ロケットの神様は微笑むか—「いろはのい」の失敗を乗り越えH3再起をかけた打ち上げへ
2025年12月22日、「みちびき」5号機を搭載し打ち上げられたH3ロケット8号機は第2段エンジンが早期に停止。打ち上げは失敗に終わる。失敗の原因究明と対策は約4か月間という短期間でまとめられ、再起をかけたH3ロケットの新たな打ち上げ目標が2026年6月10日に設定された。
8号機失敗の主要因は驚くべきものだった。ロケット先端にあり人工衛星を搭載する部分が、飛行後に大破していたのだ。ロケットと言えば「エンジン開発が魔物」と言われ、失敗要因の多くを占める。まさか衛星搭載部分が原因だったとは…。
「私たちは一次構造と称するが、(衛星搭載部分は)荷重を持つ屋台骨であり、一番大事なところです。こういった構造設計の考え方はロケット開発の『いろはのい』。ここで失敗することはあってはならないことだし、本当にそんなことが現実に起こるのかというのは、剥離が見つかるまで正直思えていなかったというのが本音」。5月13日に開催された記者説明会で、JAXA有田誠H3プロジェクトマネージャは率直な思いを口にした。剥離とはなんなのか。まずはH3ロケット8号機の飛行を振り返ろう。
H3ロケットの飛行データから、衛星フェアリング分離時に異常が発生したことがわかった。衛星搭載構造の一部が損傷、破壊された(上の図①の赤い波線のところ)。第1段の燃焼が終わったところで衛星が離脱、第2段が着火すると衛星がおきざりにされた形になってロケットと距離が生じた。その衛星の姿が、ロケットに搭載され後方を映すカメラに捉えられている(上の図の右下画像内)。
そもそも衛星搭載構造とは?
衛星を搭載する構造はそもそもどうなっているのか? 詳細は文部科学省の資料に詳しい(2026年4月22日 H3ロケット8号機打上げ失敗の原因究明に係る調査・安全小委員会 中間報告書より)。今回問題となったのは、衛星搭載アダプタ(PSS)。PSSの上に衛星分離部(PAF:パフ)がありその上部に人工衛星が搭載される。このうちPSSが損傷破壊したと考えられている。
PSSは円錐台状の構造物。4つのパネルに分割されており、スプライスと呼ばれる素材に熱を加えることでパネルを接着結合し、組み立てられた(下の図)。問題になったのは上下に分かれたスプライスの間の部分。ここに剥離が生じていた。剥離が生じた原因は、接着工程でスプライスとスプライスの間が想定以上の高温になったことで接着強度が低下したこと。同時に高温になったことでPSS内部の空気が膨張し、PSSを構成するCFRPスキン(表面部)とアルミハニカムコア(内部)の間で剥離を引き起こしたとみられる。製造済みの複数のPSSで同様の剥離が起こっていることが確認されている。
詳細な分析や再現試験の結果、スプライス間の剥離が起こったままH3ロケット8号機の打ち上げが行われ、衛星フェアリングが分離する際の衝撃で剥離が進展し、PSSは破壊。衛星がロケット機体内に落ち込んだことによって、第2段エンジン液体水素タンクの配管が損傷されガスが流出するなどしてエンジン早期停止に至ったと考えられている。
スプライス間の接着強度の低下について、打ち上げ前に検査は行われなかったのだろうか。有田プロマネに聞いた。
「今回の反省点であり大きなポイント。四分割されたパネルごとにはしっかり検査をして剥離がない状態でできていること、剥離が仮にあった場合には補修をして次の工程に行くことは確立されていた。接着したスプライスの部分についても念入りに検査した。ところがスプライスとスプライスの『間』については、検査が漏れてしまっていたのが痛恨の極みです」
パネルもスプライスも念入りに検査していたのに、スプライスの間だけが検査の網をすり抜けていた。本当にロケット開発とは厳しいものだ。
「フェアリングとかPSSのような部分については、H-IIAロケット時代から使っていて実績があると思っていたので、ある意味過信があったのかもしれません」(有田プロマネ)。
ただし、今回はPSSパネルの結合についてH-IIAロケットの結合方式(ボルトで締める方式)から、コストダウンを目的とし接着結合方式に変更した。「接合のやり方を変えるということがどれだけ大きな技術的チャレンジであるかということに対する認識を、より厳しく持つべきだったのではないかということも感じているところ。ロケット開発は技術レベルの本当に真摯な評価が必要ということを、改めて感じている」と有田プロマネは気を引き締める。
今後のPSSの結合対策については、H-IIAロケットで使われていたボルト方式を基本とする。一方、6月に飛行を再開するH3ロケット6号機については必要な検査と補修を施して十分な強度が確認されたPSSを使う。
6月10日、H3ロケット6号機(30形態試験機)で再起をかける
