「直観」の時代へ。宇宙、スポーツ、アウトドア…極限環境が直観を鍛える
人間の体と心には未だ「未知なる宇宙」が広がっている。刺激的な議論を聞きながら、興奮していた。
3月24日に開催された「スポーツ×宇宙 新たなフロンティアへ」(主催:スポーツ庁、一般社団法人クロスユー)では、宇宙飛行士やパラアスリート、探検家、ダンサーら極限環境で最大のパフォーマンスを発揮し、生き延びてきたメンバーたちが、「直観力」を軸に稀有な経験を語り合った。その背景には、AIが凄まじい勢いで生活や仕事に入り込んでいる今、私たち人間に必要とされるのは、想定外の事態に瞬時に対応できる「直観力」ではないか、という問題意識がある。
まずは、直観力が発揮される脳の仕組みはどうなっているのかについて、筑波大学名誉教授で日本人宇宙飛行士の選抜やメンタルヘルスケアに携わってきた松崎一葉氏から説明があった。 松崎氏は「ブレイン(脳)リサーチの一つの説ではあるが」と断った上で「直観力や段取り力と脳のどの部分が対応しているかがだいぶわかってきました」と語る。
「デフォルトモードネットワーク(Default mode network)と書かれている場所(左下の画像)が直観に相当し、ここが働くといわゆる本能的なひらめきとかが発揮されます。一方、セントラルエグゼクティブネットワーク(Central executive network:右下の画像)は段取り力。経験に基づいて情報を分析し、段取りよく処理する力です。それらを切り替えているのが、上にあるサリエンスネットワーク(Salience network)です」(松崎氏)
興味深いのはスポーツ選手などでよく聞かれる「ゾーン状態」と脳の関係だ。「(元ハードル選手の)為末大さんの著書を読むと、為末さんはゾーンに入ると『今・どこ・私』は消えたと。私たちは精神科の臨床で認知症の患者さんに最初に『今日は何月何日ですか? ここはどこですか? お名前は?』と聞くんです。認知症の患者さんはこれがわからなくなっています。つまり一番大事な部分が消失すると、人間が本来もっていたパフォーマンスがフルに発揮される(ゾーン状態になる)のではないか」。どうやら、ゾーン状態に直観力を発揮するデフォルトモードネットワークが関与しているらしい。
松崎氏によると日本では従来、「経験に基づいて情報を分析し段取りよく処理する能力」が優秀とされてきた。ところが、「AIが登場するとこの部分はAIにとってかわられていく。これからは想定外や前例のない事態に対処し、従来の価値観に囚われないひらめきでイノベーションを起こしていく力、つまり直観的なものが求められる時代になる」。そこで想定外の事態を生き抜いてきた達人たちの経験が次に語られ始めた。
宇宙、登山、パラスポーツ
想定外のことが起こる極限環境、と言えば真っ先に思い浮かぶのが宇宙。山崎直子宇宙飛行士は自身の宇宙体験を語った。「宇宙ミッションには、常に想定外のことがつきまといます。私のミッションではスペースシャトルで国際宇宙ステーション(ISS)に近づく際に、レーダーが使えずお互いの相対的な距離と速度が測れなくなりました。急遽バックアップとして、昔の船のように星を見ながら近づいていき、最後はレーザを発射して跳ね返る光のスピードを見ながら調整をしていきました。1、2度訓練でやっていたとは言え、まさかそういう事態が起こるとは思わなかった。ただし緊張はあったけれど、体が覚えていた。色々な経験が体に染みついた上での直観かなという気がします」
次に直観経験を披露したのは、モンベルグループ代表(創業者)辰野勇氏。辰野氏は1969年7月(アポロ宇宙船月着陸の翌日)、21歳の若さでスイス・アイガー北壁の日本人二人目の登頂を果たした登山家だ。「スポーツは負けても死ぬことはないが、山は負けると死にます。命がかかっているという点では極限状態に近い。アイガー北壁を登っているときも1日で登れそうでしたが、あえて真ん中で一泊ビバークしました。空の雲を見て今日一日天気が持つかを判断して、決断する。僕の中では直観力というのは『決断力』。登るか降りるか、瞬時に決める。時間かけていたら死にますから。その直観力はたぶん、過去の経験からこうすれば何とかなる、ああすれば失敗するなど体験した上で脳が処理して決めていくんじゃないか」。
辰野氏は「宇宙は壮大なるアウトドア。その中で命をかける」とも発言、直観力は経験が土台になるという考えも山崎宇宙飛行士と共通している。
一方、「ふだんから直観に頼らざるを得ない」と独自の経験を披露したのが、パラ水泳日本代表でパラリンピック金メダリストの木村敬一氏だ。
「視覚障害者である私は、基本的にすべて直観に頼らざるを得ない形で生活している。文字通り一寸先は常に闇の状態ですので、生活していても物や人にぶつかる、階段から落ちる、車にひかれる‥あらゆることが起きてしまってから気付くという中で生活しています。水泳競技ではまず飛び込んで、水泳コースのどのあたりに浮き上がるかわからない状態で浮き上がってきます。運悪く少しでも曲がると、コースロープにぶつかったり大きく減速するきっかけになってしまう」
