」資料より。

上の図を見てほしい。従来は、まず衛星でどこをどう観測するかを関係者で調整し、観測計画を立てる。その決定に基づいて衛星に送るコマンド(指令)を作成し、衛星に送信。衛星はそのコマンド通りに各地点を撮影、データを地上におろす。その後、地上で画像化したり解析を行ったりしてユーザの手に渡す。観測計画を立ててからユーザに渡すまで数週間から月単位でかかっていた。

「これでは現在の様々な要求に応えられない状況になっている」と小山氏が語る要因がある。①中大型衛星の観測幅や観測時間が増え、小型衛星コンステレーション(衛星群)の整備が進み、衛星が撮るデータが莫大に増え、全データを地上におろし人が解析することは実質不可能。②数十機以上のコンステレーション衛星一つ一つにコマンドを送って地上におろすなどの運用を行うのも非現実的。③迅速な処理へのニーズ。例えば災害が起きた際、数十分以内に情報が欲しいというニーズが高まっている。

そうなると、地上にデータを下ろすのではなく、オンボードで(宇宙で)処理をして、地上のユーザに画像を提供するのでなく、必要な「情報」という形で渡すのが理想的だ。

これからの衛星の姿

神奈川宇宙サミット「衛星をアプリで進化させる時代へ~オンボード・コンピューティングの進歩とこれから」セッション、小山浩氏「オンボード・コンピューティングがなぜ必要か」資料より。

そうした背景に加えて、地上の例えば自動車業界ではハードウェア中心だったのに対してソフトウェアで様々な機能が追加できるようになってきた。ITの波は人工衛星の世界にも押し寄せ、ソフトウェア定義衛星という概念が登場。そしてAIの進化は目覚ましい。それら技術の進化や世界の潮流から、近未来の衛星の姿が提示された(上の図)。

「打ち上がった後も自由に(衛星の)ソフトウェアを入れ替えたりアップデートを行ったりする。他の衛星で非常に優れた性能を発揮しているソフトがあれば、自分の衛星に取り入れることもできる」と小山氏は説明する。わかりやすく説明すればiPhoneとアンドロイドでハードウェアが異なったり、同じ機種でバージョンが違っていてもNetflixやSpotifyという共通のアプリを楽しむことができ、随時アップデートできるのと同じように、異なる衛星間で同じソフトウェアを使えるようになるというイメージだ。それが実現すれば、例えば自然災害が起こった際に、同じソフトウェアを急遽異なる衛星に配置して連携し、集中的に観測することで迅速な対応が可能になり、防災・減災に繋がるのではないか。

その実現のためには、いくつか鍵となる技術がある。まず必要となるのは衛星の処理能力、つまりオンボード・コンピュータ自身の能力を上げること。更に上の図で「コンテナ」と書かれているソフトウェアを複数の衛星に搭載したりアップデートしたりなど、コンテナ群を配置・管理するシステムが必要だ(衛星のハードウェアに合わせてソフトウェアを調整する機能も必須となる)。そして衛星が取得したデータを衛星内で解析し、ユーザにとって必要な情報を抽出するには高度なアルゴリズムも肝となる。例えば土砂崩れが起こっている場所や、探したい船の座標などの数値情報だけを抽出するというように。

世界的第一人者が語る「Space Kubernetes」―閉ざされた領域がオープンに

こんな夢のような人工衛星の世界が本当に実現するのだろうか、と思うかもしれない。だが、異なる衛星間でソフトウェアを配置・管理する仕組み「Space Kubernetes(スペースクーバネティス、商品名Dacreo)」を実際に開発・実用化している人がいる。それが、スウェーデンのフレドリック・ブルン博士だ。

フレドリック博士によると、コンテナ化されたアプリケーションを管理するシステム(Kubernetes クーバネティス)は元々、十数年前にGoogleが開発しオープンソース化したもので、地上のクラウドサービスで使われている。それを宇宙で使えるようにフレドリック博士が開発したのが「Space Kubernetes」だ。

