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ライター 林 公代 Kimiyo Hayashiライター 林 公代 Kimiyo Hayashi

仲間と面白い研究ができた39年間―渡部潤一先生インタビュー①『天文台での研究と生活』編

渡部潤一先生。1960年福島県会津若松市生まれ。東京大学、東京大学大学院を経て東京大学東京天文台に入台。1994年から国立天文台広報普及室長を兼務。2012年から国立天文台副台長。現在は同天文台上席教授。主な研究内容は太陽系の中の小さな天体(彗星、小惑星、流星など)の観測的研究。

1987年に東京大学東京天文台で助手として働いてから約39年間。星空や天文の世界をわかりやすく伝える「天文学の顔」として、宇宙を私たちに身近なものにしてくださった国立天文台の渡部潤一先生が2026年3月末で国立天文台を離れ、4月1日から京都産業大学の神山宇宙科学研究所所長に就任される。

私は前職の(財)日本宇宙少年団時代から、渡部先生には大変お世話になった(そんな人が世界中にいるに違いない)。京都に行かれる前にぜひ渡部先生にお話を聞きたい!と国立天文台を訪ねた。天文台での39年間をどのようにとらえ、これから京都でどんな活動をなさるのか。じっくり聞かせて頂いた貴重なインタビューを2回に分けてお届けします。

一番印象に残っているのは「シューメーカー・レヴィ第9彗星の木星衝突」

木星衝突の約2か月前にハッブル宇宙望遠鏡が撮影したシューメーカー・レヴィ第9彗星。(提供:NASA, ESA, and H. Weaver and E. Smith (STScI))
39年間の研究者人生を振り返って、最も印象に残っている天文現象はなんですか?
渡部潤一先生(以下、渡部):

なんといっても1994年7月のシューメーカー・レヴィ第9彗星(以下SL9)の木星衝突です。国立天文台に広報普及室を立ち上げた直後ってこともあったし、自分の研究でも非常にいいデータがとれました。なおかつ、全く誰も予想しなかった結果になった。そういう意味でとても面白かったですね。

誰も予想しなかった結果、ですか?
渡部:

SL9の木星衝突は1年以上前に予測されていました。衝突の約半年前には200人ぐらいの天文学者が集まって、何が起こるか研究会で議論したんです。肉眼や普通の望遠鏡では何も見えないだろうとか、こういう観測をしたらいいなど色々なアイデアが出たんだけど、ことごとく外れたんだよね(笑)

へぇ‥実際はどうだったんでしょう?
渡部:

でっかい丸い(衝突の)痕跡が残って、小さな望遠鏡で誰でも見ることができました。そして我々はそれくらい大きな衝突になるだろう、そして衝突によって木星は赤外線で光るだろうと予想して近赤外線のカメラOASISを開発していた人に頼み込んで、国立天文台岡山天体物理観測所の188㎝望遠鏡に搭載し観測することができたんです。その観測データはおそらく、世界で一番時間分解能が短く(短い時間間隔で捉え)、ダイナミックレンジが大きな(明るいものから暗いものまで捉えた)データになった。それは僕らしか出せなかったんですよ。

国立天文台岡山天体物理観測所の近赤外線カメラOASISがとらえたSL9の衝突跡。(提供:国立天文台)
「僕らしか出せなかった」のはなぜでしょう?
渡部:

あまりにも明るいとデータが取れなくなる。そうなるんじゃないかと僕らは予想していた。ところが赤外線カメラは完成すると、機器を全部閉じて冷やすんですよ(赤外線カメラ自体が出す熱が観測の邪魔になるため)。でも、OASISは開発途中だったから閉じていなかった。だからNDフィルターを入れることができると気付いたんです。NDフィルターとは光の量を10分の1、100分の1、1000分の1に落とすことができるフィルターです。それを観測中に明るくなってきた時点でインターフォンで「今、NDフィルターを入れてください」と指示して挿入する運用を可能にした。それで画像が白飛びすることなく、明るさの変化を見事にとらえることができた。それは僕らだけでした。

すごいですね~!
渡部:

これはね、非常に幸運だったんですよ。カメラの開発を始めていないとできないし、しかもカメラが完成していたらできなかった。最初はカメラの開発チームに貸せないって言われたけどね(笑)

1000年に一度の衝突は過去にもあった!

SL9の木星衝突は約1000年に1回とも言われ話題になりましたね。
渡部:

観測が終わって論文を書いている頃に、こんな幸運ってあるかなと思ったんです。1000年に1回のことが目の前で起こるっていうのは、まぁ宝くじに当たるようなものだから。でもこんな風に、衝突で黒い痕跡が残るなら過去の人も同じような現象を見ているかもしれないと思って、(1667年に設立されて)400年近く観測スケッチを残してきたパリ天文台にお願いして、スケッチを探したんです。そうしたらカッシーニさんの1690年のスケッチが出てきた!