木村選手はパリパラリンピックで優勝したバタフライ決勝でも、コースロープにぶつかってしまう事態に遭遇した。「そこからどうリカバリーするかが、我々視覚障害水泳選手に求められる能力。この角度でぶつかったから右手の力を抜かないといけないとか、テンポをどう変えるとか。回復していく中でどうコントロールするかは直観でやっていく。我々のレースはたかだか1分ほどで、生命の危機の中で戦っているわけではないが、4年間自分たちが積み上げてきたものを1分間で発揮しないといけないという意味では、極限の中で戦っていると言えると思います」。
木村選手もまた、直観力は経験値によって蓄積されたものから発揮されるという考え方だ。ただし、そもそも視覚障害者はスポーツ選手である前に直観に頼らざるを得ない中で生きている。木村選手の発言には本当に多くのことを気づかされる。
室伏広治氏が金メダル後の絶不調から回復したトレーニングとは
2004年アテネ五輪ハンマー投げで金メダルをとった室伏広治氏(元スポーツ庁長官、現在は東京科学大学副学長)は、金メダル獲得の翌年、絶不調に陥りそこからどう回復したかという貴重な経験を披露した。腰痛気味、股関節痛になり回復も遅く、いい方法がないか様々な模索を続けるうち、あることに気付いたという。
「我々は普通に生活しているとほとんど同じ筋肉しか使わない。全く違う運動パターンにすることによって今まで使っていた筋肉を休ませ、筋肉の緊張のバランスが変わる。それによって、ストレスやバイオメカニクス(生体力学)が変わってくる。繰り返し運動ではなく、ハンマーを揺らして不規則な運動に適応して運動するトレーニングを始めたら体の回復が早くなり、けがの回復やメダル獲得に繋がりました」
実際、2011年の世界陸上で室伏氏は36歳325日で金メダルを獲得(当時の世界最年長優勝者)している。トレーニングが功を奏したと言えるだろう。
その秘訣となるトレーニングで重要なのは「直観やその場その場で瞬間的に、つまり即興で自動的に体が予測して調節するようにもっていくことで長く競技できるんじゃないか」と室伏氏は説明。では予測はどのように行うのか。「頭で考えるより早く知っている体の部位がある。例えば内臓感覚だったり、緊張すると手が冷たくなったりしますよね」(室伏氏)。直観力や予測力を鍛えるには、「体の声を聴くこと」が肝になるようだ。
怖がりであること、人のまねをしないということ
話題は、さらに経営の話に及んだ。経営者は時代が選ぶとも言われるが、具体的に大変革時代に求められる経営者は先が見据えられる直観型タイプか、前例踏襲して粛々と安定経営を続ける段取り型タイプなのか。
モンベルを1975年にたった一人で創業、昨年50周年を迎えた辰野氏は「ただ自分の好きなことを形にしただけ」と言いつつ、「登山家はこわがりである」点を経営にも生かしたと語る。「Summit is only half way to the goal。頂上がゴールではなく、生還して初めてゴールとなる。天気予報で晴れでも雨具は持っていくし、日帰りの登山でもヘッドランプは必ずバッグに入れておく。重要なのはリスクマネジメントであり、経営もそうやってやってきた結果、つぶれなかった」と振り返る。
そしてもう一つ大事なのが「人の真似をしないこと」。誰かと競争すれば、当然もまれることになる。「人と刃を交えないことが生き延びる一番の方法。その意味では、登山が会社経営に大きく影響していることは間違いない」(辰野氏)。
真似をしないという点で、木村選手の発言は極めてユニークだ。
「視覚障害者としては、人の真似はどう頑張ってもできない。逆にいうと、私はすべて自分のイメージの中で作り上げたバタフライというものを泳いできた。それがどのくらい他の選手と違うのかが全くわからない。真似をせずに作り上げた奇跡的な産物と言ってよいかもしれない。ただ、どこかで頭打ちになってしまうだろうと思い、最近は健常者がどうやって泳いでいるかを教えてもらいつつ、自分が今まで作り上げた強みとハイブリッドしていこうとしている」
真似ができないからオリジナルの泳法を生み出し、その上で健常者の泳ぎを取り入れようとしている木村選手に、室伏氏も驚きを隠せない様子だった。
直観はどのように発揮されるのか?
ディスカッションの最後に、「直観はどのように発揮されるのか」についてパネラーたちから発言があった。山崎直子さんは「松崎先生が『直観は既に人間に備わっているもの』と仰っていたのが印象的でした。宇宙飛行士はアウトドアで訓練を行うことがあります。チームビルディングやサバイバルなど様々な目的でおこなわれるが、自然環境に身を置くのは直観を呼び起こし、息遣いや体温など(自分の体の)一つ一つに集中できるいい場ではないか」と語った。
室伏氏は紀元前450年頃の古代ギリシャで製作されたとするミュロンの円盤投げ像について言及した。「これから重い円盤を投げようとしているのに冷静な顔をしている。おそらく心は頭でなく、体に存在している。頭だけでなく自分の体の声を聴くことが大切だと思う。人間も本来は動物。元々持っている野生性や本能に気が付いていくことも大事ではないか」
情報過多の時代、自然の中に身を置き体の声に耳をすますこと、野生や本能を取り戻すことで、直観力を磨いていくことができるかもしれない。
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