Space Kubernetesを開発・実用化したフレドリック・ブルン博士。

Space Kubernetesの特徴は何か。過酷な宇宙環境で確実に動くシステムにするために、フレドリック博士はあらゆる分野の専門家と協力した。例えばゲーム業界、組込みシステム、ロボティクス、鉄道、航空‥「自動車業界で安全にソフトウェアをアップデートし車に配布するにはどうすればいいのか、それが安全であるとどうやって確認するのかなど、徹底的に相談しました」。フレドリック博士はエッジコンピューティング分野で20年以上の経験があるが、さまざまな分野から学んだ最高の技術をSpace Kubernetesに取り入れた。さらに、宇宙の厳しい放射線環境にも耐えるように対策を施した。

  • IoTデバイスなどのデータ発生源(エッジ)の近くでデータを処理・分析する技術

一方、衛星に搭載しているコンピュータと言えば、確実に動くことを重視し実績ある旧来品を活用する傾向がある。そのため最先端でないバージョンを搭載し、計算能力に限りがあるという印象だ。そこで現在世界で最も強力な宇宙用コンピュータを開発している米国のブルーマーブル・コミュニケーションズ社と協力し、Space Kubernetesを宇宙用コンピュータに実装することに成功したそうだ。

特に画像右側のインテリジェンスの部分に大きなビジネスチャンスが。神奈川宇宙サミット「Cloud Everywhere~海外専門家が語る“宇宙システム”の次の形」フレドリック・ブルン博士投影資料より。

Space KubernetesはISSで実験も行っており、NASAの地球観測衛星に搭載されて今年後半にも打ち上げられる予定だ。フレドリック博士の言葉で印象に残ったのは「閉ざされた領域がオープンになる」という言葉。地球観測衛星で言えば、これまで閉ざされていた画像データ取得から画像処理、必要な情報を抽出する部分、そのためのアプリケーション開発それぞれの分野に、あらゆる人が参入するビジネスチャンスがあるという。

三菱電機の取り組み—多くの人と新しい宇宙産業を作る

神奈川宇宙サミット「Cloud Everywhere~海外専門家が語る“宇宙システム”の次の形」フレドリック・ブルン博士投影資料より。

では、日本でこの取り組みは進むのだろうか? 神奈川宇宙サミットでは、三菱電機防衛・宇宙システム事業本部 洗井昌彦副事業本部長から画期的な発表があった。三菱電機とフレドリック博士の企業ブルンブルンイノベーション(スウェーデン)、世界最先端の衛星搭載オンボード処理コンピュータを開発・提供するブルーマーブル・コミュニケーションズの3社が、オンボード・コンピューティング技術を国際的に主導するために連携し、活動するという覚書を締結したという。

三菱電機は日本の衛星開発を長く主導してきた衛星のリーディングカンパニーだ。私たちの生活のインフラとなる気象衛星や測位衛星などが故障しないため、地上で試験を繰り返して確実に作りこみ、運用してきたイメージがある。それなのになぜ今、アプリを入れ替えられる衛星の世界を目指すのか?

「一番大きな動機は、やはり宇宙に関わるマーケットを広げていきたいということです。今のままだと観測や通信など、ある決められた領域で考えている。色々な方々が入ってくることによって、飛躍的に日本の宇宙産業マーケットが広がるんじゃないか。非宇宙産業の方々も含めてみんなで勝ちに行きたい。(我々は)先頭に立って頑張っていきたいと思います」と洗井副事業本部長は言う。他社が開発したソフトウェアやアプリを三菱電機製の衛星に搭載することについても「もちろん、そういう世界が来るといい。ぜひ色んな会社に参加して頂きたい」と期待する。

そのための具体案の一つとして、三菱電機は「デジタル・スペースコミュニティ」の創設を掲げる。宇宙に参入したいスタートアップが衛星開発のための設備、例えば真空チャンバーや振動試験装置を自前で持つのは難しい。そこで試験設備を提供する。衛星が打ち上がったあとの運用についても設備を提供。人材教育にも力を入れるという。これらの設備は湘南スペースパーク構想として神奈川県に設置する考えも明らかにした。

フレドリック博士の愛弟子であるツォグ・ナバルさんは今、三菱電機で次世代オンボード・コンピューティングについて開発を進める。「三菱電機はもちろん、(次世代の衛星の世界は)多くの人と一緒に組んで国際的に挑戦する課題。皆さんと一緒に進めていきたい」と語った。スマホ化する衛星は、これまで閉ざされがちだった衛星の世界、そして未来をオープンに変えていくだろう。画期的な変化が訪れようとしている。

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