国立天文台談話会2026年2月13日「研究はドラマだ!—彗星、流星を追った半世紀—」渡部潤一先生発表資料より
すごい!それまでは誰も探していなかったんですか?
渡部:

アメリカの研究者で探している人はいました。でも彼は「ない」という論文を書いています。おそらく彼はパリ天文台に行かずにアーカイブされたデータだけを見ていたんでしょう。一方、我々はたまたまパリ天文台でSL9の木星衝突の結果について議論する国際会議があった時に、田部一志さんと図書館を探してみようと話をして、見つけたわけです。

大発見ですね。1690年に起こって1994年にもということは今後も木星への天体衝突はあるかもしれないってことですよね?
渡部:

そうですね。ただね、痕跡が残るほど大きなものはめったに起こらないですね。数百年に一度なんだろうなと思います。

流星クラスターの名づけ親に

すばる-朝日星空ライブカメラが捉えた流星クラスター。国立天文台と朝日新聞の協力で生まれたハワイ島マウナケア発の星空ライブカメラは2021年4月の配信開始以来、3回の流星クラスターを捉えている。「一つのカメラで3回も流星クラスター現象を捉えたのは世界で前例がない」と渡部先生。これらの成果をまとめた6本の科学論文は2026年2月、日本天文学会誌に掲載された。(提供:国立天文台・朝日新聞社)
流星の研究で印象的だったことはありますか?
渡部:

2001年のしし座流星群ですね。流れ星がたくさん出たというだけではなくて1秒間に数十個の流星がワーッと流れる「流星クラスター」で、それについて研究しました。クラスターという名前を付けたのは僕なんです。その論文は今、クラスター業界では最初に引用される論文になっていて。

クラスター業界(笑)
渡部:

なぜそういう現象が起こるのか、メカニズムを最初に僕が論文で解明したのですが、そのような現象が起こることは実はその2年前に論文が出ていた。「アウトバースト」っていう言葉が使われていましたが、その言葉は定着しなくて、クラスターが定着しましたね。

先生もこんなに一度に流星が出るのを初めてみたわけですか?
渡部:

2001年のしし座流星群のような出現は初めてです。たぶん百年に1回ですね。1時間に数千個レベルでした。実は1時間に数万個出ることもあるんですよ。それはアメリカで1966年のしし座流星群で見られました。でもね、数万個出る流星群の場合は明るいものが少ない。非常に暗いものがたくさん出るんです。でも2001年は非常に明るい流れ星がそこそこ出た。実はしし座流星群としては数は少ないんですけどね。

え、あれで少ない?
渡部:

数千だと少ないんですよ。数万にいかなかったから。でもあんなに明るいものが出ることはほとんどないんです。

ドラマチックNo1は「ほうおう座流星群」

DSPACE「星空の散歩道」2014年11月19日vol.89に掲載された、幻の流星群の話はロマンがありましたね。
渡部:

ドラマチックなものとしては、それが一番かな。1956年に南極観測船で、当時隊員だった中村純二東大名誉教授らが1時間に500個ほどの流星群を目撃したのに、それ以降全く見えなかった。

ミステリーのようですね。
渡部:

僕は子供の頃にその話をどこかで読んで、それ以来、12月5日は必ず流星観測するようにしていたんです。でも見えやしない。そのうち、行方不明になっていたほうおう座流星群の親、つまり母天体である小惑星が見つかったんです。

流れ星の母天体は彗星という印象が強いですが、小惑星が母天体というのも驚きですね。
渡部:

その天体は小惑星だと思って発見されたけれど、非常に弱いながら彗星活動をしていました。彗星って最後、核がばらばらになるものもあるんだけど、だんだんガスが抜けて小惑星になるものもあるんじゃないかと僕らは思っていて、(見つかった天体は)彗星から小惑星になりかけてる途中と思うんですよね。

それで、幻の流星群は見えたのでしょうか?
渡部:

その小惑星の軌道を計算すると、2014年に流星が出そうだということがわかりました。スペインのカナリア諸島に観測に行くことになったんですが、当時91歳の中村先生が「私も行きたい」と言われてね(笑)。ご高齢で心配しましたがしょっちゅう山登りされているから足腰もお元気でしたね。目当ての流れ星は、予想通り多少出たので非常に喜んでもらえました。ゆっくり流れる特徴的な流れ星で「あ~、(1956年に見たのと)同じだ」って言われていましたね。

天文学はアマチュアにもできる!仲間を育てた「三鷹塾」

小学生の頃、1年間お小遣いを貯めて買った当時2万円の望遠鏡と。国立天文台の先生のお部屋で。
以前、先生にインタビューさせて頂いたとき伺った「三鷹塾」の話が印象に残っています。彗星や流れ星など太陽系小天体における日本のアマチュア天文家のレベルの高さを評価され、彼らが研究者として論文を書けるように、月1回「三鷹塾」を開いて指導した。そして数年間かけて彼らが国際学会で発表できるレベルに引っ張り上げたと。
渡部:

今、彼らは大変なことになっていますよ。三鷹塾出身のアマチュア天文家の方々が退職されて時間ができたこともあって、ばんばん論文を書いています。しかも非常におもしろい研究を。僕はそういうアマチュア天文学者の方々に助けられながら一緒に論文を書くことが実はすごく多くて。

今も続いているんですか?
渡部:

太陽系小天体セミナーとして週1回、続いています。オンラインでね。

天文台の副台長としてお忙しい時期もあったと思いますが。
渡部:

やっぱり僕は研究者として、研究のエキサイティングなところでつながっていたいと思ったので、ずっとやっています。実は、SL9の観測のアイデアを最初に出したのは三鷹塾にいたアマチュア天文家の長谷川均さんなんですよ。

どんなアイデアだったんですか?
渡部:

彗星の衝突によって木星の上空にメタンの雲の層ができるはずだから、近赤外線のカメラで光っているのが見えるはずだって彼は言ったんですよ。「それで行こう」って僕は決めて、赤外線カメラの開発者に「何とかならない?」って相談したわけです。長谷川さんはITのエンジニアでソフトウェアを作るのは非常に得意、しかもアマチュアとして木星の観測をしていた。その知識に助けられましたね。

では三鷹塾のお仲間に助けられることもあったんですね。
渡部:

今話したの全部そうかもしれないな。SL9もそうだし、流星クラスターだって撮影した人がアマチュアの方だから。田部一志さんが「こんな現象捉えたんだけど」ってもってきてくれた映像を見て「これはすごいじゃないか!」というのが事の始まりです。

約39年間の天文台でのお仕事を振り返って、どう感じていますか?
渡部:

面白い研究が仲間と一緒にできたという気持ちは非常に強いですね。

広報の仕事、健康術、露天風呂

(財)日本宇宙少年団情報誌L5の1999年11月号の記事では、天文学者を目指したきっかけや中高生の頃のスケッチを見せてくださった。もう一つの夢は漫才師!その理由は「人を幸せにできる職業だから」。(提供:公益財団法人 日本宇宙少年団)
研究に加えて広報の仕事に就いたきっかけは奥様の一言でしたよね。天文台を訪ねた高校生が守衛所で追い返されるのを見て、「せっかく興味をもってきてくれたのに何とかしないと」という言葉で腹をくくったと。ただ何かの記事で他の研究者から「貧乏くじをひいた」と言われたとも‥
渡部:

最初はそう思ってた節もある(笑)でも一から広報室を立ち上げるのも楽しかったし、やってみると面白かったね。なんでそういう仕事を自分が嫌がらないのかなと思うと、やっぱり天文学ってこんなに面白いんだよっていうのを知ってほしい気持ちが強いんじゃないかなと思うんですよ。それがなくて時間がとられるばかりだと、研究者としてはそんな雑用をやってらんないよという人も多いので。そこは僕の性格だったんだろうなと思います。だって、こんなに自分が面白いと思ってるものを伝えないと!とそんな気がして。

広報の仕事ではラジオやテレビ、講演会、本の執筆と大活躍でしたね。その間、研究も進められて。奥様は「この人、3人いるんじゃないか」と言われていましたが、どんな時間の使い方をされているんですか?
渡部:

空いた時間がもったいないと思うようになって、5分や10分あくと文章を書いたりしてましたね。でも論文は短い時間だと、思考が途切れちゃうからなかなか難しい。

ハレー彗星が次に来るのが2061年。先生はその時101歳です。その日を健康に迎えるために何かなさっていることはありますか?
渡部:

長生きして、しかもハレー彗星だと認識できないといけないよね(笑)。健康のためって言われると困るよね‥僕は今の家に引っ越してから毎朝、朝ご飯は自分で作るんだけど基本的に野菜中心で、コレステロールの値も下げるしダイエットにもなっているしいいのかな。朝ご飯を抜くのが嫌でね。どんなに忙しくても必ず食べるようにしています。それぐらいですね。ジムの会員にもなっているけど全然いけてなくて(笑)。1回あたり1万円ぐらいになっているかなぁ・・やめるのも面倒くさくてね。

引っ越しと言えば、以前は天文台の中の旧官舎にお住まいでしたよね。大正時代末期に建てられた風情あるお住まいでしたよね。おうちの中は星柄のカーテンや星がついたマグカップとか星づくめで感動しました。思い出はありますか?
渡部:

思い出はたくさんありますね。庭付きの平屋で庭をどんな風にしてもいいって言われていたので、庭に最初、露天風呂を作ったんです。次に炭を焼こうと思ったけどそれは実現しなかったですね。

星を見ながらお風呂に入ってたわけですね。さすがです!
学会誌に掲載されたアマチュア天文家の方の論文を示す渡部先生。(撮影:梅本真由美さん)

(次回は「京都でやりたいこと」です。お楽しみに!)

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