年末の失敗から約4か月間、「JAXAや三菱重工、製造メーカーのメンバーなどが昼夜問わず休日もなく、本当に一生懸命(原因究明に)取り組んでくれた」と有田プロマネは感謝する。自身も眠れない日が続いたという。結果的に試験機1号機が飛行再開まで約1年を要したのに比べると、半年間という短期間で次の打ち上げを迎えることになった。
6月10日を打ち上げ目標とするのは、H3ファミリーの中で初お披露目となる30(サンゼロ)形態。固体ロケットブースタがなく、3台の液体ロケットエンジンだけで飛ぶ、日本初の大型液体ロケットになる。
当初はH3の2号機で飛ぶはずだった。だが、試験機1号機の失敗で長い間、種子島で保管されていた。打ち上げ前のリハーサル(CFT)も2回を経てようやく打ち上げを迎える。固体ロケットがない初の大型液体ロケットという新たな技術開発だけでなく、「H3ロケット再起をかけた挑戦」も背負うことになり、ハードルが倍ぐらいになった。「だがこの高くなったハードルを乗り越えないとH3の未来はない」と有田プロマネは意気込む。
30形態については昨年の記事(欄外リンク参照)に詳しく書いたので、ぜひそちらを見てほしい。ロケットの推力がH3の他の形態に比べて小さく、政府衛星や小型の地球観測衛星などをターゲットにしている。
注目はその飛び方。固体ロケットブースタは火薬に点火すると、1秒も経たないうちに推力が立ち上がる。燃料の化学変化が連続的に起これば定常状態に達する安定した現象の固体燃料ロケットと異なり、機械仕掛けの液体ロケットエンジンは簡単ではないという。
「3台のエンジンがばらつきがないことを確認した上で(発射台から)離さないと、もしバランスが崩れるような状況があれば、ロケットが傾くなど非常に危ない状況になりかねない」(有田プロマネ)。そのため、液体ロケットエンジンが3台とも正常に立ち上がったことを確認するまで機体を拘束する「ホールドダウンシステム」を採用しているのが最大の注目点だ。
もう一つの注目点はその飛び方。ロケット発射直後はゆっくり上がっていくが、3台のロケットエンジンによってぐんぐん加速されていく。搭載している衛星環境が厳しくなるため、あえて推力を66%に絞るスロットリングを行う予定だ。
国際情勢の変化—H3を待つ声も
H3ロケットの開発が始まったのは2014年。この10年強の間に宇宙開発を巡る環境は変化した。さらに物価は高騰し、為替レートも激変している。そんな環境でH3は世界と戦えるのか。「安くていいロケットを作るという目標自体は変えていない。スペースXがものすごい勢いで12年前の状況より厳しくなっているのは事実。では世界のお客さんがもうH3はいらないと言っているかというと逆で、スペースXは予約がとれないからなんとかH3を打ち上げてくれないかと言う話が今でも来ている。十分私たちは商機があると思っている」。
具体的には、大量に衛星を搭載して一気に打ち上げるのが売れ筋になると考えており、それに対応するのがH3ロケット24形態。一方、世界で今一番売れているのがスペースXのファルコン9でこれに競合し得るのは22形態。国際マーケットでの売れ筋は二つのロケットと考えている。
ロケットの神様は微笑むか
H3ロケットの今後の大きな課題の一つは、コストと信頼性の両立だ。「ロケットにとって信頼性はある意味コスト以上に大事なところ。やっぱりロケットは成功してなんぼ。今のH3は信頼性をとにかく確立させるのが最優先。一方で国際競争力をもつというもう一つの大きな命題を追求していかなければならない。8号機のPSS(衛星搭載アダプタ)の新技術導入もコストダウンを目指したことが一つネックとなった。H3全体をもう一度点検して両立できるようにしっかり進めていきたい」(有田プロマネ)
5回連続成功が続いたあとの失敗。「やっぱり色々なことを真摯に本当にしっかり考えて臨まないと、ロケットの神様は決して微笑んでくれないということを、この1年骨身にしみて関係者みんなが感じた。日本の基幹ロケットであるH3、イプシロンが飛べないのは危機的な状況だと思っている。この状況から1日も早く脱して、日本の宇宙輸送の自立性を取り戻すことが本当に大事。(6号機の打ち上げは)まさに再起をかけた挑戦、本当に負けられない戦いだと思っています」
日本初の液体ロケットエンジンだけで飛ぶ大型ロケット、H3ロケット30形態。発射時の音がどうなるか問われた有田プロマネは「スマートな音を立てて飛んでいってほしいなと思っています」と答えた。「大きな音がするのは間違いないが、(固体ロケットとは)音色が違っていてほしい」と。
どうか、ロケットの女神がほほ笑んでくれますように。
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